「もはや自衛隊は官邸と忖度官僚の人気取りに使われる便利屋と化しているんですよ」
ある防衛省幹部は編集部の取材にこう吐き捨てた。自衛隊は今年、新型コロナウイルス対策で5月から東京と大阪に設置されたワクチン大規模接種センターや災害対応での活躍を見せ、国民の間で「危機の時には頼りになる」との印象を強めた。ただ、その裏では現場の事情を考慮しない首相官邸のゴリ押しによる混乱や、本来必要かどうか疑問の災害対応に、自衛隊の内部では不満があふれていたという。その内情を関係者の証言などにより明らかにしていく。
ワクチン接種センター、突然報道で開設発表、3日前は別の説明
「3日前の説明とまったく違うじゃないか」――。4月25日に大規模接種センターの開設が報道されると、自衛隊の内部に衝撃が走った。22日に自衛隊内で「もしワクチン接種の支援を我々がするなら、接種業務ではなくワクチンの輸送など側面支援になる」と各部隊に説明するテレビ会議が開かれていたためだ。自衛隊内の混乱が続くなか、27日に菅義偉首相(当時)による総理大臣指示、防衛大臣指示が出てそれが裏付けられた。
菅氏は「ワクチン接種が新型コロナ感染対策の決め手」であり、「東京、埼玉、千葉、神奈川のワクチン接種を国としても後押しするため、医官、看護官による組織的な活動が唯一可能な国の組織である防衛省・自衛隊により大規模接種センターを5月24日を目途として3ヶ月東京に設置し、運営」し、「同様に大阪府を中心とする地域を対象として支援」することを指示した。
東京会場は即決定したが、大阪では副大臣と政務官の地元選挙区に当初から限定
4月30日に防衛大臣名で自衛隊一般命令が発出され、センター設置が実施に移された。最初の課題は設置場所だったが、東京センターは大手町の合同庁舎に早々と決まり、命令後すぐに準備が始まった。問題は大阪だったが、ゴールデンウィークに入る直前に5月3日に中山泰秀副大臣(当時)が現地視察して場所が決定することが決まった。決定直前にコロナ対応を取り仕切る町田一仁審議官と家護谷昌徳統幕参事官等が現地視察、下交渉を会場候補の運営者と実施し、予定通り3日に中山副大臣が大阪入りし、会場を大阪府立国際会議場(グランキューブ大阪)とすることを公表した。
その選定プロセスは、初めから予定調和で政治色が強かったという。陸自幹部は明かす。
「会場候補は国際会議場と府立体育会館(エディオンアリーナ大阪)に初めから絞り込まれていました。実は国際会議場は中山副大臣の選挙区、府立体育会館は大西宏幸政務官(当時)の選挙区に位置しています。絞り込みの表向きの理由は、地元選出の議員のほうが地権者などを早く説得できるということでしょうが、現場では『ワクチンを早く地元民が打てるとなれば次の衆院選でプラスになる』という打算が中山、大西両氏に働いたと考えない人間はいませんでした。最終的に中山氏の地盤の会場に決まったのも『副大臣のほうが格上』というのが大きく関係したとみていいでしょう。大西氏にしても『候補には入った』ということで地元へのメンツが立った」
大阪会場の候補地地盤の両議員は落選、中山氏は名門出身も失言目立つ
この2人とも、先の衆院選で日本維新の会の候補に落選したことはなんとも皮肉である。特に中山氏はセンター開設を指揮した実績をアピールしたが、及ばなかった。自民党関係者はこう分析する。
「確かに先の選挙では維新が議席を約4倍にするなど勢いがあったことは確かだが、中山氏は世襲議員としての地盤があったことに加え、今回のセンター設置で下駄まではかせてもらったのに落選したのは実力不足だとしかいいようがない。防衛副大臣としても、5月に発生したイスラエル・パレスチナ危機について個人のツイッターでイスラエル寄りのコメントを突如発表したり、6月にはアメリカの保守系シンクタンクの講演会で『台湾を民主主義国家』と表現し中国を不要に刺激したりするなど、閣僚としての資質を疑うような言動が目立ったことも大きい」
東京、大阪ともに会場の契約手続きや、センター運営などの業者選定の入札などが実施され、自衛隊側でも部隊編成などが完了し、5月24日に予定通り運営が始まった。ただ、運営後はシステムの不備など問題が相次いだことは周知の通りだ。その内幕についても詳述する。
(文=編集部)