現在、広まりつつある、Pay as you wish(Pay as you like/あなたのお好きな価格を支払ってください)という決済システムの、日本における元祖的存在である「はづ別館」。その「はづ別館」を運営する株式会社はづ・代表取締役会長・加藤浩章氏へのインタビューに基づく、連載記事の第3回目である。
・第1回 『客が値段を決める宿・はづ別館、経営の秘密…客・旅館側、双方の納得感が向上』
・第2回 『はづ別館、客が値段を決めるシステム導入の驚異的影響…年間120本の取材依頼』
はづ別館の適正価格がいくらなのかは、難しい問題である。しかし、安定した経営を継続していくには、1泊2食付で1万~1万5000円程度以上は必要になると思われる。では、実際に宿泊客が付けた価格はいくらであったのか。
客が値付けするシステムの詳細は、まずチェックイン時に「泊まって、感じたままの価値観で……朝、お書き入れ下さいませ」と書かれた用紙が客に渡される。その用紙に客が価格を書くわけである。また、「感じたままの感想をぜひどうぞ。(お気づきの点、何なりとご記入ください)」という欄もある。裏面には氏名・住所・年齢・職業を記入するようになっている。
ここに記載されている実際の価格を見ると、100円から15万円と幅は極めて大きいものの、平均すると1万円は大きく超えている。ちなみに、15万円など高額な料金を付けた客に対しては、あらかじめ決めている上限の金額を受け取り、超えている部分は受け取らないというルールになっていた。
また、関東・中部・関西など、客の居住地域による価格差という特徴も確認できる。たとえば、関東からの客は全般的に価格が高く、関西からの客は値付けの幅が大きい。加えて、年齢・性別・職業などによる傾向の違いも確認できる。
加藤氏は、このシステムを採用してから30年を経て、人と地域性いうものが本当によくわかるようになったと語っている。
ちなみに、「大変満足だった」と記入しながらも5000円程度の価格を設定する客や、極めて稀ではあるが、冷やかしのような価格を設定する客のリピート利用、低額の常連客の利用に関しては、予約受付の際、はづ別館側から適正と思われる額を提示することもあったという。
客が値決めするシステムの終了
こうしたシステムについて、はづ別館のスタッフ(従業員)はどう捉えていたのか。もちろん肯定的に捉えるスタッフも多かったが、確かに、低い価格をつけられた場合、自らのサービスに何か落ち度があったのかと、自信を失くすスタッフもいたという。また、低い価格が続くと、「はづ別館の経営は大丈夫なのか」「自分たちの給与は本当に支払われるのか」と、心配するスタッフもいたようだ。ほかにも、口にこそ出さないものの、あまりに低い価格の場合、客に対する不信感を抱いてしまうスタッフもいたという。
ちなみに、はづ別館の運営には、少なくとも常時20人のスタッフが必要となる。
こうした状況を踏まえ、会計は加藤氏が前面に立ってすべて行い、必要に応じて値付けに関する情報をスタッフと共有するようにしていた。ちなみに、客の値付けとスタッフの報酬を連動させるようなことは一切行われていなかった。
理不尽な値付けに、つらい思いをされたことも少なくなかったのではないかと推測されるが、それでも加藤氏は性善説に立ち、「多くの客の支えにより、ここまで商売を継続できたことに感謝している」と語っている。
スタッフの管理に関しては、研修や教育など形式ばったことは行わず、客の声が書かれたカードをもとに、「こういうお褒めの言葉があった」「こういう指摘があったので気をつけよう」など前向きな助言を心がけた。スタッフへの大きな権限移譲を進め、スタッフ自ら積極的に創意工夫できるような環境づくりに努めた。
いまや、インターネットの進展により、「楽天トラベル」や「じゃらん」などのサイトを通じた予約が勢力を強めている。はづ別館では独自のサイトを構築し、予約システムも整備しているが、自社サイトを通じた集客は難しい状況となっている。毎年、来てくれる“リピーター”と呼ばれる固定客の割合は5%程度だという。その結果、「楽天トラベル」や「じゃらん」に掲載しなければならなくなった。掲載に際しては、当然ではあるが、価格の提示が求められる。加藤氏が第一線から退くタイミングとも重なり、これらを機に、30年続けた、はづ別館における客が値決めするシステムも終了することになった。
ちなみに、はづ別館のみであれば、自社のサイトやこれまでのネットワークを活用し、集客することも可能であるかもしれないが、次回、述べる通り、はづグループとして、複数の旅館を経営しており、こうしたすべての旅館の集客には、やはり大手の旅行サイトとの連携が必要であったという。
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