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NHK字幕誤報:なぜ五輪反対デモだと思い込んだ?報道現場で進行する深刻な事態

文=明石昇二郎/ルポライター
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NHK放送センター(「Wikipedia」より)

五輪反対デモは“いかがわしいもの”として報じるNHK

 昨年12月26日にNHKのBS1で放送された番組『河瀬直美が見つめた東京五輪』で、事実でない字幕(テロップ。キャプション)が付けられていた問題。同番組を制作したNHK大阪拠点放送局は「字幕の一部に、不確かな内容がありました」と不備を全面的に認め、関係者と視聴者に謝罪した。

 問題となったのは、東京五輪の公式記録映画の総監督である河瀬直美氏(映画監督)から撮影のサポートを依頼された島田角栄氏(映画監督)が、匿名の男性をインタビューしている場面につけられていた、

五輪反対デモに参加しているという男性」

「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」

という字幕。これを素直に読む限り、男性はどこかからお金をもらって五輪反対デモに動員されている、という意味にしか受け取れない。しかし、事実はそうでなかったのだという。この男性が五輪反対デモに参加し、お金をもらったという裏付けが取れなかったからだ。つまり誤報だった。

 言うまでもなく、おカネをもらって五輪反対デモに参加したとしても、法律違反ではないし、罰せられるいわれもない。労働組合等の組織が動員をかけ、一部の参加者に対して交通費等の名目でおカネが渡されることなど、いくらでも例がある。

 さらに言えば、どこかの組織からおカネをもらって五輪反対デモに参加した人がいたと報じることも、事実である限り、ドキュメンタリー番組としてとりたてて問題視されることはない。ただし、東京五輪の招致キャンペーンや、開催を歓迎&宣伝する大キャンペーンには、数百億から数千億円規模の大金が注ぎ込まれていたことと比べれば、五輪反対デモへの“動員費”など取るに足らないものだろう。少なくとも、税金からの支出ではありえない。

 では、同番組で“五輪反対デモ動員費”を報じることで、何を伝えたかったのか。そして、それを伝えるに当たって何を誤ったのか。

 残念なことに、NHKは情報を小出しにしかしていないので、コトの全容はBPO等の第三者機関による調査結果を待ちたいが、NHKの釈明などから現時点で判明している事実関係をもとに、筆者の専門である「ルポルタージュ」(現場報告)の視点から検証してみたい。

男性へのインタビューの発端は「内部告発」なのか否か

 訓練され、平均的なスキルとキャリアを持ち合わせたジャーナリストであれば、“五輪反対デモ動員費”の話を耳にし、つけた字幕のように報じるなら少なくとも、そのデモに動員をかけている組織は何という名前の団体であり、その“動員費”が具体的に1回いくらなのかくらいは条件反射的に確認する。たとえその情報を字幕では明かさないとしても、だ。そこが「インターネットで流布する噂話」と「報道」の差でもある。

 そもそもこの男性が、誰によってカメラの前まで連れて来られたのかも、まだ明かされていない。東京五輪の公式記録映画やNHKの番組制作には、コーディネーターやデータマンが介在しており、そうしたスタッフが男性を連れてきたのか。それとも、東京五輪の公式記録映画のスタッフかNHKに対し、この男性自身からタレコミがあったのか。

 こうした“内部告発ネタ”でよくあるのは、デモに参加していた当事者とデモの現場で知り合い、その後、日を改めてその当事者から告発情報を得る――というパターンだ。そうであれば、“動員費”の話自体が口から出任せでない限り、男性に問題意識があってこその告発だと考えられる。

会見で嘘を小出しに?

 では、実際はどうだったのか。NHKの説明や新聞各紙の報道をもとに整理すると、概ね次のような話になる。

・問題の字幕が流れたシーンの後、同番組内で男性は

「デモは全部上の人がやるから、書いたやつを言ったあとに言うだけだから」

「それは予定表をもらっているから、それを見て行くだけ」

と話していた。直前の字幕と合わせれば、五輪反対デモについての証言としか受け取りようのない番組構成だった。

・しかし男性は撮影当時、

「過去に複数のデモに参加したことがあり、金銭を受け取ったことがある」

「今後、五輪反対デモにも参加しようと考えている」

と話していた。つまり、五輪反対デモに参加して金銭を受け取っていたことを“内部告発”するものではなかった。

・このシーンの撮影時、男性をインタビューしていた映画監督の島田角栄氏は、字幕問題発覚後に、

「『五輪のデモに参加した』という趣旨の発言は無かったにもかかわらず、オンエアされたテロップを見てたいへん驚いた」

とコメント。さらに島田氏は1月20日、NHKに対し、

「昨日(1月19日)NHKの定例会見があり、BS1スペシャル『河瀬直美が見つめた東京五輪』における不適切字幕問題に関する質疑応答において、『プロデューサーから真偽の確認をするよう指示を受けたディレクターが、男性がデモに参加する予定があると話した事を島田に確認し、それを報告した』という主旨の説明がされました。

 しかし、以前より申し上げている様に、これは島田が取材した事実と異なります。かつ、放送前に担当ディレクターからの事前確認はありませんでした。また、会見で発せられた内容について、NHKから事前に島田に事実確認がされることもありませんでした」(丸カッコ内は筆者の補足)

と抗議。「大変憤慨しております」として訂正を求めた。

 本稿執筆中の1月22日時点で明らかになっているのは、こんなところまでである。

 島田氏も触れている1月19日の「NHKの定例会見」でNHKは、問題となった「字幕」は試写の段階ですでに入れられており、試写を見た番組プロデューサーは担当ディレクターに対し、字幕の表記が事実で間違いないか確認するよう指示していたと説明。だがディレクターは、男性本人ではなく島田氏に確認したことでプロデューサーに「確認した」と報告した、としていた。しかし島田氏は、放送前にディレクターからの事前確認などなかった――というのである。

 もし島田氏に対し、放送前に字幕の表記が問題ないか確認していれば、事実誤認の字幕がそのままオンエアされることを未然に防げた可能性が高い。むしろ、ディレクターが確認作業を怠ることに何の恐れも抱かずにいたのであれば、放送前に試写をする意味がなくなる。果たしてこのディレクター氏は、報道やドキュメンタリーに関わる者として適任なのだろうか。

 NHKは情報を小出しにするだけでなく、嘘も小出しにしているかのようだ。NHKは「島田監督には何ら責任はなく、責任はすべてNHKにあります」とする一方で、実際は責任の一端を島田氏にかぶせ、島田氏のさらなる怒りを買っている。NHKによる説明の信用性が、大いに疑われ始めている。

NHKディレクターはなぜ「そう思い込んでしまった」のか

 NHKの説明では、島田氏は河瀬氏からの依頼で、五輪反対を訴える市民らを取材していたのだという。筆者の自宅や実家では現在、残念ながらBS放送を見ることができず、報道やネットを通じての伝聞でしか番組内容の詳細を知ることができないのだが、各紙報道によれば同番組には島田氏が、河瀬氏に取材テープを見せるシーンがあるのだという。しかしそのテープには、問題の男性を取材していたシーンは含まれていなかったとされる。

 なぜ島田氏はNHKディレクターの判断とは正反対に、男性へのインタビューシーンをカットしたのか。迂闊に乗れない、もしくは「五輪に反対している人」として相応しくないと判断したからではないのか。どれだけ興味深い話であろうと、事実の裏付けが取れなければ、そのシーンは丸ごと割愛するのが、ドキュメンタリー番組制作の常であり、事実上の“掟”だからだ。

“こういう話だったら、もっと面白くなる(あるいはもっとインパクトが増す)のに”という“悪魔の囁き”は、私たちドキュメンタリーの世界で仕事をする者にとって、日常茶飯事のように脳裏に浮かぶことだ。しかし、その“囁き”に負け、ありもしない文言を創作し、字幕にしてしまった時点で、その番組は「ドキュメンタリー」ではなくなる。そして、番組で紹介した人たちや、ケースによっては番組を制作した者自身まで容赦なく傷つけるのである。最悪の場合、問題の番組を制作したNHKのディレクターは報道やドキュメンタリーの世界から追放されるだろう。

 男性が、島田氏には言わなかったことを、NHKのディレクターだけに証言したという可能性も考えてみた。しかしそうであれば、「東京五輪の公式記録映画制作に密着する番組」の中で扱うべき話ではなくなる。別仕立ての番組やニュースの中で、じっくり検証すればいいのである。こうしたことも、いずれBPO等の第三者機関による調査で明らかになることを期待したい。

 NHKは問題発覚当初、

「制作担当者の思い違いや取材不足が原因」

「制作担当者が、男性が五輪反対デモに参加したと思い込み、事実関係の確認が不十分なまま字幕をつけた」

と説明していた。しかし「思い違い」や「思い込み」では、なぜそうした字幕をつけるに至ったのかという動機や原因の説明にはならない。NHKには「なぜそう思い込んでしまい、確認作業さえも怠ったのか」を説明する必要と責任がある。

 ここからは筆者の邪推だが、NHKのディレクター氏は字幕の創作を番組上の「演出」と考え、この程度の演出は許容範囲であり、男性は匿名にするし、どうせバレることはないと高を括っていたのではないか――。この邪推が、当たっていなければいいと思っている。

「基本」が徹底されず不祥事を繰り返すNHK

 NHKでは2014年、『クローズアップ現代』(当時)で起きた「過剰演出」事件を受け、すべてのニュースや番組を対象にした「匿名チェックシート」制度を導入。同シートには「なぜ匿名にするのか」「内容の真実性をどう確認したか」などのチェック項目があり、匿名インタビューを使用する可否を含め検討するとした再発防止策を講じていた。

 だが今回の番組では、このチェックシートがなぜか使われていなかった。毎日新聞の報道によると、番組担当者が「この番組はチェックシートの対象外だと思い込んでいた」のだという。またしても「思い込み」である。まさかNHKは、五輪に反対することや五輪反対デモが悪いことであり、いかがわしいものだと「思い込んで」いたというのか。

 NHKは2015年5月、「『クローズアップ現代』報道に関する調査報告を受けた再発防止策について」と題した文書を公表し、事件を「風化させずに継承することが大切だ」として、

「受信料に支えられている公共放送には高い放送倫理が求められていることを再確認し、放送法や番組基準、放送ガイドラインに掲げられている、事実に基づいて正確に放送するという基本を徹底していく」

と、高らかに宣言していた。

 それから早7年。この時の志は「風化」してしまったようだ。そして公共放送に求められている「事実に基づいて正確に放送するという基本」が徹底されずに、不祥事は繰り返された。

 試写や「匿名チェックシート」制度が意味をなさず、誤報の歯止めや不祥事の再発防止に役立たないとなれば、もはやそれはNHKの番組制作現場における「質の低下」に他ならない。これがコトの真相だとすると、「公共放送」を自任するNHKにとって最も深刻かつ致命的な事態だと思う。

(文=明石昇二郎/ルポライター)

明石昇二郎/ルポライター、ルポルタージュ研究所代表

明石昇二郎/ルポライター、ルポルタージュ研究所代表

1985年東洋大学社会学部応用社会学科マスコミ学専攻卒業。


1987年『朝日ジャーナル』に青森県六ヶ所村の「核燃料サイクル基地」計画を巡るルポを発表し、ルポライターとしてデビュー。その後、『技術と人間』『フライデー』『週刊プレイボーイ』『週刊現代』『サンデー毎日』『週刊金曜日』『週刊朝日』『世界』などで執筆活動。


ルポの対象とするテーマは、原子力発電、食品公害、著作権など多岐にわたる。築地市場や津軽海峡のマグロにも詳しい。


フリーのテレビディレクターとしても活動し、1994年日本テレビ・ニュースプラス1特集「ニッポン紛争地図」で民放連盟賞受賞。


ルポタージュ研究所

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