北京冬季五輪が2月4日から開催される。開会式は2008年の夏季五輪の時と同様、国家体育場(通称「鳥の巣」)で行われる。当時の中国経済の成長は破竹の勢いだったが、今回の五輪は新型コロナウイルスのパンデミックの影響もあって盛り上がりに欠けている。中国の経済活動の低迷も暗い影を投げかけている。
昨年第4四半期の経済成長率は前年比4%にとどまり、第3四半期からさらに減速した。中国経済の成長の3割を担ってきた不動産市場の不調が続いていることが最も気がかりだ。資金調達環境が厳しくなり、不動産の新規着工や販売が急速に落ち込みつつある。問題の発端となった中国恒大集団の再建の道筋は見えておらず、不動産市場に対する当局の締め付けが緩む兆しもほとんどない。
中国政府は資金繰りに苦しむ民間不動産企業から多くの資産を国有不動産企業に移転させる動きを後押ししているが、これにより国有企業が今後主導するようになれば、不動産市場はこれまでとは比べようがないほど活気が乏しいものになってしまうだろう。飛ぶ鳥を落とす勢いだった不動産市場は斜陽の時代を迎える可能性が高まっている。
不動産市場の不調は地方政府の財政にも深刻な打撃を与えている。地方政府にとって土地使用権の払い下げは極めて重要な財源確保の手段だが、不動産開発企業の資金繰りの悪化で希望通りの払い下げができなくなってしまっているからだ。
中国全土の300都市で昨年に実施された土地使用権の払い下げ金は5兆6000億元(約100兆6400億円)と、前年に比べて9%も減少してしまった(1月27日付東洋経済オンライン)。払い下げの動きが復調する見込みは薄く、格付け会社のムーディーズは「今年の払い下げ金の減少率は全国平均で20%を超えるだろう」と予測する。
中国の法律では、地方政府は払い下げ金の3割を中央政府に上納し、残りの7割を自主財源として利用できることになっている。払い下げ金が地方政府の歳入に占める比率は3~4割に上ることから、払い下げ金の大幅な減少は地方政府の財政難に直結する。
この事態に困った地方政府は窮余の策を講じている。不動産開発企業に代わり、地方政府がインフラ資金などを簿外で調達するために設立した資金調達事業体(融資平台)を土地使用権の払い下げの受け皿にしている。中国全体の融資平台の債務総額は8兆4000億ドルを超えるとされており、融資平台の債務返済能力をめぐる懸念が改めて惹起される事態となっている。
地方政府が発行する債券の残高も30兆元(約540兆円)を超えており、その半分が3年以内に償還日を迎えるといわれている(1月17日付ブルームバーグ)。すでに危機に瀕していた地方政府の財政はますますピンチに追い込まれており、地方政府が破綻するケースも出てきている。
出生数の減少は「短期的な解決は難しい」
今回の北京五輪が盛り上がらないのは少子化の影響もあると考えられる。2021年の出生数は1062万人となり、1949年の建国以来最も少なくなった。出生数が下がり続けていることについて、中国の人口政策当局は「短期的な解決は難しい」との見解を示している。出産適齢期の女性の人口が減少しているからだ。昨年の20歳から34歳までの女性人口は前年に比べ473万人減少したが、出産適齢期の女性の人口が減少する傾向はさらに加速化するとされている。1979年に一人っ子政策が導入されて以来、最も出生率が高かったのは1987年だが、この年に生まれた子供たちがすでに34歳を過ぎてしまった。
「中国にとっての喫緊の課題は、台湾の(軍事的)統一よりも人口減少をいかに食い止めるかだ」との主張が説得力を持ち始めている。少子化が続くようでは「中国が近い将来世界を支配する超大国になる」との悲願は潰えてしまう。中国を取り巻く国際環境が平和でなければ、人口問題という今後の国力を決定づける深刻な課題に向き合うことはできない。
中国で少子化が進む最大の理由は養育費の高さだ。22歳になるまでにかかる1人当たりの子育て費用は100万元(約1800万円)になるとの試算がある。少子化を食い止めるためには強力な支援策が不可欠だ。だが中国の著名エコノミストが「3140億ドル規模の『出産奨励基金』を中国人民銀行が設立し、すべての子供に毎月現金を給付すれば、今後10年間で出生数を5000万人増やすことができる」と提案したところ、中国政府は「現実性のない主張」と一蹴した。国民が過剰な期待を抱くことを怖れたからだと思われる。
子育て支援を行う役目を担うのは地方政府だが、前述したとおり財政は火の車だ。中国政府がすべての夫婦に3人目の出産を認めたことを受けて、地方政府は相次いで子育て支援策を打ち出しているが、具体策で目立つのは産休や育休の拡充だ。子育て手当など家計への現金給付するケースは限られている。
財源が不足するなかで、地方政府は景気対策のために減税を行い、さらにインフラ投資の増大も要求されている。「ない袖は振れない」のだ。中国政府が不動産市場への締め付けを強めたのは養育費のなかで大きな比重を占める住居費を下げるためだったが、これにより地方政府の財政悪化を招き、子育て支援策に事欠くようになってしまったのだとすれば皮肉としか言いようがない。
いずれにせよ、今回の五輪は中国が今後衰退に向かうことを象徴するイベントになることだけは間違いないだろう。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)