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「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

現在の物価上昇、70年代オイルショックと酷似

文=加谷珪一/経済評論家
現在の物価上昇、70年代オイルショックと酷似の画像1
「gettyimages」より

 このところ国内の物価上昇が顕著となっている。基本的な要因は原油や食糧など海外の物価上昇であり、1970年代に発生したオイルショックとよく似ている。昨年までは、日本ではデフレが続いているので「インフレにはなり得ない」といった見解をよく耳にしたが、貿易が存在する以上、海外の物価動向とは無縁ではいられない。

物価上昇にはタイムラグがある

 このところ食品を中心に多くの商品が値上がりしているので、物価が上がっていること自体は明らかといってよいだろう。だが、2021年12月時点における日本の消費者物価指数は前年同月比でプラス0.8%と、それほど高い上昇率にはなっていない。生活実感とは裏腹に消費者物価指数が上昇していないことについては、主に2つの理由がある。1つは原材料価格の上昇が最終製品の価格上昇に波及するまでにタイムラグが存在すること、もう一つはある種の数字のマジックである。

 企業というのは、原材料や商品を仕入れ、それに利益を乗せて顧客に販売している。物価の上昇が始まった場合、最初に影響が出てくるのが企業の仕入れである。仕入れ価格が上がれば利益が減るので、企業はその分を価格に上乗せしたい。価格を上げると販売数量に影響するため、ギリギリまで踏みとどまるのが普通だが、他のコスト削減努力では到底、吸収できないほどに仕入れ価格が上がれば値上げを決断する。

 仕入れ価格の上昇に耐えられなくなるまでの時間は、商品や業種によって異なっており、現時点ではまだ値上げを行っていない企業もある。このため、全体の指数が上昇するまでにはしばらく時間がかかる。

 企業間取引の物価動向を示すのは企業物価指数だが、インフレになった場合、最初に企業物価指数が上がり、その後、一定のタイムラグを経て消費者物価指数が上昇することが多い。日銀が発表した11月の企業物価指数は前年同月比で9%の上昇となり、オイルショック以後、最大の上げ幅を記録した。オイルショック当時も先に企業物価指数(当時は卸売物価指数)が上がり、その後、半年程度の時間差の後、消費者物価指数が急上昇した。昨年後半に企業物価指数が急上昇したという現実を考えると、2022年の春あたりから上昇が顕著となり、後半に入ってさらに上昇率が上がるという展開が予想される。

 もう1つの理由である数字のマジックとは、携帯電話料金の引き下げが指数に与える影響のことを指す。

 菅政権が携帯各社に対して、通信料金の引き下げを強く要請したことは記憶に新しい。この要請を受けてNTTドコモが新料金プラン「ahamo」を発表するなど、2021年春から続々と新料金の導入が始まった。主要キャリアの料金引き下げを受けてMVNO(仮想移動体通信事業者、いわゆる格安SIM)各社もさらに料金を下げたので、2021年には通信料金が大幅に安くなった。

 家計における通信費の割合は、スマホの普及以降、上昇が続いており、消費者物価指数への影響は大きい。消費者物価指数は前年同月比で算出するので、2021年春以降、携帯電話料金が前年比で安くなった分、全体の物価を押し下げる効果をもたらしている。だが2022年春以降は、すでに料金が下がった2021年との比較になるので、携帯電話料金の値下がり分は指数にマイナスの影響を与えない。

インフレが発生する時は、大抵、複数の要因が関係している

 現時点において、携帯電話料金の値下げがなかったと仮定した場合、消費者物価指数はすでに2%近い上昇率となっている。現実に物価は上がっているものの、統計のマジックでそれが見えていないだけであり、今年の春以降、値下げの効果が消滅することで、消費者物価指数は2%を超えてくる可能性が高まっている。

 専門家による分析やメディアの報道が、生活実感と乖離することは珍しいことではなく、誰の目にも状況が明らかなってからしか本格的な議論は行われない。スーパーなどによく買い物に行く人なら、物価が上がっていることは昨年後半から一目瞭然だったはずだが、生活実感に乏しい人の場合、インフレと言われてもまだピンと来ていないのではないだろうか。

 だが春以降、携帯料金の引き下げ効果が剥落し、統計上も2%以上の物価上昇と明示されれば、多くのメディアがこの話題を取り上げるはずだ。専門家も「インフレ」「インフレ」と口にするようになり、ほぼすべての人が物価上昇について認識するようになる。

 今回の物価上昇は、原油価格や食糧価格の高騰に伴うものであり、輸入物価の引き上げが起点となっている。原油価格の上昇をきっかけに、あらゆる一次産品の価格が上昇し、多くの製品価格に波及するという流れは、70年代に発生したオイルショックとよく似ている。だが、原油価格の上昇が物価高をもたらすという解釈は、70年代のインフレを完全に説明しているとはいいがたい。

 1973年10月、OPEC加盟6カ国は1バレルあたり3.01ドルだった原油公示価格を5.11ドルに引き上げ、翌年1月からはさらに11.65ドルに引き上げた。これをきっかけに、あらゆる製品の価格が値上がりし、各国でインフレが進んだ。

 原材料などの価格上昇が引き起こすインフレのことを一般的コストプッシュ・インフレと呼ぶ。原油価格の上昇はあらゆる製品価格に影響を与えるが、それでも製品やサービスの付加価値全体に占める一次産品の比率は2割程度であり、これだけで先進国の物価が2倍に上昇するとは考えにくい。では、なぜオイルショックをきっかけに、各国でインフレが進んだのだろうか。

インフレが発生する時は、単一要因ではないことがほとんど

 顕著なインフレというのは、原油価格の上昇など供給要因に加えて、貨幣的な要因が関係することが大半である。オイルショックが発生する2年前には、金とドルの兌換停止(いわゆるニクソン・ショック)があり、各国のマネーサプライが急増していたことに留意する必要があるだろう。

 1971年8月、米国政府は突如、金とドルの兌換を停止する宣言を行い、世界の金融市場は大混乱に陥った。為替市場ではドルを売って、マルクや円を買う注文が殺到し、ドルの価値は大きく下落。市場には大量のドルが放出される結果となった。日本やドイツは、通貨切り上げに伴う混乱を回避するため、中央銀行は流動性の供給を行った。その結果、ニクソンショック後の世界経済には、大量のマネーがバラ撒かれる状況になった。

 つまり、オイルショックの2年前にすでに大量のマネーが市場に供給されており、貨幣要因でのインフレが発生しやすい状況が生じていた。産油国による価格引き上げは、マグマのように溜ったインフレ圧力に一気に火を付ける結果となり、各国で急激な物価上昇が始まった。

 70年代のインフレはこのようなメカニズムで発生したものであり、決してコスト要因だけによるものではない。というよりも、顕著なインフレが発生する時には、大抵の場合、供給要因と貨幣要因の両方が存在している。ひるがえって今の物価上昇局面については、どう考えれば良いのだろうか。

 原油価格の上昇に伴う一次産品の価格上昇がインフレのきっかけという点で、当時と今とでは類似点があるが、多くの読者の方は、もうひとつの類似点があることについてお気づきだろう。それは、言うまでもなく各国政府が行ってきた量的緩和策である。

量的緩和策の影響は無視できない

 リーマンショックに対処するため米国を中心とする各国の金融当局は、大量の国債を購入して市場にマネーを供給する量的緩和策を実施してきた。市場には実需を超える貨幣が存在しており、そもそもインフレが生じやすい環境が続いている(というよりも、量的緩和策は意図的にインフレを生じさせる政策である)。

 諸外国の物価は、原油価格が上がる前から上昇傾向が顕著となっていたが、これは量的緩和策の影響によるものである(オイルショック当時も、73年10月の原油価格引き上げによって、いきなり物価が上がったのではなく、すでに73年初頭からインフレは顕著になっていた)。もともと貨幣的要因でインフレが進んでいたところに、一次産品の価格上昇が加わり、物価上昇に弾みが付いているというのが、今の世界経済の現状である。

 一次産品の価格上昇に加え、金融当局の意向によって貨幣が過剰供給されているという点においても、前回のオイルショックと今回のインフレはよく似ている。もっとも、当時の米国経済はボロボロだったが、今の米国経済は今のところ堅調に推移している。成長さえ持続すれば、景気拡大に伴うインフレとしてうまく処理できる可能性が見えてくるので、この点については大きな安心材料といってよいだろう。

 しかしながら、今回のインフレが複合的な要因であることは間違いなく、石油価格が落ち着けばインフレも終息するという単純な話にはならない。政策誘導を一歩間違えば、悪性のインフレになる可能性があるという点については常に留意しておく必要がある。

(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

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