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野村直之「AIなんか怖くない!」

ロシアを窮地に追い込んだウクライナ政府の驚嘆すべきIT・AI戦術…世界中を動かす

文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員
ウクライナのゼレンスキー大統領の公式Twitterアカウントより
ウクライナのゼレンスキー大統領の公式Twitterアカウントより

 前回記事の執筆時点では、まさか40日間以上ロシアによるウクライナ侵略戦争が続いているとは予想していませんでした。ウクライナ軍、市民の驚嘆すべき抵抗と、犠牲の上に専制軍事大国ロシアを南東へと押し返すようになっています。

 この間も新手のIT、AI(人工知能)応用による市民、大臣、サイバー軍、国際ハッカーの入り乱れたサイバー戦、情報戦が展開しています。前回の副題とした「AI人格が偽投稿」のフォローアップになるニュースが、本稿を執筆し始めた直後に入ってきました。YouTube「ロシアの“偽情報拡散”拠点5カ所を制圧…証拠PCも」(ANNnewsCH/2022年4月5日)というものです。ロシアによるフェイクニュース拡散の拠点がウクライナ国内に5カ所あり、10万の偽アカウントからロシア寄りの投稿をするために、携帯電話のSIMカード1万枚以上を用意していたとのこと。敵国に潜入して、SNS、スマホ時代の情報工作を行う情報発信拠点のヤバさを認識し、叩き潰す、という闘いが今日の戦争に求められていることは、各国の関係者は肝に銘じるべきでしょう。

 前回は、フェイク画像や偽キャラの文章など、生成系、合成系のAIを中心に取り上げました。今回は、認識系、解析・分析し、対象(個人情報など)を特定し、検証、証拠立てるタイプのAIの戦争応用をとりあげます。

31歳ウクライナ副首相デジタル大臣の偉業の数々

 その前に、今回のウクライナの大善戦の立役者、31歳ウクライナ副首相デジタル大臣ミハイロ・フェドロフ (ウクライナ語: Миха́йло Альбе́ртович Фе́доров、英語: Mykhailo Albertovych Fedorov 1991年1月21日-) の瞠目すべき活躍の一部を箇条書きにしてみたいと思います。

1) 1000社近い世界の主要企業CEOらに直接メールしてロシアでのビジネス停止を依頼。多くはその数日以内に協力を得る、驚異の反応率で対ロ兵糧攻めをタダ同然のコストで実現。SAPなど非協力的な国際企業を名指しで批判も。

2)そのなかには、Visa、Mastercardなどのクレジットカードの即時停止、Apple Store、Google Playなどでロシア人が決済不能にするなど国家による経済制裁より即効性がありロシア市民に気づきを促すような施策もある。超大手が身を切る(損失を被る)施策を即断即決させた。

3)特にアップル他、IT大手に2021年9月にゼレンスキー大統領と共に訪問。半ば期せずして強力な支援、ITインフラならではの、SNS上のロシアのフェイク潰し、YouTubeのロシアプロパガンダ・アカウントをブロックなどへの協力の根回しとなった。

4) イーロン・マスク氏へ衛星高速インターネット環境スターリンクの国家レベルインフラ提供を依頼し無料でゲット。ロシア軍やいかなるサイバー軍の攻撃にも耐える強力な情報戦環境、ツールを確保。

5) この間も、コロナ対策のITインフラ(トレース、ワクチン接種管理等)の整備・運用

・他の政府業務、政府変革業務として、公共サービスのデジタル化(DX)、事務の簡素化・半自動化を引き続き推進中。

6)特に、認識系AIを活用した自動化。なかでも、ウクライナ軍がClearview AI(クリアビューAI)の顔認識技術を活用できるようにサポート。いくつもの活用目的のうち3つだけあげると、総務省との共同プロジェクトでは、国内で死亡または捕虜となったロシア兵の実名の特定と、検問所の通行者の特定、行方不明者の捜索に活用。

7)28万フォロワーのツイッター他で英語で毎日何回も世界に直接発信。マスメディアには取り上げられない、ブチャ他で虐殺、略奪を行った兵士の写真を公開も。

 5)について、インタビュー記事中の本人談を引用します:

“公共サービスを立ち上げるための工場のようなものを作りました。それを可能にしているのが、1500万人のユーザーを持つ私たちのアプリです”

“政府が運営するすべてのデータベースの相互運用と、新しいサービスを立ち上げて提供するために微調整された管理組織(を実現)”

“例えば、この戦時中に、戦闘で大きな被害を受けた地域からの移住を余儀なくされた人たちに、現金を支給するなどのサービスを開始”

“(スマホ向けサービスに)無料の公共テレビと無料のラジオを埋め込み”

“公式なルートで軍への募金を行えるようにしました” (例えば仮想通貨で出来るよう立法作業も1日24時間、週7日体制で会議しつつ実施)

“敵の動きも追跡して報告できるサービスもあります。基本的にはクラウドソーシングによる情報提供ですが、戦争が勃発してからわずか数日でそれを開始することができました”

“戦時中に、誰であろうと、どこにいようと、どんな身分であろうと、内部移動と公共サービスを受けるための重要な情報をすべて網羅した追加書類を公開することができました”

“将来の手続きのために、基本的に戦争で損害を受けたり破壊されたりした場合に備える資産目録サービスにも取り組んでいます”

 フェドロフ副首相は、この凄まじい戦時下で、数日単位で、新しいデジタル国家インフラ、侵略に対抗するためのITインフラを立ち上げているのです。戦後の補償(税金にせよ、ロシアに最初の1カ月分で70兆円と計算済の損害賠償にせよ)のための資産目録をスマホで簡単に登録できるサービスを激戦下で作っているなど、驚異的な先見性、先回りサービスの実装能力といえるでしょう。

顔認識AIによる兵士、戦争犯罪者の特定

 6)については、現地時間3月13日のロイター記事が衝撃的でした。20世紀的な戦争を遂行しているかにみえるロシアは、戦争のどさくさで、戦死者の特定や正確な人数の把握など、攻められている敵軍にできるわけない、と高をくくっていたのではないでしょうか。NATOがロシア兵推計戦死者数が1万5000人近いとしていた3月25日に、ロシア公式発表は1351人。米国ベンチャーのClearview AI(クリアビューAI)の申し出により同社の顔認識技術を無償で導入したウクライナは、ロシアの嘘を暴けるだけでなく、個々の兵士の名前を特定し彼らの振る舞いを監視カメラ画像で紐づけることにより、戦争犯罪を極めて正確にきめ細かく証拠立てることが可能になりました。

 クリアビューAI社の創業者ホアン・トンタット最高経営責任者は、ロシアのソーシャルメディアサービスであるVKontakteから、合計100億枚以上の写真のデータベースのうち、20億枚以上の画像を自由に利用できると語りました。3月22日のニューズウィーク日本版記事によれば、指紋照合には及ばないものの、2021年11月に実施したテストにおいて、米国の顔認証技術として1位を獲得。1200万枚のサンプルから同じ人物の顔画像を照合するテストにおいて、99.85%の精度をたたき出したといいます。

 平時であればプライバシー問題、もっと深く、基本的人権の侵害に結びつきかねない、憲法談義まで呼び起こしそうなところですが、戦時の「なんでもあり」の情報戦においては、活用ノウハウを磨き上げることに追い風が吹いているといえるでしょう。

私も追加施策のアイディアを出しツイッターで発信してみました

 7)の情報発信では、ゼレンスキー大統領が主要国の国会で生演説を行ったり毎日何度もニュースに登場する前後の根回し、フォローも多数行っている点が重要です。加えて、自身も毎日何度も、主要メディアが拾いきれなかった情報を主に英語で発信。ツイッターに虐殺者の顔を暴露していたりします。ハッカーグループが暴きだしたロシア政府の諜報員(スパイ)数百人の実名と電話番号らしきものを一部黒塗りで出したりもしています。

 同じ情報戦でも、ロシアは徹底的に隠ぺい、抑圧、弾圧する情報戦ですが、フェドロフ副首相の率いるウクライナの情報戦は、敵の機密情報(intelligence)を暴き出し、公開したり、自軍で共有して活用するという正反対の戦術です。情報収集のために、民間人のドローンやスマホから膨大な情報を集めるべく、数日でソフトウェア(アプリやAPI)、ネットワークを開発し即運用するという超近代的手法で、圧勝しているといえます。

 以前の拙連載で機械翻訳DeepLの劇的に向上した機械翻訳の能力、精度に触れました。現地情報を現地語からダイレクトに翻訳することで、欧米メディア、記者に依存しない新しいニュース配信が立ち上がりつつある感がありますが、全世界の一般公衆が機械翻訳により、ロシア語やウクライナ語で情報発信できるようになっている現実も重要ではないでしょうか。

 早速やってみました。単に死亡・負傷ロシア兵の情報をロシア政府に送りつけるだけでなく、「ロシア兵の母親の会」に1万人の情報を送ってしまえば、一気にロシア国内で厭戦気分が広まるのでは? と思いついたためです。「ロシア兵士の母親の委員会の連合は、以前の反戦体制と停戦において重要な役割を果たしてきたと聞いています。 戦争で亡くなったすべての若いロシア兵の名前を母親協会に伝えるのは良いことではありませんか?」と投稿(逆翻訳かけて収束した文です):

 このスレに、DeepLでロシア語に、Google翻訳でウクライナ語に翻訳。少々字数オーバーしたので、原文を短縮し、逆翻訳で意味を確認しつつ、両語に翻訳した結果をスレに付加しました。

ロシア語:https://twitter.com/nomuran/status/1511289452793982977

ウクライナ語:https://twitter.com/nomuran/status/1511288525127237634

 各々、Tweetを翻訳、をクリックしたら、Googleによるロシア語からの翻訳、Googleによるウクライナ語からの翻訳と出て意味を確認できます。

 これらがわずかでもウクライナやロシアの関係者の目に触れてくれれば、停戦が近づき、無用に命が奪われる事態の収束が早まってくれないか。こんな援護射撃も役に立つ可能性がゼロではなくなっている。ロシア語、ウクライナ語で上記投稿をしたことで、市民有志がいつでも世界中どこからでも「参戦」できてしまう戦争になっていることを実感しました。

(文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員。


1962年生まれ。1984年、東京大学工学部卒業、2002年、理学博士号取得(九州大学)。NECC&C研究所、ジャストシステム、法政大学、リコー勤務をへて、法政大学大学院客員教授。2005年、メタデータ(株)を創業。ビッグデータ分析、ソーシャル活用、各種人工知能応用ソリューションを提供。この間、米マサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所客員研究員。MITでは、「人工知能の父」マービン・ミンスキーと一時期同室。同じくMITの言語学者、ノーム・チョムスキーとも議論。ディープラーニングを支えるイメージネット(ImageNet)の基礎となったワードネット(WordNet)の活用研究に携わり、日本の第5世代コンピュータ開発機構ICOTからスピン・オフした知識ベース開発にも参加。日々、様々なソフトウェア開発に従事するとともに、産業、生活、行政、教育など、幅広く社会にAIを活用する問題に深い関心を持つ。 著作など:WordNet: An Electronic Lexical Database,edited by Christiane D. Fellbaum, MIT Press, 1998.(共著)他


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