世界第2位の自動車部品メーカーであるデンソーが車載用半導体分野での事業運営体制を強化している。4月に同社は台湾のファウンドリ(半導体の受託製造を行う企業)であるユナイテッド・マイクロエレクトロニクス・コーポレーション(UMC)との協業を発表した。デンソー経営陣は車載用の半導体需要の拡大を見据え、新しい取り組みを強化している。
近年、デンソーの事業運営体制は大きく変化したとみられる。その一つが、プロ人材の登用によるデジタル・トランスフォーメーション(DX)の加速だ。それは世界的に供給制約が深刻化するなかでのコスト削減と需要の確実な取り込みを支えた。その結果、2022年3月期の業績は拡大した。そうした成長の勢いを同社は高めなければならない。
今後、世界全体で自動車の電動化は加速する。ネット空間との接続や自動運転、シェアリングなどCASEへの取り組みは増え、車載用の半導体需要は増えるだろう。競争が激化するなかでデンソーは台湾のファウンドリとの関係を強化し、車載用半導体の設計と開発に集中するなどして先端分野での競争優位性を発揮することが求められる。
デジタル技術導入によるデンソーの生産性向上
2022年3月期、デンソーの業績は拡大した。そのポイントの一つは、デジタル技術の活用によって、同社全体の生産性が向上したことにあるだろう。業績内容を確認すると、同社の収益力は向上した。売上高は5兆5,155億円と2021年3月期に比べて11.7%増加した。営業利益は同120%増加の3,412億円だった。
得意先別に売上収益を見ると、最大の取引先であるトヨタグループをはじめ多くの顧客への売上が増加した。製品別に見ると、インバーターやモーター、バッテリーなどのエレクトリフィケーションシステム(自動車の電動化に必要なシステム)、車載用のセンサーや半導体の需要増加が顕著だ。他方で、デンソーは環境変化への対応力の向上に徹底して取り組んだ。ウクライナ危機の発生や中国での新型コロナウイルスの感染再拡大などによって世界的に供給制約が深刻化した。また、半導体をはじめとする自動車部品の不足によって世界的に完成車の生産が停滞している。いずれも同社にとってマイナスの要因だ。
その状況下、デンソーは操業度を引き上げて完成車メーカーの要望に最大限に応えた。操業度の上昇の一つの要因として、感染の再拡大から世界経済が回復したことは大きい。それによって世界全体で自動車の生産活動は不安定ながらも持ち直し、デンソーは固定費を回収して収益を獲得しやすくなった。
操業度向上に貢献した要素は他にもあるだろう。その一つとしてDXの加速に注目したい。2016年ごろからデンソーは社外のITのプロを登用して、事業運営のDXに取り組みはじめたようだ。具体的には、個々の事業部が担当するデザインや研究開発などに関してオープンソースにできるものを抽出し、それらをクラウド空間で共有することなどによってより効率的な事業の運営体制を実現したと考えられる。
言い換えれば、事業部が個々に行っていた業務に横串を通して、コスト管理や議論の集約を目指した。コロナ禍が発生した結果、デンソーのDXはさらに勢いづいた。それが、世界的に供給制約が深刻化する中で需要されるものを、より少ないコストで、より迅速に顧客に届ける体制の強化に繋がったと考えられる。それは2022年3月期の業績拡大を支えた一つの要因と評価できるだろう。
加速化する車載用の半導体事業の強化
デンソーは需要の増加期待が高まる車載用の半導体分野に得られた資金を再配分している。その象徴として、4月26日にデンソーは台湾の世界的なファウンドリであるUMCと車載用のパワー半導体の生産で協働することを発表した。UMCは台湾積体電路製造(TSMC)、韓国のサムスン電子に次ぐ世界第3位のファウンドリだ。それに加えて、デンソーは熊本県に建設される半導体工場(ソニーグループとTSMCとの合弁事業)にも参画する。デンソーは台湾半導体産業との関係強化によって、車載用の半導体の生産能力の強化に取り組もうとしている。
2022年3月期の業績から確認できるように、デンソーの車載用半導体の収益性は高まっている。同社にとって車載用半導体事業の運営体制の強化は、中長期的な成長力の向上に大きなインパクトを与えるだろう。
まず、世界全体で自動車の電動化などは加速する。具体的には自動車の走る、止まる、曲がるを支えるマイコンやより効率的な電力管理のためのパワー半導体、自動運転技術に用いられる画像処理などに用いられるセンサー、5Gや6Gなどより高速な通信規格に対応しネット空間と自動車の接続を可能にする通信用の半導体など、より多くの半導体が自動車に搭載されるようになる。成長期待の高い事業の運営体制は迅速に強化されるべきだ。デンソーはそうした考えに基づいて台湾半導体メーカーとの関係強化に動いているだろう。
また、世界的に半導体の不足は長期化する可能性が高い。その分だけ、デンソーが収益を獲得するチャンスが増えるだろう。独フォルクスワーゲンや米インテルからは、世界的な車載用半導体の不足は2024年まで続く可能性があるとの見方が示されはじめた。その背景には複数の要因が考えられる。まず、ウクライナ危機や中国のゼロコロナ政策などをきっかけにして資材の不足が深刻化し、価格が上昇した。世界の海運や空運などの物流の混乱にも拍車がかかっている。また、世界的に半導体製造装置の供給も追いついていない。
半導体を中心とするビジネスチャンスの拡大
今後の展開予想として、車載用の半導体という世界経済の先端分野でデンソーのビジネスチャンスは増えるだろう。多くの取り組みが期待される中で、2つの点に注目したい。
一つ目が、半導体の分業体制の確立だ。半導体の生産には多くの資本が必要になる。景気変動の影響も大きい。それに対応するために世界の半導体業界では米アップルなどがチップの設計と開発に集中し、その生産をTSMCが受託するという国際分業が進んだ。現在、台湾の半導体産業はフル稼働が続いている。
他方で、TSMCなどは、日本の高純度の半導体部材や製造装置を必要としている。デンソーは、国内の半導体部材、製造装置メーカーなどとの関係を強化しつつ、ボッシュなど競合相手を上回るスピードと規模感で新しい車載用の半導体の設計と開発を進め、新しい需要を創出しなければならない。それがUMCなどとの関係強化を支え車載用半導体分野でのデンソーの競争力向上につながるだろう。口で言うほど容易なことではないが、そうした取り組みの強化がビジネスチャンスの獲得に欠かせない。
二つ目が、専門家が活躍する経営風土の醸成だ。UMCとの関係強化のためには、デンソーの半導体設計、開発能力の強化が欠かせない。デジタル化の推進に見られたように、デンソー経営陣は半導体の設計などのプロ=専門家の登用を加速しなければならない。
課題の一つは、世界全体で半導体の専門家への需要が急増したことだ。実力あるエンジニアなどは引く手あまただ。デンソーは過去の事業運営の発想や固定観念に囚われず、競争力ある賃金水準を示すなどして専門家をより多く登用し、中長期的に彼らが実力を発揮する環境を整備しなければならないだろう。事業運営体制の変化に従業員がしっかりと対応できる教育体制の強化が必要であることは言うまでもない。そうした取り組みが同社の収益源の多角化とより高い成長の実現に決定的影響を与える。
デンソーは新しいビジネスモデルの確立を目指す重要な局面を迎えているともいえる。同社がどのようにデジタル化を加速し、半導体分野での設計、開発体制を強化するか目が離せない。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)
●真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。