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航空経営研究所「航空業界の“眺め”」

ロシアの航空機が飛べなくなる日…海外から航空機パーツの供給途絶、安全運航に懸念

文=橋本安男/航空経営研究所主席研究員、桜美林大学航空・マネジメント学群客員教授
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アエロフロート・ロシア航空の航空機(「Wikipedia」より

 2月24日に開始されたロシアのウクライナ侵攻では、ウクライナ軍が想定を超える反撃によって首都キーウを守り切り、東部・南部地区での激戦に突入し、戦闘の長期化も予想されている。衝撃を受けた欧州、米国、日本などの西側諸国は、自国経済への悪影響を覚悟しつつも、一致してロシアへの経済制裁を発動している。これに対して、ロシアは通貨ルーブルが一時の大暴落から回復し侵攻以前のレベルに回復したこともあり、「西側の経済制裁は自国経済を痛めるだけで、完全な失敗である」と強気に断じている。

 しかし、経済制裁はボディーブローのように徐々にロシアの経済活動をむしばみつつある。その一つの例が、ロシアの民間航空である。このままの状況が続けば、遅かれ早かれロシアの航空会社の航空機が少なからず運航不能に陥る。広い国土で民間航空の機能不全が起これば、ロシア経済の悪化にさらに拍車をかけることになるだろう。

ロシアの民間航空機の大半はエアバスとボーイング製

 ソビエト連邦の時代は、民間航空機といえばイリューシンやツポレフといったロシア製の航空機ばかりであったが、ソ連の解体と冷戦終結に伴い、1990年代から次々と西側のジェット旅客機に置き換わり、現在では有力航空会社の保有機材の大半がエアバス、ボーイング製である。

 例えば、ナショナル・フラッグ・キャリアであるアエロフロート・ロシア航空の航空機材187機の内177機がエアバス/ボーイング製であり、ロシア製はスホーイ・スーパージェットというリージョナルジェット10機のみである。また、国内線最大手のS7航空の場合も、航空機材105機の内88機がエアバス/ボーイング製で、残りの17機はブラジル エンブラエル製のリージョナルジェットである。

 さらに、これらのエアバス/ボーイング製などの西側のジェット旅客機の大半が、西側の航空機リース会社からのリース機材で、ロシアの航空会社全体で500機以上がリースされている。

欧米の制裁 EU/米国域内飛行禁止、リース機の返却要請、パーツの輸出禁止

 欧米はロシアのウクライナ侵攻後、即座に一連の経済制裁を発動した。航空での制裁は基本的に次の3つのカテゴリーである。

(1)ロシアの航空会社の航空機のEU/米国域内飛行禁止

(2)ロシアの航空会社へのリース機材の契約解除/返却指示(対リース会社)

(3) 航空機パーツの輸出禁止、技術サポートの停止

 制裁に対してロシアもただちに反応した。EUなどの航空会社に対し、ロシア領内飛行禁止の制裁を発動した。また、EUの指示によるリース機材の契約解除/返却については、これを無視し、リース先の国籍からロシア国籍に変更し、かつ航空法を改正しロシアの航空当局が耐空証明を出し直した。

 また、航空会社に対する差し押さえを避けるため、国外への飛行を行わないよう指示した。航空機リース会社は80機程度のリース機材を回収できた模様だが、残りの400機以上はロシアに残ったままで手が出せず、頭を抱えている。

 問題は、3番目の航空機パーツの輸出禁止と技術サポートの停止である。ロシアにとって最も悩ましく、効果的な対応が難しい。つまりそれだけ制裁効果が高いといえる。

航空機パーツと技術サポートの供給が絶たれ、安全性低下の懸念

 航空機パーツは、航空機の耐空性を維持するために不可欠なものである。システムの故障時には多くはパーツ交換となるし、定期的な機体とエンジンの整備でもたくさんのパーツ交換が必要となる。加えて、運航でもっとも消耗の激しいタイヤやブレーキは、故障がなくても日常的な交換が必要となる。このため、ロシアはなんとか航空機パーツを確保しようと中国に助けを求めたのだが、西側からの制裁を恐れたのか、中国はパーツ提供を拒否したという。ロシアは仕方なく、友好的なインドやトルコに助けを求めている。

 他国の航空会社から多少のパーツは融通を受けられるかもしれないが、数に限界があるし、またタイムリーに手に入れることは困難であろう。西側の航空アナリストは、ロシアの航空会社は運航可能な航空機を何機か犠牲にして、その機体から「パーツ取り」をするしかなくなるだろうと見ている。そうして「パーツ取り」する機体の数は徐々に増えていくのである。

 パーツ不足が常態化すると、多少の故障を抱えたままでも運航せざるを得なくなってくる。もともと航空機は信頼性確保のため多重の設計がなされているので、一系統故障しても最低の基準である「運用許容基準」を満たせば運航が許されるのだが、その基準を満たすことも次第に難しくなってくる。パーツ不足による安全性低下の懸念である。故障を抱えた状態でフライトを行うかどうかは最終的に機長の判断となるが、機長が出発を拒否するケースも出てくるに違いない。

 安全性の懸念はパーツ不足だけではない。電子機器のソフトウェアのアップデート・サービスもメーカーから受けられなくなる。ソフトウェアの改善ができないばかりか、仮にソフトウェアに欠陥が見つかってもその修正ができなくなる。さらに、フライトをつかさどる電子機器であるFMS(フライト・マネージメント・システム)には、メーカーから空港や航路などのデータベースが定期的に提供されるのだが、このサービスもすでに停止されている。このデータベースには、障害物、地形などの安全情報が含まれるので、安全性にもかかわってくる。

 これまで、ロシアの大手航空会社は、西側の大手航空会社と遜色のない安全性の実績を誇ってきたのだが、パーツ不足、メーカーの技術サポートの停止により、安全性低下の懸念は深まりつつある。

カウントダウン 早晩増加する航空機の運航停止

 一連の欧米の制裁発動を受け、3月にロシアのボリソフ副首相は、今後ロシア国産の旅客機MC-21(160~200席クラス)と、スホーイ・スーパージェット(100席クラス)の開発を加速して、国内の航空機を西側機材から置き換えていくと表明している。しかし、事はそう簡単ではない。グローバル化した現在では、航空機の開発は、エンジン、電子部品等、世界各国の先端技術を統合することで成立している。ロシアは、西側部品を排除し新機材をすべて純国産の部品で開発しようとしているのだが、優秀な西側部品を国産で置き換えることは一朝一夕にはいかず、開発に長い年月を要してしまうだろう。

 西側の専門家は、パーツ不足により航空機が運航できなくなる状況の到来はカウントダウンの段階に入っており、遅かれ早かれ、航空機が運航停止するケースが頻発すると観測している。ロシア製のスホーイ・スーパージェットですら、そのエンジンはフランス スネクマ社との合弁会社製であるため、いずれエンジン・パーツ不足で運航停止に追い込まれると見られている。

 ロシアの民間航空の市場規模は世界第11位と大きいが、徐々に便数が制限され航空市場はかなり縮小されてしまうだろう。広い国土での有効な交通手段である民間航空が縮小することは、ロシア経済にとってさらなる打撃となるに違いない。

(文=橋本安男/航空経営研究所主席研究員、桜美林大学航空・マネジメント学群客員教授)

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