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舘内端「クルマの危機と未来」

排ガス検査不正してまで自動車メーカーがディーゼル車を延命の理由

文=舘内端/自動車評論家
排ガス検査不正してまで自動車メーカーがディーゼル車を延命の理由の画像1
日野自動車のトラック(「Wikipedia」より)

 燃費に優れ、力もあるディーゼルエンジンだが、こと排ガスに関しては違反が続く。欧州メーカーだけの問題かと思われたが、ついに日野自動車やスズキなどの日本メーカーにも違反が見つかり、日野の下義生会長は退任に追い込まれた。EVシフトのなか、ディーゼル車は生き残れるのだろうか。

火付け役はVWのディーゼル排ガス偽装

 現在まで続くディーゼル排ガス規制違反は2015年から始まった。この年、米国の環境保護庁(EPA)がVW(フォルクスワーゲン)のディーゼル車の排出ガスが規制値を満たしていないと発表したのだ。対象車は2009年から15年に発売されたゴルフやパサートなどVWの主力車とアウディA3にまで及んだ。影響は1100万台におよび、VWは対策費として65億ユーロを計上した。

日米欧は厳しい規制へ

 VWは、2005年から06年の間に排ガス検査をすり抜けるソフトの搭載を決めたといわれている。なぜか。

 一つは09年に米国と日本が、欧州は14年にかけてディーゼル排ガス規制を一斉に強めたからであった。しかも大気汚染の元凶である窒素酸化物(NOx)に関して、それまでの規制値に対して欧州は3分の1へ、米国は5分の1に減少させろという厳しいものであった。

 二つ目は09年からの米国の規制や14年からの欧州の規制強化に合わせてディーゼル車を開発するには、05年から06年あたりから取り組まなければならなかったからだ。開発に取り組んではみたものの、VWは現行の排ガス浄化技術では、とてもこの規制はクリアできないと判断したに違いない。そこで検査の時だけ排ガスを少なく見せるソフトを搭載したのだった。

 しかし、なぜ排ガス偽装をまでしてディーゼル車を売ろうとしたのか。

売れに売れたディーゼル車

 VWのディーゼル排ガス問題の中心的な車種であるゴルフは、著名なデザイナーであるジウジアーロの手による大衆乗用車で、それまでVWの屋台骨を支えていたビートルに替わって1974年に登場した。いわばVWの浮沈を決する新型車であった。

 初代からディーゼルエンジンのモデルがあったが、それまでのトラックのエンジンのような重くて鈍重なディーゼルに比べて、ゴルフのディーゼルエンジンは小型で軽く、軽快なエンジンであった。もともとディーゼル人気の高かった欧州で、ますますディーゼル乗車が増えるきっかけとなった。

 ディーゼル車人気がもっとも高かったのはフランスで、1995年にはガソリン車とほぼ同じ普及率となり、VWのディーゼル排ガス問題の発覚した2009年近傍では75%に達していた。英国、ドイツは50%で、欧州全体では違反が判明する寸前のディーゼル車普及率は54%にも達していた。

エンジン車撲滅規制Euro6の登場

 そこに現れたのがEuro6という14年から実施された排ガス規制だった。極めて規制値が高く、監督官庁が「もう排ガスは出すな」と言っているのではないかと思える規制で、ディーゼル車どころかガソリン車の絶滅さえも狙ったのではないかと思えないわけではない。

 ただし、今から考えれば排ガスも地球温暖化物質のCO2も出さないEVへのシフトを促す強力なターボチャージャーであった。しかし、売れまくるディーゼル車を欠いた経営戦略など、欧州のどのメーカーもまったく考えられなかった。

日本のポスト新長期規制

 一方、日本ではディーゼル車撲滅規制とも思える排ガス規制が09年から実施された。ポスト新長期規制である。この規制は特にディーゼル車に厳しいもので、粒子状物質(PM)も、窒素酸化物(NOx)も、先の新長期規制値に対して40~65%もの削減を求めるものであった。

 新長期規制は、その時点で世界一厳しい規制だったが、ポスト新長期規制はさらに厳しいものとなった。09年規制を前にして、日野自動車のディーゼルエンジンの開発陣は頭を抱えたのかもしれない。やがて11万台にも及ぶ日野自動車の排ガス偽装が明らかになるのだった。

三菱も、スズキも 日本メーカーにも偽装の疑いが

 しかし、日野自動車の偽装発覚の前に、すでに日本メーカーにも欧州販売のディーゼル車に捜査の手が伸びていた。三菱自動車にドイツ検察当局から排ガス偽装の疑いがかけられた。意図的な偽装ではないということで、監督不十分ということになり33億円近い罰金を払ったのだが、ほぼ時期を同じくしてオランダ当局からも立ち入り調査を受けていた。

 三菱だけではなく、スズキにも当局から排ガス規制違反の捜査の手が伸びていた。スズキのビターラ(日本名エスクード)等のディーゼルエンジンがやり玉に挙げられたのだ。しかし、それらはFCA(フィアット・クライスラー、現ステランティス)から供給を受けたものだった。スズキは排ガス浄化の修正ソフトを開発したのだが、オランダ当局からは修正が十分ではないと、さらなる改善を求められた。欧州の排ガス偽装は、日本のメーカーを巻き込んで広がっていった。

VWの罰金は3兆円

 米国におけるVWの排ガス偽装問題で、米国当局とVWは自動車メーカーとしては過去最高額の1.5兆円の訴訟和解金を支払うことで和解した。しかし、罰金はこれにとどまらなかった。さらにVWはドイツ検察当局に1300億円の罰金を支払い、重ねてオーストラリアでは9510万ドルの罰金が科せられ、上訴したが棄却されている。VWの罰金は総額3兆円に及ぶといわれる。

 また、VWグループのアウディはドイツ、ミュンヘンの検察から8億ユーロの罰金を命じられ、これを受け入れている。ディーゼル車の延命工作はVWに限らず、アウディも、BMWも、ダイムラー・ベンツも、高い買い物についたわけだった。

日本の部品メーカーにも捜査の手が

 ちなみに当局はFCAにリコールを通じて欧州の全車両の回収を命じ、しかもリコールが徹底しない場合には型式認定も取り消すという強い要請を行った。今回の日野自動車の不正に対する日本当局の型式認定の取り消しという罰則を先取りするものであった。

 そして22年4月。再びスズキのドイツ現地法人にドイツ・フランクフルト地方検察による家宅捜索が行われた。スズキとエンジン供給メーカーのステランティス、そして不正ソフトを提供した疑いで大手部品メーカーのマレリ(旧カルソニックカンセイ)にも、捜査の手が伸びたのである。

 VWのディーゼルエンジンの排ガス偽装が明らかになったのは15年であった。日野自動車の排ガスに関する不正は遅くとも16年から実施されていた。日野自動車は、欧州で排ガス偽装の嵐が吹き荒れても偽装をやめようとしなかったことになる。

 なぜ偽装をやめなかったのか。あるいはやめられなかったとすれば、その理由は何だったのだろうか。深い闇に閉ざされたディーゼル偽装の深層に迫ってみたい。

(文=舘内端/自動車評論家)

舘内端/自動車評論家

舘内端/自動車評論家

1947年、群馬県に生まれ、日本大学理工学部卒業。東大宇宙航空研究所勤務の後、レーシングカーの設計に携わる。
現在は、テクノロジーと文化の両面から車を論じることができる自動車評論家として活躍。「ビジネスジャーナル(web)」等、連載多数。
94年に市民団体の日本EVクラブを設立。エコカーの普及を図る。その活動に対して、98年に環境大臣から表彰を受ける。
2009年にミラEV(日本EVクラブ製作)で東京〜大阪555.6kmを途中無充電で走行。電気自動車1充電航続距離世界最長記録を達成した(ギネス世界記録認定)。
10年5月、ミラEVにて1充電航続距離1003.184kmを走行(テストコース)、世界記録を更新した(ギネス世界記録認定)。
EVに25年関わった経験を持つ唯一人の自動車評論家。著書は、「トヨタの危機」宝島社、「すべての自動車人へ」双葉社、「800馬力のエコロジー」ソニー・マガジンズ など。
23年度から山形の「電動モビリティシステム専門職大学」(新設予定)の准教授として就任予定。
日本EVクラブ

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