OPECとロシアなどの大産油国からなるOPECプラスは6月2日の閣僚級会合で増産のペースを加速することで合意した。6月までの増産幅(日量43万2000バレル)から7月は日量64万8000バレルに引き上げ、8月も7月と同水準の増産ペースを維持する計画だ。9月までの3カ月分の増産を2カ月に短縮する形だ。
OPECプラスが増産ペースを速めた背景には欧州連合(EU)のロシア産原油の禁輸決定がある。EUは輸入の3分の2を占める海上輸送分は6カ月以内に禁止し、今年末までにロシアからの原油輸入量を9割削減する計画を発表した。EUの禁輸によるロシアの原油生産量の落ち込みをサウジアラビアなど他の産油国が補填することになるが、「今回の決定ではロシアの減産分を補えることはできず、市場の不足はほとんど改善されない」との見方が多い。
OPECプラスは2020年4月に合意した協調減産の幅を昨年7月から毎月、日量約40万バレルのペースで縮小してきたが、ほとんどの産油国の生産能力が限界に達していることから、目標に届かない状況が常態化している。OPECプラスの増産余力があるのはサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)だけだ(両国合わせて日量200万バレル程度)。OPECプラスは「7月から2カ月間で日量約130万バレル増産する」としているが、実質的な増産はその半分以下にとどまる可能性が高いといわざるを得ない。
「逼迫する市場にとっては十分な量ではない」との判断から、3日の米WTI原油先物価格は1バレル=120ドルを超え、3月上旬以来の高値を付けた。OPECプラスは「世界の原油市場のバランスは取れており、最近の価格上昇はファンダメンタルズと関係がない」とのスタンスを長らく変えてこなかった。だが、このタイミングでの方針変更にバイデン米大統領が今年夏にサウジアラビアを訪問する計画が浮上していることが関係していることは間違いないだろう。
OPECの雄であるサウジアラビアは、国内のガソリン価格に頭を悩ますバイデン大統領に「増産加速」というメッセージを送ることで、人権問題やイエメン内戦などをめぐって冷え込んでいる両国関係を改善したい意向があるとされている。サウジアラビアは米国とともにロシアとの良好な関係も重視している。ウクライナ危機が原油価格の高騰を招いたが、主要メンバーであるロシアに配慮してOPECプラスはこれまで増産のペースを変えることはなかった。
西側諸国の制裁の影響でロシアの4月の原油生産量は前月に比べて9%減少した(日量916万バレル)。OPECプラスの目標よりも日量128万バレル下回り、OPECプラス全体の未達分(日量260万バレル)の半分を占める規模だった。今回のOPECプラス会合の直前に「ロシアを石油生産協定から一時除外する」との噂が流れたが、実際の会議でこの案が議論されることはなかったという。
ロシアは意外にも今回の引き上げ案を「季節要因による需要の高まりに対応する上で一助となる」として全面的に支持した。ロシアの原油生産は3月、4月に減少したが、5月から回復に向かい、6月はさらに改善する見込みとなっている(ノバク露副首相)ことが影響していると筆者は考えている。
アジア、ロシア産原油の最大の買い手に
ロシアの原油生産が回復の兆しを見せているのは、欧州に代わる新たな買い手が見つかりつつあるからだ。ロシア産原油のこれまでの買い手だった欧州がウクライナ侵攻を理由に購入を手控える一方、安価となったロシア産原油をアジアが大量購入している。4月にアジアが欧州を抜いて初めてロシア産原油の最大の買い手に浮上したが、5月はアジアのリードがさらに広がった可能性が高いといわれている。
なかでもインドの「爆買い」ぶりはすごい。5月のロシア産原油の輸入量は日量80万バレルを超え、前年の約10倍に急拡大している。西側諸国は制裁でロシア産原油の輸出を阻もうとしているが、ロシア側はいわゆる「産地ロンダリング」で対抗しており、このような取引にインド企業が主要な役割を果たしていることがわかってきている(6月1日付ウォールストリート・ジャーナル)。OPECプラスはロシアに気兼ねをする必要がなくなり、ようやく増産ペースの加速をアピールすることができたというわけだ。
「石油製品不足」
「空手形」に終わる可能性が高い今回のOPECプラスの決定だが、原油高を招いている要因が西側諸国にも存在する点も見逃せない。最近の原油高を牽引しているのは「原油不足」ではなく「石油製品不足」だからだ。ガソリン在庫の水準が過去5年のレンジの下限よりも低くなっていることが災いして、米国のガソリン価格はドライブシーズン前から高騰している。米国の製油所はドライブシーズンを控えたこの時期、ガソリン生産を増やすのが常だが、世界的な品不足で記録的な高値となっているディーゼルの増産に追われ、ガソリンにまで手が回らない状態なのだ。
米国の精製能力はコロナ禍の影響で日量約100万バレル減少し、足元の水準は約1800万バレルと2015年以降で最低だ。来年までに日量35万バレル分の能力を増強する計画があるが、供給不足の状況に変わりはない。
「脱炭素」の動きが加速するなか、油田開発などの上流部門の投資不足は認識されるようになってきたが、石油製品を生産する下流部門でも投資不足による悪影響が及んでいる。今年の夏は記録的な原油高になってしまうのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)