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鈴木貴博「経済を読む“目玉”」

急激な物価上昇が「家計が厳しい」レベルでは済まなくなる不気味な話

文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役
急激な物価上昇が「家計が厳しい」レベルでは済まなくなる不気味な話の画像1
「gettyimages」より

 6月からの食品の一斉値上げのニュースが話題になっています。6~7月に値上げされるのは約3000品目。メーカーによれば今年中に値上げを予定している食品は、今の段階でも8000品目を超えるといいます。

 主だった商品を挙げると日清食品の「カップヌードル」が約11%値上げで214円(税抜き)に。カルビーの「かっぱえびせん」は約10%、冷凍食品やアイスクリームは5~9%というかたちです。今回は4月に小麦の政府売り渡し価格が17.3%上昇したことと、ロシアのウクライナ侵攻後の原油価格の高騰による、配送費やパッケージに使われるプラスチックの価格、工場の光熱費の上昇が大きく影響しています。

 昨年後半から今年前半にかけては食用油も何度も値上げされていますし、飼料となる穀物の国際価格が上昇したことで肉の価格上昇も家計を圧迫しています。輸入に頼る日本では足元の円安も大きな値上げ要因のひとつ。ありとあらゆる食品分野で値上げが続いている状況です。

 実は日本の場合、菅政権が手掛けた携帯料金値下げの影響で3月までは消費者物価指数はほとんど上がっていなかったのですが、その効果がなくなった4月の消費者物価指数は2.1%のインフレを示しています。そして、この傾向は残念ながらこれから先も長く続きそうです。

「家計にとって厳しい時代がやってきた」という声が多いですが、実はそれで済むかどうか、世界経済は今、もっと微妙なところに来ているのです。これから先の未来予測に関係してくる2つの不気味な話を紹介したうえで、日本経済の最悪のシナリオについて考えてみたいと思います。

海外のインフレ率

 1つめの不気味な話は、海外のインフレ率の話です。アメリカの4月のインフレ率は前年比で8.3%と、消費者物価がめちゃくちゃ上がっているのです。このままではバイデン大統領は中間選挙に勝てないのではないかといわれています。

 このアメリカのインフレはコロナ禍でのゼロ金利政策の失敗ではないかとされていて、今、アメリカの中央銀行であるFRBは利上げを始めているのですが、不気味なことは、これがアメリカだけの話ではないということです。実際、イギリスのインフレ率は9%で、ボリス・ジョンソン首相もコロナ禍でのパーティ疑惑とのダブルパンチで「そろそろ終わりか?」と新聞に書かれる始末。「アメリカのインフレが異常値ではない」というのが気にすべき点です。

 振り返って我が国の状況ですが、実は同じ4月の企業物価指数は前年比で10.0%のインフレになっています。つまり企業の仕入れ価格はアメリカやイギリスの物価と同じくらい値上がりしている。しかし、それを価格転嫁できないものだから最終的な小売価格は2.1%しか値上がりしていない。これが本当のメカニズムです。

「いや、それは企業努力で吸収しているのだからいいじゃないのか?」と思うかもしれませんが、問題はその企業努力の中身です。すぐに想像できることの1つは、仕入れコストの上昇をほかのコストカットで吸収すること。言い換えれば賃金を上げない企業が日本中にものすごくたくさんあるという話です。

 アメリカのインフレでは賃金も5%上がっているのですが、そうやって長年賃金が上がってきた結果、今では平均時給が38ドル85セント(日本円で約4140円)まで上がっています。これは日本の最低賃金の4倍以上です。それが世界の当たり前なのにもかかわらず、日本がそうはなっていないという点が1つめの不気味な点なのです。

食糧危機

 そしてもう1つ不気味な話を挙げると、世界のなかには値上げラッシュどころか食糧危機で暴動が起きている国が出始めています。最近ではスリランカで小麦が手に入らないということで暴動が起きて、治安部隊による鎮圧映像が日本のニュースでも流されています。

 先進国は小麦が不足すると高い値段で購入するのですが、途上国となるとそれが難しい。ですから日本の値上げに相当する事態が、国によっては生死にかかわる社会問題となるわけです。特に今回の小麦価格の高騰は、引き金になったのがロシアのウクライナ侵攻にある点が大きな問題点です。ロシアとウクライナはどちらも世界の穀倉地帯で小麦の一大生産国です。直接この2つの国から小麦を輸入してきたのがエジプト、パキスタン、バングラデシュ、トルコといった国々で、今回の戦争でそれまでのサプライチェーンが断ち切られる形になるため、これらの国でも食糧危機が近い将来大きな問題になる可能性があります。

 それが日本にどう影響するかというと、価格上昇だけで済めばいいのですが、この先、食糧安保の問題に飛び火する可能性がある。ここが大問題です。コロナ禍でも問題になった国際的なサプライチェーンの混乱も想定して、今、世界の輸出国が食糧安保、エネルギー安保の動きを強めはじめています。

 それに対して日本は実質的には自由貿易に頼る非農業国、非資源国です。食料自給率は28%、エネルギー自給率は18%とどちらの数字を見ても先進国のなかで際立って低い自給率で、自由貿易の恩恵でなんとか先進国としての生活水準を保っています。

 もしこの先、食糧が希少資源だということになり、生産各国がその輸出に制限をかけるような事態が起きれば、日本の食卓は急激に危機に瀕します。日本も米だけは自給できるという話はありますが、実際のシミュレーションを見ると、もしそうなった時の日本人の食卓は、ご飯と芋が主食になって、それに漬物がつくというのがほぼほぼ基本の食事になってしまいます。言い換えれば、江戸時代の食事に逆戻りしてしまうことがわかっています。                          

 以上挙げた不気味な話、つまり現在のインフレは世界で起きていることであること、そのなかで日本だけがまだ賃金が上がらないインフレになっていること、そして今後、食糧危機の問題が起きてくれば世界各国の食糧安保の動きは日本にとって深刻な問題になるという問題。どの問題をとっても、実は値上げラッシュは「生活が厳しいな」という感想レベルでは語れない、怖い話だということが、おわかりいただけるのではないかと思います。怖い怖い。

(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『日本経済復活の書』『日本経済予言の書』(PHP研究所)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。
百年コンサルティング 代表 鈴木貴博公式ページ

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