ロシアがウクライナへ軍事侵攻を開始してから半年が経過した。多数の兵員と兵器を投入した両国の間の戦いは膠着状態になりつつあり、長期化する懸念が強まっている。ウクライナのゼレンスキー大統領は8月下旬、「ロシアの侵略との戦いに勝利し、クリミアを占領から解放することが必要だ」と表明するなど徹底抗戦の姿勢を崩していない。
ロシアも長期戦を辞さない構えを見せている。当初、短期での決着を目指していたロシアだが、侵攻の長期化した今、2014年から紛争が続いた東部ドンバス地方と同様、戦闘を続けることでウクライナを曖昧な立場にとどめておくことができるというメリットを見いだしているとの指摘がある。
ロシアが長期戦に移行できた背景には、西側諸国が科した厳しい制裁にもかかわらず、ロシア経済のダメージが小幅だったことがある。ロシアの今年第2四半期のGDPは前年比4%減となり、5期ぶりのマイナス成長となったが、落ち込み幅は予想されたほど大きくなかった。ロシア経済省は「今年のGDPは4.2%減にとどまり、当初想定したほど落ち込まない」との見通しを示している。堅調な資源輸出がロシア経済への制裁の影響を和らげていることに加え、ロシアからの外国企業の撤退も下火となり、輸入されなくなった消費財などの国内代替が進んでいることが功を奏した形だ。楽観できる状況ではないものの、プーチン大統領は「ロシアは長期戦に耐えられる」との自信を深めていることだろう。
ロシアには長期戦を志向する別の理由があるのかもしれない。プーチン大統領は「米国主導の世界秩序は終わった」とかねてから主張してきたが、ウクライナでの紛争状態が長引けば長引くほど、米国一極集中時代の終焉の可能性が高まっているからだ。
ウクライナ危機はこれまで「自由や民主主義を守る戦い」と称されてきたが、紛争が長期化するにつれて、「国際秩序に変革が起きる」との認識が広まりつつある。米ニューヨーク・タイムズは8月下旬、「西側諸国の関心がウクライナに集中しているため、国連の人道支援機関は記録的な資金不足に直面している」と報じた。米国が主導する制裁のせいで深刻な打撃を受けている発展途上国の反発は高まるばかりだ。ウクライナ侵攻に中立を保つ国々の人口は世界の3分の2を占めるが、これらの国々の行動基準は民主主義の価値よりも自国にとって損か得かだ。
米誌ナショナル・インタレストのコラムニストも8月下旬、「ロシアとウクライナのどちらが勝ったとしても、戦略的敗北を喫するのは米国だ」との分析を示した。「ロシアは中国やインド、ペルシャ湾岸諸国とより緊密な関係を築き、西側諸国と永遠に関係を断つだろう」とした上で「米国は多極化が進む世界の現実に向き合わざるを得なくなるだろう」と悲観的な未来を予測している。
経済的な利益を拡大させるトルコ
米国の影響力低下を尻目に国際社会で存在感を高めているのは、黒海の対岸に位置するトルコだ。黒海を挟んで隣接するロシアとウクライナとの関係の深さを生かして、激しく対立する両国の間を取り持つ役割を演じている。3月に両国の外相会談を実現させたトルコは、8月の穀物輸出に関するロシアとウクライナ間の合意を国連とともに実現させている。これに自信をつけたからだろうか、トルコのエルドアン大統領は9月3日、ロシア軍が占拠を続けるウクライナ南東部ザポリージャ原子力発電所をめぐって核災害の懸念が高まるなか、調停役に名乗りを上げた。穀物輸出の際に培った経験が生かせるというのはその理由だ。
ウクライナ危機の深刻化を回避することに貢献しているトルコは、ロシアや欧州との関係を強化し、実利を得ている。トルコは欧米の制裁で割安となったロシア産原油の輸入を増加させている。今年第2四半期は前年同期に比べ3倍になった。7月の首脳会談ではエネルギー貿易の決済通貨にトルコリラを活用する案も議論されている。
西側諸国の制裁下にあるロシアの企業はトルコを拠点化する動きを強めている。トルコは西側諸国の制裁に参加していないことから、トルコを拠点に国際的な調達や販売を続けようとするロシア企業が増加している。トルコ商工会議所連合によれば、ロシア企業のトルコ国内の設立数は今年1~7月に600社を超え、昨年通年の177社を大きく上回る。
トルコの製造業は欧州向け輸出も増加させている。世界的なサプライチェーン(供給網)混乱のせいで調達先の近場シフトが進み、これまでアジアから供給されていた衣料品や家具などを代替生産することで輸出額を71億ドル増加させたといわれている(9月4日付日本経済新聞)。厳しいインフレに悩まされるトルコだが、国際社会における存在感の高まりをテコに経済的な利益を拡大させるというしたたかさを発揮しているのだ。
現在ロシアが占拠しているウクライナ南東部は、もともとオスマン・トルコが約600年にわたり支配していた地域だ。西側諸国が主導する国連が機能不全となり、世界が再び群雄割拠の時代に逆戻りすることになりつつある状況下で、地の利をいかしてトルコのような地域大国が影響力を持つようになっている。
ウクライナ危機の長期化により、米国一極時代の終焉が現実味を帯びてきている。日本もこうした国際政治の現実を直視しなければならないのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)