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深刻な薬不足を招いた小林化工と日医工への業務停止命令…目詰まり起こす薬市場

文=松崎隆司/経済ジャーナリスト
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小林化工のHPより

 真夏の炎天下の暴飲暴食がたたって胃腸炎を起こし、医者の処方箋を抱え調剤薬局に行ったときのことだった。処方箋を提出すると、しばらくして薬剤師が駆けつけてきた。

「すみません。ブスコパン(一般名:ブチルスコポラミン臭化物錠)」が不足しています。処方の量を減らしていただけないでしょうか」
「え、減らすの?」<

 ブスコパンとは胃腸の過度な緊張や収縮を抑え、痛みを緩和する薬だ。在庫がほとんど底をついているというのである。結局、処方箋どおり処方してもらったものの「薬がしばらく入荷してこないんです。次は処方できないと思いますから覚えておいてくださいね」と釘を刺された。おちおちお腹も壊していられない。

 実はこのとき、さらに重要な話を聞いた。

「ブスコパンだけではないのです。高血圧や心臓病の薬など多くの薬が入手できない状況になっているのです」

 慢性病の患者が日ごろ飲み続けている薬が手に入らないと、命の危機に直面する恐れがある。仮に代替薬があったとしても必ずしも体に合うとは限らず、副作用を発症してしまうおそれもある。

 日本製薬団体連合会(日薬連)が12月5日に発表した8月末時点のメーカー223社の供給状況によると、4000品目以上が「出荷停止」やすべての受注に対応できない「限定出荷」で欠品状態になっているという。全医薬品約1万9000品目のうち調査対象となったのは1万5036品目。このうち出荷停止は1099品目(7%)、限定出荷は3135品目(21%)と、計4234品目で出荷制限の状態になっている。そのうち、ジェネリック(後発薬)は3143品目と9割を占め、後発薬全体では約4割の品目が出荷制限の状態にあるという。

小林化工の不祥事

 では、なぜこのような事態になってしまったのか。

「厚生労働省の業務停止命令が大きなきっかけになったのではないでしょうか」(製薬業界関係者)

 事の発端は2020年12月に発覚した地方の製薬会社の不祥事だった。福井県のジェネリック医薬品会社「小林化工」の水虫などの真菌症の治療薬に睡眠導入剤の成分が混入して重篤な副作用が発生していたことが発覚、大きな社会問題となった。その後も新たに16品目で自主回収を発表した。被害者は全国各地に245人に上った。小林化工は真菌症の治療薬の生産ラインを本来は2人で相互チェックしながら行うところを一人で行っていたほか、他の薬の生産ラインでも国が承認しない工程で製造していた。さらにそうした事実が発覚しないよう「二重帳簿」を作成して組織的隠ぺい工作を長い間続けていたというから、かなり悪質だ。

 そのため2021年2月9日には製薬会社への業務停止命令としては過去最長となる116日間(2月10日から6月5日まで)の同命令を受け、全289品目の製造・出荷が停止された。2月22日に福井県は、医療上の必要性が高く安定供給に支障をきたすような一部の薬に限って業務停止命令の対象製品から除外することを明らかにした。

 21年6月7日に小林化工は業務停止の期間を満了したことを発表したが、命令が解除されてもすぐに以前のように医薬品の製造販売ができるわけではない。

「業務停止命令とともに業務改善命令を出しています。業務改善命令は期限を設けていませんが、生産体制の見直しなど、業務が改善され法的に問題がないことがわかれば製造販売を再開することができます」(福井県庁関係者)

 小林化工は製造を再開することなく、ジェネリックの生産設備は大手ジェネリックメーカーのサワイグループに売却。小林化工は被害者への補償を継続しつつ、医療上不可欠な医薬品については他社への承継を進め、それ以外は自主回収・承認整理を行うことに専念している。

日医工

 さらに小林化工の事件が発覚した1カ月後には、沢井製薬に次ぐジェネリック業界2位の日医工に対し富山県が、21年3月5日から主力の富山第一工場(富山県滑川市)での32日間の医薬品製造の停止と、24日間の医薬品製造販売業としての業務停止を命じた。日医工は1500品目近い薬を製造販売していたが、そのうちの422品目を富山第一工場で製造していた。同社の広報は現状について次のように説明している。

「業務停止命令については、自主回収した医薬品以外のものは医薬品卸の在庫として1カ月間程度ありましたから、市場に大きな影響を与えてはいないと思います。ただ業務停止命令が終了しても独立行政法人の医薬品医療機器総合機構(PMDA)と富山県の協力のもとに自主点検を行っています。出荷前に自主点検で品質の改良などをするのに時間がかかっています。製法一つとっても、変更するには品目ごとにきちんと試験をして関係各所にその効果を証明しなければならないからです。1年以上かかることもあります」

 直近の供給状況(2022年12月21日)によると、現在生産販売している1472品目のうち出荷停止は177品目、限定出荷は345品目、合計522品目に影響が及んでいるという。

急速な需要の拡大も

 小林化工や日医工の事態を受けて厚生労働省の医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課は21年6月25日、医薬品製造販売業者等の法令順守体制を強化し再発防止を図るために、業務停止命令や行政処分を行う際に用いていた処分基準を見直し、8月1日に施行した。さらに都道府県による査察が強化され、業界団体の呼びかけで自主点検も行われた。その結果北日本製薬、徳島の長生堂製薬、愛媛の松田薬品工業など全国で11の企業が業務停止命令や業務改善命令を受けた。 

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 厚労省医政局医薬産業新興・医療情報企画課の担当者は「生産できなくなっている薬については、それを代替生産してくれるところなどを探している」と語っているが、それだけでは問題は解決しない。医薬品業界関係者が語る。

「業務停止命令が終了しても業務改善命令をクリアしなければ出荷できない。結局、つくれなくなった薬は別の製薬会社が代替してつくるわけですが、当然キャパには限界があるわけです。限界を超える量を製造しなければならなくなれば、出荷制限をかけなければならない。一方で代替する製薬会社がなければ製造がストップしてしまうわけです。もちろん業務停止命令だけが原因ではありません。新型コロナが蔓延するなかでコロナ感染者やワクチン接種者が熱を出した時に処方される解熱剤や鎮痛剤も、急速な需要の拡大で不足しましたし、人手不足や工場労働者のコロナ感染で製造できなくなったところなどもありました」(製薬業界関係者)

「実は薬が不足しているわけではない。必要なところに必要なだけの薬が行き渡っていないだけだ。過剰に薬をもっているところから不足しているところに薬を行き渡らせることができれば、この問題は解消するのではないか」と語る業界関係者もいた。ただ薬の市場は複雑で、簡単に供給調整することはできないという。

 生産体制を強化するために工場を新設して増産するという動きもあるが、すぐに生産できるわけでない。

「少なくとも工場をつくるのに1、2年、品質検査などに3、4年、さらに従業員のトレーニングなどにも時間がかかる。すぐにできるわけではない」(製薬業界関係者)

 専門家のなかからは「数年はこの問題が続くのではないか」といった声も出てきている。厚労省は「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」を立ち上げ、来年4月ごろには今後の方針などについて発表をするという。その成り行きに注目したい。

(文=松崎隆司/経済ジャーナリスト)

松崎隆司/経済ジャーナリスト

松崎隆司/経済ジャーナリスト

1962年生まれ。中央大学法学部を卒業。経済出版社を退社後、パブリックリレーションのコンサルティング会社を経て、2000年1月、経済ジャーナリストとして独立。企業経営やM&A、雇用問題、事業継承、ビジネスモデルの研究、経済事件などを取材。エコノミスト、プレジデントなどの経済誌や総合雑誌、サンケイビジネスアイ、日刊ゲンダイなどで執筆している。主な著書には「ロッテを創った男 重光武雄論」(ダイヤモンド社)、「堤清二と昭和の大物」(光文社)、「東芝崩壊19万人の巨艦企業を沈めた真犯人」(宝島社)など多数。日本ペンクラブ会員。

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