2月、人材サービス大手のパソナグループ(パソナG)が、兵庫県と大阪府の3つの市から委託を受けた新型コロナウイルスのワクチン接種のコールセンター業務について計11億円を過大に請求していたことが発覚。同社といえば、東京五輪のスタッフ派遣事業や新型コロナ関連の持続化給付金事業でも多額の「中抜き」が問題になっていた。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会と「人材サービス」カテゴリーで「東京2020オフィシャルサポーター」として契約していたパソナGは、競技会場の人材派遣サービスを独占。組織委の内部資料では会場の現地スタッフの人件費として1日当たり20~35万円と記載されている一方、パソナGのHPに掲載されていたスタッフ募集では時給1650円(マネージャー)ほどであり、パソナGの中抜き率が9割におよぶと国会でも指摘されていた。
新型コロナに伴い経済的な損害を受けた中小企業やフリーランスに最大200万円を支給する持続化給付金事業では、電通、パソナG、トランスコスモスの3社が設立に関与した一般社団法人サービスデザイン推進協議会が電通に事業の約95%を再委託し、電通の子会社に外注され、さらにそこからパソナGやトランスコスモスなどの身内企業に外注されていたことが発覚。下請けは最大9次までおよび、身内企業同士で再委託を重ねることで利益を「中抜き」していると批判された。
そんなパソナGの実態、そして同社が批判を受ける理由についてフリーライターの寺尾淳氏に聞いた。
「人材派遣業」で70年代から躍進を遂げたパソナG
「パソナGは1976年に大阪で創業した株式会社テンポラリーセンターという会社が始まり。現在71歳の南部靖之氏が関西大学の卒業直前に起業した、当時では珍しいベンチャー企業で、93年に社名を株式会社パソナに、2007年に株式会社パソナグループに変更しています」(寺尾氏)
パソナGはなぜ業界でも有数の大企業に成長したのだろうか。
「当時、メイン事業である人材派遣業が時代を捉えたものだったからでしょう。同社が創業した70年代は男女雇用機会均等法改正直後の時代で、女性の社会進出や労働条件にかなり差がありました。そのため定年まで勤める女性というのはあまりおらず、20代、30代で寿退社して家庭に入るケースが非常に多かったのです。こうした労働力を人材派遣で活用することをパソナGは思いつき、一気に成長していきました」(同)
しかし、当時のパソナの前身には法律の壁があったという。
「人材派遣業は昔からありましたが、強制労働や苛烈な賃金搾取などが横行したため、戦後の1947年に公布された職業安定法第44条によって原則禁止にされていました。そんな派遣業ですが、86年に労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律、通称、労働者派遣法が施行されたことで解禁になったのです。
パソナGは労働者派遣法施行前から、所属する社員を業務請負という名目で実質的に派遣しており、右肩上がりに業績を上げていたのですが、この解禁後はよりいっそう、圧倒的な知名度とシェアを獲得していくようになりました」(同)
政界と深いつながりを持つようになっていった
そんなパソナG、政界との深いつながりが指摘されることも多い。こうした関係はどのようにして築かれたのか。
「高まる労働者需要に応えるかたちで成長していたパソナは、国と仕事をすることも多く、当時の中曽根内閣、とりわけ現在の厚生労働省と強いコネクションがあったといわれています。一説によれば86年に労働者派遣法が施行されたのも、パソナの働きかけがあったからといわれていますね。
そのほかにも理由は考えられます。86年以降はパソナ以外にも数多くの人材派遣会社が生まれました。特に大企業が傘下の子会社で人材派遣業を始めるケースが多かったのですが、そこでパソナは新興の人材派遣会社を手助けするかたちで提携し、さらに勢力を広げていったのです。このようにさまざまな出自を持つ企業とつながることで蓄積されたノウハウにより、『頼めばなんでもやってくれる存在』として政界から信頼されていったのでしょう」(同)
複数の大物政治家が同社に籍を置いているのも特徴的。とりわけ小泉内閣で経済財政政策担当大臣、郵政民営化担当大臣などを歴任していた竹中平蔵氏がかつて会長を務めていたことが有名だ。なぜ彼らのような大物はパソナGに来るのか。
「こうした大物にとっての天下り先的な存在になっているのです。パソナ側としても政界とのコネクションを強められれば、法律上で立場が有利になるシチュエーションをつくりやすいわけです。実際、労働者派遣法はこれまで何度も改正されており、そのなかには、人材派遣企業は派遣におけるマージンの内訳を公開しなさいといった趣旨の条項が盛り込まれたこともありました。
この法律によって、他社と比較してマージン率を高く設定していた企業が白日のもとに晒され、業界で淘汰されていき、マージン率を比較的良心的に設定しているパソナの需要がさらに増えたわけです」(同)
議論されるべきは中抜きではなく雇用形態
ネットなどではパソナGの中抜きが批判の的になることが多い印象だが、こうした指摘は実態に即したものなのか。
「よく『パソナは中抜きをたくさんしているから悪い』などといわれますが、そもそも中抜きは、取引の間に不必要に仲介者が入って手数料などを取ることを指します。ですが、パソナがやっているのは人材派遣業というれっきとしたビジネス。これを中抜きと断ずるのは少々乱暴に思えます。パソナに批判がよく集まるのは、パソナが東京五輪で運営スタッフを大量にあてがったように、同社がこれまで政府と連携してその勢いを拡大してきたことや、歯に衣を着せぬ物言いの竹中氏が悪目立ちしがちだからだと感じます」(同)
2月には新型コロナのワクチン接種のコールセンター業務について過大に請求していた問題が報道された。これについて寺尾氏の意見を伺った。
「2020年にコロナ禍によるワクチン接種に伴う大規模な人員需要が出た際に、パソナGが大阪府枚方市をはじめとする3市から人員確保の依頼を請け負ったことがありました。パソナGはこの依頼をエテルという会社に再委託するかたちで対応したのですが、そのエテルが動員したオペレーターの数を過剰申告していたことが発覚し、10億円以上も不正に稼いでいたと問題になったのです。
この問題でパソナGはかなりの批判を受けたわけですが、実際はパソナGもむしろ被害者側だと見ています。同社はエテル社に対してすぐに契約解消を突きつけたうえ、損害賠償請求を行っていますし、各市には過大請求になってしまった10億円を返還しています。エテルに再委託しなければ批判されることもなかったはずですが、これは推測するにコロナ禍という緊急事態でパソナ的にも手が回らなかったため、再委託せざるを得なかっただけに思えます」(同)
だが、パソナGにも批判されるべき部分はあるという。
「中抜きうんぬんよりも、パソナが主に自社と契約をしている社員に有期雇用が多いという点、そしてそうした社員を人材派遣という形態で行っていることのほうが議論の余地があるでしょう。依頼する企業としては、研修や福利厚生を提供しなければならない正社員を雇うのではなく、コストのかからない派遣社員を労働力に当てられる。このように、企業にとっては正社員を雇わなくてよいという、都合がよい仕組みばかりが社会的に浸透してしまっているという点で、パソナ批判が起きるのは納得できます」(同)
寺尾氏によると、同社は今後、年金だけでは食べていけない高齢者層を中心とした人材派遣業に力を入れていくという。同社がもたらす労働環境への影響の本質を注視していく必要があるのかもしれない。
(文=A4studio、協力=寺尾淳/フリーライター)