会社と会社の間で取り交わされる、さまざまな「契約」。しかし、両者の立場に「大企業」と「中小企業」という格差がある場合、その契約条項が不平等な内容になっていることは多い。現実的に、大企業側から自社に有利な契約を提示されても、取引をしたい中小企業からしてみれば受け入れざるを得ない。逆に、大手からすれば中小企業と仕事をするにあたって、トラブルを回避するためにも契約内容に関して慎重を期すのは当然という意見もある。本稿では、大企業と中小企業における「不平等契約」の実態について迫る。
中小企業が大手企業と取引をする際に提示される契約書には、「損害賠償請求が大手側にしか認められていない」「大手側が一方的に契約解除できる」といった、大手企業に有利な内容が盛り込まれていることが多いという。こうした現状に対し、「大企業側は不利にならないようなギリギリのところを攻めてくる」「契約書にプロが仕込んだ悪意を素人が見破るのは不可能」「契約書が出てくるだけマシ」など、さまざまな意見がSNS上ではみられる。実際に、仕事の欲しい中小企業は、どんな条項が盛り込まれていても契約を飲まざるを得ないという現実があるし、大手企業側にとってみても契約条件を有利にすることは基本的なリスクヘッジともいえる。そこで、さまざまな企業で法律顧問として携わり、実際に契約の現場に関わることも多い山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士に聞いた。
「大手企業と中小企業が取引契約を結ぶ場合、大手側に有利な条件になることは多いですが、これはさまざまな意味で当然のことなんです。まず決定的な違いは、大手企業には法務部があり契約をしっかり管理しているということですね。それに対して、中小企業はそこまでの余裕がなく、提示された契約書を精査することも難しいので、その時点で格差が出てきます。最近は、契約書を専門家が安価でレビューするというサービスも出てきていますが、さほど効果はないでしょう。お互いに契約を吟味して、異議のある部分は修正して合意に至るというのが理想的なんですが、現実的には難しいと思いますね」(山岸氏)
慎重にならざるを得ない大企業
契約書の雛形は大企業側から提示されることが大半だが、それを変更することは思った以上に大事になるという。
「大企業の法務部の論理からすると、最初に示した契約の雛形から変更を加えてしまうと、その時点で『修正した契約書』ということで新たに管理しなければならないので、それだけ手間もコストもかかってしまうんです。契約内容の是非は差し置いて、大手側が最初に提示した内容で締結できないのであればコスト的な問題で見送りになるということもあると思います」(山岸氏)
大企業にとって、実績のない中小企業と取引を開始することはリスクを負うことになるため、慎重にならざるを得ないという状況はあるようだ。
「大企業にとって、会社の名前はブランドになるわけです。逆に中小から見れば、あの会社と取引しているということが信用になる。いわば看板を預けるということになるわけですから、なにか社会的信用に関わるトラブルが起こった時に、損害の大きい大企業側に迷惑がかからないような形の契約に収めるという傾向もありますね」(山岸氏)
とはいえ、中小企業としても不平等契約に対して泣き寝入りはしたくない。そのために下請法などの取引業者を守る法律がある。
「下請法は、いわゆる請負業務という形式が用いられる業界に向けて制定されたもので、主に建設業界で用いられることが多い法律です。建設業界では、歴史的に注文主の影響力が強く、中小の請負業者を保護する目的で運用されています。その他の産業に関しても、優越的地位の乱用を防止するための独占禁止法や、企業間の取引を規制する不正競争防止法があります」(山岸氏)
はやく仕事をして結果を出したほうが得策?
大手が強いる不平等契約についての法整備は進んでおり、以前よりも問題になることが少なくなってきているという。
「例えば、IT業界の黎明期は一部の大手企業の寡占状態になっており、中小企業は不平等な契約を結ばざるを得ないということが横行していました。そこで経済産業省がシステム開発やソフトウェア開発に関する契約書の雛形を作成し、是正に努めたということがありました。同時に、IT関連の技術がコモディティ化していき、会社が増えていったことで、こうした不平等な契約は少なくなっていったという流れがあります」(山岸氏)
とはいえ、中小企業側にしてみたら法務や契約にかけるコストもなく、大手が提示した条件を飲まざるを得ないのが現実。これを防ぐためには、どのような自衛方法があるのだろうか。
「企業間の契約は最初の取引をする時に慎重になりがちです。でもそこで契約内容を詳細に見て、修正を加えることに時間をかけるよりも、はやく仕事をして結果を出したほうがいいんじゃないかと個人的には思いますね。仕事で実績を積み上げて、契約更改時に改めて条件交渉をするほうが手っ取り早いのではないでしょうか」(山岸氏)
プロスポーツ選手と同じで、まずはプレイに専念して結果を出せば、次はもっと有利な条件で契約できる、という理屈だ。
「その点も踏まえて、私が契約書をレビューするときに重点的に見るのは、その『取引期間』です。仔細な条件に加えて、どのくらいの期間で契約を結ぶのか、というのが重要になってくると思います」(山岸氏)
中小企業からしてみれば、相手は常に悪巧みをしているのではという意識を持ちがちだが、それは大企業側も同じ。その疑心暗鬼を防ぐためにも契約書がある。
「大企業に法務のプロがいるということは、そこまで違法性の高いことはやりません。不平等に思える条件でも、法に則って最低限のリスクヘッジをした結果だと思ったほうがいいですね」(山岸氏)
契約の行き違いにより、トラブルになってダメージを受けるのは大企業も中小企業も同じ。一見して「不平等」に思われる契約も、お互いに円滑に仕事を行っていくための最初の妥協点であることが多いようだ。