先日、米国環境保護庁(EPA)が「フォルクスワーゲン(VW)と、同グループのアウディの一部のディーゼル車が、排ガス規制に関するテストをクリアするために、違法なソフトウエアを組み込んでいた」と発表した。
このソフトを使うと、排ガスのテスト時には浄化システムが作動して基準を満たすが、実走行時には浄化システムの機能が低下して窒素酸化物(NOx)が基準値の40倍になるという。ちなみに、NOxは光化学スモッグの原因物質であり、微小粒子状物質(PM2.5)も生成される。
今回、対象となったのはVWの「ゴルフ」「ジェッタ」やアウディの「A3」で、計48万2000台のディーゼル車だ。すべてに違反が見つかると、1台当たり3万7500ドルの罰金が科せられ、最大で180億ドル、日本円で約2兆1600億円という金額になる。
なぜ、VWはこんな違反を行ったのだろうか。現時点では公式発表がないのでわからないが、ディーゼル車もガソリン車も、排ガス浄化と出力、燃費には密接な関係がある。
特にディーゼル車はNOxの発生が多く、その浄化が困難だ。一方、排ガスをクリーンにすると出力が減り、燃費が悪化しがちである。VWは、そういった性質を嫌ったのだろうか。
排ガスをクリーンにするには?
ガソリンや軽油、天然ガスをエンジンで燃やすと、健康に有害な炭化水素(HC)、一酸化炭素(CO)、NOxがエンジンから排出されるため、排出量が規制されている。かつてはガソリン車よりディーゼル車のほうが規制値が低かったが、現在は同じになっている。
ディーゼル車の排ガスは黒煙が多く、その元である粒子状物質(PM)も排出量が規制されてきた。浄化のために、巨大な円筒のディーゼル・パティキュレート・フィルター(DPF)が装着されている。
しかし最近、ほとんどのガソリン車で採用されている直噴式のエンジンから、大量のPM2.5が排出されていることが発覚した。ヨーロッパ各国の都市や日本の自動車排出ガス測定局では、国連のPM2.5規制値がほとんどクリアされていない。場合によっては中国の北京市並みの濃度になる。
今後、ガソリン車はもう一度排ガスの浄化システムから改良しなければならない。後述する三元触媒に加えて、ガソリン車にもDPFならぬGPF(ガソリン・パティキュレート・フィルター)を取り付けなければならなくなるかもしれない。
ディーゼルエンジンは、空気を強く圧縮するので熱効率が高く、燃費に優れている。一方、軽油が高温で燃焼するため、空気中の窒素が酸化してNOxを多く排出してしまう。また、軽油と空気がよく攪拌される前に点火してしまうため、燃え残りの黒煙が多くなり、PMも多くなる。
この性質は、燃費を向上させるほど悪化する。逆に、NOxやPMを少なくしようとすると、燃費が悪くなるわけだ。ディーゼルエンジンは、燃費はいいものの、環境的には問題が多い。
そこで、触媒とフィルターで排ガスを浄化するわけだが、ガソリン車のようにHC、CO、NOxの3つを同時に浄化する三元触媒が使えない。三元触媒は、この3つの物質がある一定の割合で混じっていないと働かないが、ディーゼルエンジンの排ガスはこの割合にならないためだ。そのため、HCとCOを浄化する酸化触媒とNOx触媒、さらにDPFが必要になる。
環境基準を満たしてディーゼル車を走らせるには、実はたいへんな技術が必要であり、コストがかかるのである。しかも、排ガスをクリーンにすると出力が落ち、燃費が悪化する傾向がある。VWは、ディーゼルの排ガス規制が世界一厳しいアメリカで、出力の増大と燃費の向上を狙い、不正ソフトを組み込んだのだろうか。
ヨーロッパの後塵を拝する日本
さて、プラグインハイブリッド車(PHV)の特徴のひとつは、ディーゼルPHVが皆無に等しいことである。それはなぜか。
おそらく「ディーゼルはコストがかかること」「ディーゼルでなくても、十分二酸化炭素(CO2)が削減できること」「ディーゼルでなくても、十分な低速トルクが得られること」などが要因だろう。
ディーゼルと同じようにPHVもコストがかかるため、ディーゼルPHVは高価な自動車になってしまい、価格競争力は低くなる。
PHVは独特のCO2排出量計算方法もあるが、電気自動車(EV)として長く走行すれば燃費がよく、CO2排出量も少ない。わざわざ、ディーゼルを使う必要はないのだ。
ディーゼルのよさは低速で力が強く、中速域までは軽快な加速が楽しめることだ。一方、ヨーロッパのPHVに採用されるダウンサイジング・ターボエンジンは、アクセルを踏んだ瞬間の応答が悪く、力が出るまでに時間がかかり、もたもたする。PHVはその部分をモーターの力で補うことができる。出力もトルクもディーゼルより強いので、とても軽快な発進と加速が楽しめる。
VWの「ゴルフ GTE」も、メルセデス・ベンツの「C350e」も、軽快で力強く加速し、運転していて楽しい。ただし、トヨタ自動車の「プリウスPHV」と本田技研工業の「アコード プラグイン ハイブリッド」は、まだまだである。
ヨーロッパでは、特に大型のSUV(スポーツ用多目的車)やセダンは、ディーゼルからPHVに大きく舵を切った。一方、日本はようやくディーゼル時代を迎えようとしている中で、そこにPM2.5問題が頭を持ち上げつつある。日本は1歩も2歩も後れを取ってしまったようだ。
(文=舘内端/自動車評論家、日本EVクラブ代表)