今年の東京モーターショーでも、世界初公開となる「カレラ4」を中心に、“ビッグ”マイナーチェンジした911が大きな注目を集めていた。この新型911には、新開発のターボエンジンが搭載される。
これで、自然吸気のボクサーエンジンは、「GT3」と「GTS」を除いてターボ化されることになった。排気量は3リッターになったが、ポルシェはこれを、ダウンサイジングではなく「ライトサイジング」と説明している。
さらに、シャシー性能も進化した。リアアクスルには「918」や「ターボ」で実用化した4輪アクティブステア(4WS)を採用、オプションでアクティブスタビライザーも選択可能となった。
最近のポルシェは、ハイテクに熱心である。昔のポルシェに愛情を感じる人にとっては受け入れがたいかもしれないが、あくまでドライバー中心のハイテクにこだわっている点が、他メーカーと大きく異なるところだ。今回は、911の歴史をひもときながら、その将来を予測してみたい。
911はポルシェを代表するモデルだけに、エピソードには事欠かない。そもそものルーツは、フォルクスワーゲンの「ビートル」だ。ビートルを設計したフェルディナント・ポルシェの息子であるフェルディナント・アントン・エルンスト・ポルシェ(フェリー・ポルシェ)は戦後、911の先祖である「356」というスポーツカーを開発する。
911はリアエンジン・リアドライブ(RR)という独特なレイアウトを持つが、リアに搭載するには、全高が低い水平対向エンジンは都合がいい。ポルシェは、ビートルの4気筒から6気筒にパワーアップして、RR方式のスポーツカーである911という名車を生み出した。
そのコンセプトは、大人が4人乗れて走れるスポーツカーだ。つまり、リアルスポーツカーというより、GTカー(グランドツーリングカー)のコンセプトに近かったわけだ。
ポルシェ911の都市伝説とは
比類ないスポーツカーの誕生と同時に、さまざまな都市伝説も生まれた。その最たるものは、リアエンジンゆえに安定性が悪いというものだ。
エンジン性能の進化によって、アウトバーンの高速安定性は高まったが、911の高速安定性は確かにあまりよくなく、初期モデルの「ナローポルシェ」は、フロントバンパーの中に鉛を貼ってフロントを重くしたことがある。「RRはリアヘビーだから安定性が悪い」という都市伝説は、ここから生まれたのだ。
この都市伝説は、ある意味で正しい。しかし、厳密には静的な重量配分ではなく、動的な重量配分で考えるべきで、そのためにはエンジンやギアボックスの配置を考える必要がある。
重いユニットが重心点にどれだけ集まっているのかが、慣性モーメントを決定するのだ。新型911のカレラ4の重量配分は、車検証記載で前39%、後61%(重量1410キロ)と明らかなリアヘビーだが、ナローの時代よりフロントの配分が増えている。ちなみに、ミッドシップ(エンジンを車体中心付近に配置する構造)の「ケイマンS」の重量配分は、前45%、後55%(同1370キロ)である。
ここで、エンジンとドライバーの位置関係を考えてみよう。RR方式の911はドライバーの背後に後席があり、その下側にデフと変速機のポルシェ・ドッペルクップルング(PDK)が配置されている。
エンジンはさらにその後ろなので、ドライバーのお尻(いわゆる横Gを感じる部分)から車両重心点までの距離が長い。一方、ミッドシップのケイマンSはドライバーのすぐ後ろにエンジンがあり、その後端にデフとPDKが配置されるため、ドライバーのお尻から車両重心点までの距離が短くなる。
911のRR方式とケイマンSのミッドシップ方式では、エンジンの搭載位置が大きく異なっているのだ。
また、「991型カレラ」は「997型」と比べてホイールベースが100ミリ長くなったが、全長は56ミリしか長くなっていない。この数字のマジックに、新しいプラットフォームの非凡さが隠されている。
ドライバーから見ると、991型はフロントタイヤが30ミリ前方に、リアタイヤが70ミリ後ろに、それぞれ移動している。タイヤがボディの四隅に配置され、重量配分は前39%、後61%となった。前35%、後65%だった配分が、より最適化されたのだ。
リアタイヤを70ミリも後方に移動することができたのは、全長が短いPDKを開発したからだ。PDKは997型から採用されたが、車体は変更できなかったため、エンジンとPDKの間にスペーサーを挟んで搭載していた。
だから、エンジンとタイヤの距離は991型のほうが短い。そして、ドライバーとタイヤ(デフ)とエンジンの位置関係を見ると991型のほうが慣性モーメントは小さいのである。
911ほど論理的なスポーツカーはない
慣性モーメントが改善されても、911がミッドシップと比べてリアヘビーであることに変わりはない。そこで、ポルシェはさまざまな工夫を凝らして高速安定性を追求した。
アイデアのひとつが、RR方式のAWD(全輪駆動)化だ。1980年代に国際自動車連盟(FIA)のグループBで開発された「959」がカレラ4の原点で、電子制御の湿式クラッチからメカニカルセンターデフ、そしてビスカスカップリングから電子制御の電磁クラッチに、トランスファーも進化している。ポルシェはAWDで、時速300キロ領域の高速安定性と操縦性を両立させることに執念を燃やしている。
さらに、918やターボで採用されたリアステア(4WS)が、911の2016年モデルに採用される。完全なハイテク武装だが、ポルシェによれば、リアのトーコントロールは80年代に開発した「928」のリアサスペンションが出発点だ。
セミトレーリングサスペンションをパッシブかつトーインに動くようにコンプライアンスステアを与え、旋回と制動の安定性を高めている。4WDと4WSは、技術集団であるポルシェが考える究極のシャシー性能ではないだろうか。
ポルシェのブレーキの利きのよさは、宇宙一といってもいい。これは、リアヘビーゆえのメリットだろう。急制動では前輪への荷重移動が生じるので、四輪の荷重配分が50対50に近づく。BMWのような静的な50対50では、ブレーキング時にリアの荷重が不足し、その分制動力が得られにくいが、RRは違う。
さらに、大きなブレーキを持つのもポルシェの特徴だが、70年代にレースで開発したモノブロックのキャリパーを採用するために、インチアップのタイヤを開発し、大きなブレーキをホイール内に収めることに成功した。インチアップはポルシェが元祖で、その要求に応えたのが、イタリアのタイヤメーカー・ピレリだ。大きなブレーキとRR方式が、ポルシェの宇宙一のブレーキの秘密なのである。
孤高の911にまつわるエピソードは、枚挙にいとまがない。RR方式はほかに例がないため、現代の自動車理論では説明にしくいが、理屈を突き詰めると、911ほど論理的なスポーツカーはないのかもしれない。
(文=清水和夫/モータージャーナリスト)
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