日野自動車がエンジンの認証試験で不正をしていた問題で、親会社であるトヨタ自動車の責任を追及する声が広がっている。日野は8月2日、外部有識者で構成する特別調査委員会によるエンジン不正の調査結果を公表した。不正は2003年から繰り返されてきたが、その2年前にトヨタは日野を子会社化し、歴代社長を送り込み関係を強化してきたからだ。トヨタ出身の日野の小木曽聡社長は「日野は独立運営しており(不正は)日野自身の問題」とするが「品質より台数市場主義」となったのはトヨタグループのプレッシャーの影響との見方は強い。
日野は3月4日にエンジンの認証試験で不正していたことが発覚したと公表。このときは、不正は2016年以降と説明していた。実は三菱自動車工業の燃費不正が発覚したことを受けて、国土交通省が16年に自動車メーカーと輸入事業者に対して、型式指定などの試験を適正に実施しているかの確認を求めたが、日野はこのとき「適正に実施している」と回答していた。
日野は今回の不正発覚を受けて、特別調査委員会を立ち上げ、不正の詳細な内容の調査を委託した。この結果、不正の規模も時期も当初の想定を大幅に上回ることが明らかになった。それによると、不正は排出ガスと燃費の認証試験。トラックやバスに搭載するエンジンが経年劣化で排出ガスが規制値を超過する可能性があるほか、実際の燃費性能がカタログ燃費より悪く、産業用ディーゼルエンジンの排ガス試験でも不正していたことが判明している。
また、不正に手を染めたのは03年からで、約20年にわたってパワートレーン実験部が不正な試験を繰り返していた。16年の国土交通省の認証取得時の不適切事案の確認については、報告の根拠となるデータの捏造や数値の改ざんなど、報告が「虚偽」だったことが明らかになった。
不正に走ったのは、税制優遇を獲得するため燃費基準達成を目指したものの、これに失敗したからだ。燃料を測定する機器を調整するなどして数値を意図的に改ざんした。また、排出ガス規制を達成するため、都合の良い燃費データを意図的に選んだ。産業用エンジンでは、規制値に適合しない可能性を把握した上で意図的に性能を偽ったとしている。
歪んだ「上意下達」
これら不正に手を染めた背景として特別調査委員会が指摘しているのが「上意下達」の社風だ。例えば一部の役員がエンジン開発の土壇場になって燃費改善を指示し、エンジン設計部の管理職が開発スケジュールや技術的な裏付けを無視してこれを安請け合いし、パワートレーン実験部の担当者に丸投げしていた。特別調査委員会の榊原一夫委員長は「パワーハラスメントがある程度あった」と認めている。
日野自動車のあるOBによると、こうした「下の者からモノが言えない」「できないことをできないと言えない」という社風になったのは「トヨタが親会社となって、日野の社長にトヨタ出身者を派遣してからだ」と指摘する。トヨタは01年に日野の株式を追加取得して出資比率を50.1%とし子会社化するとともに、トヨタで副社長を務めた人材を日野のトップに据えた。小木曽社長の前任で17年から4年間、日野の社長を務めた生え抜きの下義生氏を除いて子会社化後は全員がトヨタ出身者だ。
トヨタ出身の日野の社長は、日野の幹部や社員を「見下した態度」をとることが少なくなく、社内では上に逆らうことは許されない雰囲気になっていったという。そもそも日野に送り込まれた社長らは、販売台数や業績で実績を上げてトヨタにその力を示さなければならないというプレッシャーを受けており、上意下達の社風にしていったのは容易に想像できる。
日野の75周年記念誌には約20年前にトヨタから派遣された社長が「(日野が)世界に立ち向かうには、事なかれ主義的とでもいえる現状を打破し、社員一人ひとりを覚醒することが欠かせないとして社員の意識改革に取り組んだ」というくだりが掲載されている。この記念誌はもちろんトヨタ出身の社長のもとで編纂されたものだ。
日野と距離を置く姿勢
特別調査委員会では今回の不正に関して「トヨタの子会社になったことと直接、不正につながった証拠は認められなかった」(榊原委員長)としている。また、不正に関する記者会見でトヨタの関与を問われた小木曽社長は、「(不正は)日野自身の問題であると認識している」と述べた。さらに、小木曽社長はトヨタの豊田章男社長から預かったというコメントとして「日野の不正行為はお客さまをはじめ、すべてのステークホルダーを裏切るもので、大変遺憾に思う」などと読み上げ、日野と距離を置く姿勢を示した。
トヨタによる子会社化後の日野で唯一プロパー社長を務めた下氏は不正発覚当時、会長を務めていたが「任期満了」を理由に6月の定時株主総会で早々に退任した。「プロパーの下氏が『不正の真因はトヨタ支配にある』などと言い放つのを恐れたトヨタ側が早々に公の場から退場させた」と指摘する声がある。
下氏の退任について日野は「引責辞任ではない」と説明、現経営陣に不正に関する経営責任が広がるのを避けようとしている。トヨタ出身の小木曽社長は経営責任について、今回の不正の全容解明に向けた調査は終了したものの「現経営陣のかかわりを精査して厳正に対処する」と述べるにとどめており、自身の進退を明らかにしていない。
さらに日野自動車では「膿は出し切った」はずの特別調査委員会の調査後、国土交通省の立ち入り検査で小型トラックに搭載しているエンジンの認証試験でも不正な試験を行っていたことが発覚し、8月22日に小木曽社長がオンライン記者会見で謝罪した。これによって大型・中型車に加え、小型トラックも出荷停止となり、日野が国内で販売できる新車がほぼなくなった。
相次ぐ不正の発覚で同日、トヨタは「不正行為が国土交通省の立ち入り検査によって判明したことは極めて重大な事態」とするプレスリリースを発表した。このなかでトヨタの豊田社長が「長期間にわたりエンジン認証で不正を続けてきた日野は、ステークホルダーに認めてもらえるのか問われている状況にある。日野がステークホルダーの信頼に足る企業として生まれ変われるのか注視し、見守る」とコメント。日野に社長を送り込んできた責任をまったく無視し、信頼回復に協力するでもなく、日野を突き放す姿勢を鮮明にしている。
日野では特別調査委員会が提言している「目指すべきクルマづくりについて議論を尽くし、みんなでクルマをつくる」などの再発防止策を推進していく方針。しかし、トヨタ支配という抜本的な問題を解決しなければ、日野の再建はおぼつかない。
(文=桜井遼/ジャーナリスト)