マツダが歴史的ともいえる戦略を打ち出した。それは「ラージ商品群戦略」だ。SUVの品揃えで定評のあるマツダが、ミドルサイズから上級のラージ商品群を積極展開すると発表したのだ。「CX-60」を皮切りに、今後は「CX-70」「CX-80」「CX-90」へと、車名に冠された数値が示すように拡大展開していくという。
もっとも、すべての車種をグローバル展開するわけではないようだ。世界展開することは間違いなさそうだが、仕向地によって送り込むモデルは異なる。たとえば、大柄なSUVが求められる北米には「CX-90」を、国土が決して広くない日本には「CX-70」と、適材適所での展開である。
そんな世界戦略の幹になるのが、今回市場に投入された「CX-60」である。パワーユニットは2タイプ。直列4気筒2.5リッターガソリンと、直列6気筒3.3リッターディーゼルターボ。
ここで驚かされたのは、新開発のディーゼルユニットを新開発したことだ。排気量が3.3リッターへと大排気量化されたのに加え、直列6気筒レイアウトである。環境性能をお題目にダウンサイジングが進むこの折りに排気量を拡大したというのだが、その意味が気になる。
環境性能に適合したディーゼルの魅力には納得するにせよ、排気量アップは時代に反するように思える。マツダは1.8リッターと2.2リッターのディーゼルを持つ。だが、既存のユニットを流用するのではなく、大排気量化に踏み切ったことがエポックである。
さらに、衝突安全の要件を満たしやすいV型6気筒ではなく、縦に長い直列6気筒ユニットに挑戦した。さらにいうならば、パワートレーンをフロントに集中させやすいFFではなく、直列6気筒を縦積みするFRプラットフォーム。それをベースにAWD化しているのだ。
驚きはそれだけに止まらない。直列6気筒ディーゼルには、日本車では珍しい48Vマイルドハイブリッドを組み込んだ。しかも、トルクコンバーターを省略した8速ATを内製で開発してもいるのである。これほどまで革新的な技術を一度に採用したモデルがあっただろうか。そう、これこそがラージ商品群に展開するつもりの新技術に違いないのである。
ちなみに大排気量化は、たとえば北米に展開されると噂されている「CX-90」に適合させるためのハイパワー化だけが理由ではない。排気量アップなどにより燃焼効率が高まり、あるいは低回転化によって、むしろ燃費性能は高まっている。
車重が約1.7トンで2.2リッターディーゼルを搭載する「CX-5」よりも、また1.8リッターディーゼルを積む車重約1.4トンの「CX-3」よりも、車重が約1.9トンに達し、550Nmもの大トルクを発揮する「CX-60」の直列6気筒3.3リッターディーゼルのほうが燃費が良いのである。
WLTC燃料消費モードで21.0lm/lとは、もはや小排気量コンパクトハッチバック並みの数値である。これはもう驚異でしかない。ダウンサイジングの意味すら疑いたくなる。
それでいて走る喜びを求めているというから、開いた口が塞がらない。トルクコンバーターを省略したことで室内が広くなり、余裕のあるドライビングポジションが得られるようになった。エンジンサウンドは不快なものではなく、そうと知らされなければディーゼルとは思わないかもしれない。
そもそも、パワーは強烈にある。550Nものトルクに48Vモーターが加勢するのだから、加速に不満があろうはずがない。ジオメトリーの大胆な見直しによって、スムーズな走り味を求めたという。バンドリングはやや機械的だが、スタビリティは高い。
ここまで欲張りに新技術を投入できたのは、ラージ商品群への展開が可能だからなのだ。
さらに驚くべきは、最上級仕様でも約560万円と安価なことだ。ベーシック仕様は約299万円からというから、驚きを通り越してあきれるほどだ。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)