1955年に誕生して以来、トヨタ自動車「クラウン」は常に正統派高級セダンの道を歩んできた。堂々たる車格を備え、余裕のあるパワーユニットを搭載。「いつかはクラウン」の名コピーが象徴するように、日本人の憧れの存在であり続けた。
クラウンは日本マーケットだけをターゲットに開発されて高級モデルだった。日本人が日本人のために開発したドメスティックセダン、それがトヨタ・クラウンである。
ただ、最近では販売台数が下降気味になっていた。魅力的な輸入車が海を渡って運ばれてきた。ユーザーも真四角なセダンよりも、SUV(スポーツ用多目的車)やミニバンを選ぶようになっていた。いつしかクラウンは、憧れの存在ではなくなっていたのだ。
そんななか発表された新型クラウンは、人気低迷にあえぐクラウン復活の切り札であろう。
まず驚かされたのは、SUVに変身したことだ。トヨタは“クロスオーバー”と呼んでいる。セダンの風格があり、SUVの乗降性があり、クーペスタイルの躍動感を盛り込んだ。車高は前代に比較して85mmも高い。全長や全幅は、それほど変化はない。とにかく、車高の高さが印象的なのだ。
ちなみに、クラウンには4つのスタイルが用意されている。今回筆者が試乗した「クロスオーバー」を先陣として、今後「セダン」「エステート」「スポーツ」が順次登場するという。すべてSUV風のシルエットだが、そのネーミングから想像できるように、適度にキャラクターを変えて姿を現すことになる。一部の富裕層を狙ったのではなく、さまざまな趣向へ対応する。
クロスオーバーに用意されているパワーユニットは2種類。これまでの慣れ親しんだ「THS II」直列4気筒2.5リッターハイブリットにわずかに手を加えた仕様と、新開発の直列4気筒2.4リッターデュアルブーストハイブリッドの二段構えだ。デュアルブースト仕様は、相当にパワフルだと噂されている。だが、登場はしばらく後のことになる。現段階ではTHS II仕様のクロスオーバーのみだ。
特徴的なのは、そのフォルムである。伝統的に3ボックス形状の正統派セダンからの脱皮である。どちらかといえば、サイズを拡大したハリアーの高級仕様であるかのような趣だ。
ちなみに新型クラウンは、クラウン史上初めて海外に輸出されることになった。世界40カ国へのデリバリーが予定されている。いつかはクラウンを夢見て過ごしてきた日本人には奇異に映るそのフォルムも、固定観念のない海外の人々には新鮮に感じることだろう。
一方で内装は落ち着いている。トリッキーなエクステリアとは対照的に、正統派の佇まいだ。好感が持てる。
走りも正統派である。乗り降りのしやすさは、シニア層に大歓迎されるだろう。後輪操舵システムが全車標準なので、小回りが効きながら高速域での安定感が高い。重心点が高いようで、路面に吸い付くような感覚ではないが、SUVと考えれば安定性は高いと思える。
つくり込みの端々にコストを意識した痕跡がある。チープな印象がないとはいえないが、最低価格430万円台からと設定していることを思えば、目を瞑る必要があるだろう。
さて、多くの方が抱く疑問はこれだろう。
「クラウンはSUVでいいのか?」
この回答を導き出すのは容易ではない。確かにボクシーな正統派セダンがクラウンだというのならば、これはクラウンではない。記号性だけでいうのであればそうなる。だが、日本国民が憧れる存在がクラウンだとするのならば、これはクラウンになり得る。
もはや正統派セダンはシュリンク傾向にある。ショーファードリブン用のVIPカーも、セダンからSUVやミニバン移行している。クラウンがSUVでは不自然な理由は一つもないのである。
「いつかはクラウン」と思われるようになること。その時に、これがクラウンかどうかの答えが出る。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)