そして今、日本では若者を中心に車離れが進んでいる。若者は車にステータスを求めなくなり、都会に住む中高年層も車に必要性を感じなくなった。その結果、自動車メーカーは排気ガスの環境への影響も考慮し、製品開発面ではエコカー開発を主軸に据えるようになった。
その一方、広告やPR面においては若者へ車を運転する楽しさを啓蒙するものが増えた。 かつて人々にとって憧れの存在、豊かな生活の象徴であった自動車の時代は終わったのだ。当然、自動車業界の未来を描くモーターショーも様変わりした。話題の中心となる車も、速い車、見た目がカッコいい車ではなく、環境にやさしいエコカーになった。
さて今年の東京モーターショー。話題の中心は、世界の中でもエコ技術のトップを行く
日本車だ。日本車同士の主導権争いは今年のモーターショーで最も注目するところ、特に
トヨタと日産の争いからは目が離せない。
2013年度連結決算で過去最高益更新も視野に入れる絶好調のトヨタは、「FCVコンセプト」を公開した。FCVは、燃料の水素と空気中の酸素を反応させて電気をつくり出し、車を走らせる。二酸化炭素は出ず 、排出されるのは水だけだ。まさに今の日本人が車に期待するもの、そして未来を感じさせるものだ。2015年に市販化するための準備も、すでに進んでいるようだ。
対する日産はLEAFに代表されるように、電気自動車(EV)を推し進めている。一昨年の東京モーターショーでは、ブースに家を建て、車から家、家から車へと電気のやり取りをする未来の形を見せた。日産だけでなく、国内外の他の自動車メーカーも、次世代エコカーを東京モーターショーの展示車の中心に置いている。
未来に向けてエコカーが中心になるのは間違いないが、その主役はFCVなのかEVなのか? それとも他の種類のエコカーになるのか?
これを予測するのにふさわしい前例がある。ビデオだ。ビデオの発売当初、規格にはベータとVHSがあった。性能の良し悪しでは、ベータのほうが画質等で優れていたが、結果的にVHSがスタンダードとなった。VHSの勝利を決定づけた大きな理由の一つが、家庭に普及するための販売網だ。パナソニックを中心としたVHS陣営のほうが販売力で勝っていたため、形勢は徐々にVHS側に傾き、最終的にはベータ陣営の中心的存在であったソニーがVHSの販売を開始したことで決定的となった。
●製品づくり以上に重要なカギとは?
トヨタは1997年にプリウスの販売を開始し、当初はなかったハイブリッドという市場を完全に定着させた。ただ、ガソリンスタンドでガソリンを入れる必要があるという意味では、インフラ構築という大きな取り組みをせずに済んだ。トヨタは、ハイブリッドカーの製品力を伝えるだけでよかったのだ。しかし、これからの戦いでは、FCV向け燃料を補給するための大規模なインフラ整備が必要となるため、トヨタがプリウスの時と同じ戦い方で次世代エコカーの主役となるほど簡単ではないのだ。
エコカーの主導権をめぐる争いで参考になるのが、「技術の本田宗一郎、経営の藤沢武 夫」と呼ばれ本田技研工業(ホンダ)を大企業に育てた藤沢専務(当時)が、1950年代 に実施したバイクを売るためのインフラ拡大戦略だろう。
藤沢専務はバイクを売るためのインフラを確立するために、全国の自転車販売店にバイクも売ってもらうようアプローチ をかけて独自の販売網をつくった。それによりホンダのバイク事業は大きく発展し、自動車事業へとつながった。藤沢専務がいなければ、ホンダの技術力がいかに高くとも、同社が世界的企業といわれるまでに飛躍できたかは疑問だといわれている。この点でも、ビジネスにおけるインフラの重要性がわかるだろう。
話を現在に戻そう。次世代燃料を補給するためのインフラを、どうつくるのか。それは、エコカーそのものの性能以上に大事なことだ。これだけガソリンスタンドが普及した今でも、時にはガソリン切れの危険を示す赤ランプがついてしまい、心配になる経験は、多くの人がしているだろう。EVは電気で動くので、燃料供給施設を整備するのは比較的容易だが、それに対してFCVは水素供給施設をゼロからつくらなければならない。また、EVは日産に限らず三菱自動車などの日本メーカー、TESLAなどの海外メーカーも力を入れている。よって、EVがインフラ構築においてFCVより有利な状況にあるのは明らかといえる。
今年の東京モーターショー。主役の一角がトヨタのFCVなのは間違いない。しかし、そ の魅力的なFCVが未来のエコカーの中心になるのかは、製品づくり以上に、燃料供給のインフラ整備を拡充させるためにトヨタがどのような取り組みを行うかにかかっているといえるのではないか。
(文=新井庸志/株式会社ホワイトナイト代表、マーケティングコンサルタント)