アップルの創始者である故スティーブ・ジョブズ氏は1995年のインタビューの中で、自分がアップルから追い出された85年の経験(その後、97年に復帰)について、追い出した当人であるジョン・スカリー氏について次のように言っています。
「私がアップルを去ったとき、スカリーは深刻な病に侵された。同じ病にかかった人を見てきたが、彼らはアイデアを出せば、作業の9割は完成だと思い込む。社員が具体化してくれると思い込む。しかしスゴいアイデアから優れた製品を生み出すには、大変な職人技(craftsmanship)の積み重ねが必要だ。それに製品に発展させる中でアイデアは成長し変容する。細部を詰める過程で多くを学ぶし、妥協も必要になってくるからね」
ジョブズ氏のスカリー氏に対する言い分が正しいかどうかは別として、ここにはアップルブランドが形成されてきた秘密が隠されています。それはブランドの形成とは、積み重ねのプロセスの中にあるという認識です。つまり、ブランドの強さの秘密は製品づくりのプロセスの中にあり、いったん完成された揺るぎないものと思い込むことが間違いなのです。
米アバクロンビー&フィッチ(アバクロ)のCEOであったマイク・ジェフリーズ氏は、92年から就任していたCEO職を14年に退きます。その当時、彼が06年にサロン誌のインタビューに対して行った発言が批判されています。それは次のようなものでした。
「我々はかっこよくて、見栄えのする人たちに対してマーケティングを行っている。それ以外の人たちはターゲットにしていない」 (米誌「フォーチュン」14年12月9日号)
「どの学校にもかっこよくて人気のある子どもはいる。同時にそうではない子どももいる。正直言って我々はかっこいい子どもだけを相手にしている。我々は、魅力的で、すばらしい人柄で、友達がたくさんいるすべてのアメリカの子どもを相手にしている。多くの人々はそうした子供たちではないし、そうした子どもにはなれない。我々は排外的ではないかって? そのとおり」(米誌「シカゴ・トリビューン」13年5月11日号)
こうした発言も、やはりブランド全能感がもたらす弊害のひとつではないかと考えられます。つまり強力なブランドならば、差別的発言であろうが、どのような発言も許される、というような態度です。これも幼児期全能感のように、実はブランドによってかろうじて自分が護られているにもかかわらず、「自分自身が全能なのだ」と勘違いする態度を表しています。