レゴ社の改革に立ち上がったクヌッドストープ氏は、その後、コモディティであるブロック素材をそのまま売る「バケツ」ビジネスを縮小しました。その代わり、多角化した事業を整理するとともに、より付加価値の高い「プレイテーマ」、つまりストーリーをもつスター・ウォーズのようなセットを提案することでレゴは蘇りました。
ブランド全能感の症状(2):自己主張
ブランド全能感の2つめの症状は、自己主張のありようにおいて現れます。特に、トップマネジメントが「わが社は間違いを犯さない、自分たちの意見は絶対的なものだ」「他者の自社への批判は当たっていない」と思いこむ傾向です。
すぐに思い出されるのが、雪印乳業が2000年に起こした「雪印集団食中毒事件」です。この事件では約1万5000人が被害を訴えた戦後最大級の食中毒事件でした。この事件で有名になったのは、当時社長だった石川哲郎氏がエレベーターに乗ったとき記者に詰め寄られて「私は寝ていないんだよ!」と発言したことが大きく報道され、事故を起こした当事者にもかかわらず傲慢な態度として当時大きく取り上げられました。これが大きなきっかけとなり、クリーンで純粋なイメージだった雪印ブランドの威力は地に落ちました。
当時雪印乳業に勤務してこの事件を経験した人物に、鳥越淳司氏という人物がいます。鳥越氏はこの事件のさなか、雪印乳業の営業社員として関西エリアの被害者を回って見舞う仕事をしています。鳥越氏は雪印をのちに辞めて、群馬県にある相模屋食料という企業の社長になり、豆腐製造業として同社を日本一の会社に導きました。
鳥越氏は雪印時代の経験を振り返り、自著の中で次のような教訓を得たと語っています。「自分が誇っていいのは、自分がやってきたこと、自分にできること」だけだと。それまで雪印という「一流企業」に勤めていた誇りはしょせん、ほかの誰かがつくってくれた誇りにすぎなかったのです。
つまり、強い企業ブランドは過去の栄光と実績によってかたちづくられてきたものであって、それを現在の企業の社員やトップが笠に着ることは許されないということになります。しかしこうした傲慢さは、ブランドが強くなるほど、起こり得ることとしてあちこちにエピソードを残しています。