経営についての議論を見聞きすると、「選択と集中」という言葉がよく登場します。とても響きのいい言葉です。「選択と集中」と言えば、なんとなく効果的な施策が実行できているかのような錯覚に陥ります。
ところで、企業にとって「選択と集中」の本当の意味はなんでしょうか。今回は、その実態に迫ってみたいと思います。
経営における「選択と集中」は、「自ら選択した領域に自社の経営資源を集中投入すれば、高い成果が得られる」ということを意味します。
冒頭の画像の左側のチャートは、その経営法則の図解です。自社にとって「とても重要」な顧客を選択し、彼らのニーズに合致する自社の商品・サービスに注力すれば、結果的に高い収益が生み出されるということです。
以下のように言い換えることもできます。注力する自社の商品・サービスを決め、その商品・サービスを欲する「とても重要」な顧客を選び、その領域に経営資源を集中する。これも、同じように結果として高い収益がもたらされます。
しかしながら、この「選択と集中」の法則は、本当に有効なのでしょうか。例えば、選択する顧客は本当に正しいのでしょうか。その顧客のニーズは、時間によって変化しないのでしょうか。また、自社の商品・サービスは、競合他社に対する優位性を保てるのでしょうか。新たに登場する代替品によって、自社の商品・サービスが脅かされる危険性はないのでしょうか。
ここで、シャープの事例を考えてみたいと思います。同社は今年、「選択と集中」に関連した話題を提供してくれました。
ご存じのように、近年のシャープは液晶技術とその技術を適用した商品に「選択と集中」を行いました。その結果、2015年3月期の決算は2000億円以上の最終赤字に落ち込んでしまいます。
真空管からトランジスタ、IC(集積回路)、LSI(大規模集積回路)、液晶と、電子技術が進化する中で、同社5代目社長の片山幹雄氏は「液晶の次も液晶」と語り、液晶技術とその商品に「選択と集中」を行うことを選択しました。
しかし、海外生産の安価な液晶が市場シェアを拡大し、有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)という、液晶に替わる技術も進化しました。その結果、シャープは失墜してしまったわけです。
このシャープの例では、「選択と集中」の戦略は機能しませんでした。競合他社が価格競争力を高めて安価な液晶を生産し、液晶に替わる有機ELという代替品が普及した結果、同社の液晶技術は短期間で優位性を失ってしまったのです。
「選択と集中」という黄金の経営法則が、時代に合わなくなってしまった
かつては、「選択と集中」という経営法則に従って、選んだ市場に得意な商品を投入することで、競合他社が参入してくるまでの間に、初期投資に見合う収益を上げることができました。
さらに、初期投資の回収後は、潤沢な利益を得ることができました。つまり、これまでは他社と競争せずに儲けられる市場があり、その市場を選択して自社の経営資源を集中投下すれば、十分な収益を獲得できる、という経営法則が働いていたのです。
しかし、「選択と集中」という経営法則は、今も成り立っているのでしょうか。
第一に、他社と無競争で儲かるような市場を見つけだすこと自体が困難になってきました。第二に、仮に少ない競争で儲かるような市場があったとしても、すぐに他社の攻勢に遭い、儲けにくい市場になってしまいます。
今は、以前より「選択と集中」で十分な収益を獲得することが困難になってきているのです。
ジャック・ウェルチCEO(最高経営責任者)の時代のゼネラル・エレクトリック(GE)は、「選択と集中」のお手本のような企業でした。「世界市場で1位か2位になれない事業からは撤退する」という経営方針が徹底されていたのです。
01年にCEOがウェルチからジェフリー・イメルトに代わり、GEは大きく変貌を遂げつつあります。かつて収益の柱であった金融事業の多くを売却し、IoT(モノのインターネット)化を見据えた次世代の製造業を主力とするように、事業ポートフォリオ(事業群の組み合わせ)の大胆な見直しを行っています。
つまり、GEは「選択と集中」を実践して収益を上げていたにもかかわらず、「次の時代の収益の柱は、製造業への回帰である」と見通し、それに向けた戦略を周到に練っているといえます。
時代に合った経営法則は何か? 「選択と集中と再選択」という考え方
では、シャープの失墜やGEの変身から学べるものはなんでしょうか?
冒頭の画像の右側のチャートは、「選択と集中と再選択」という経営法則を示しています。
まずは「とても重要」な顧客を選択して、そのニーズに合致した自社の商品・サービスに注力します。そこで、顧客のニーズと自社のシーズが合っているかどうかを確かめます。
その領域で高い収益を上げられそうであれば、「選択と集中」を行うというオプションがあります。そうでなければ、新規分野の商品・サービスの開発に踏み出すか、自社の商品・サービスに合った新たな顧客に移動します。
この「選択と集中と再選択」という経営法則は、以下のように定義づけられます。「自ら選択した領域に自社の経営資源を集中投入すれば、結果として、その戦略の良し悪しが判断でき、同時に業務オペレーションが改善され、進化する。次に注力する領域では、業務能力が生かされ、戦略が成功して収益を上げられる可能性が高まる」となります。
つまり、「選択と集中と再選択」には、戦略の軌道修正と組織力の継続的向上という2つの要因が組み込まれているのです。
今の時代、必ずしも「選択と集中」という戦略で高い収益を上げられるとは限りません。その時、「選択と集中と再選択」という施策が有効に働くのです。つまり、
1.戦略の軌道修正(選択した領域が正しかったかどうかを確かめる)
2.組織力の向上(その領域で自社の組織力を試すことによって、業務能力を高め、あるいは足りない業務能力を身につける機会となる)
3.戦略の再定義(次に選択した領域では、以前より高い確率で成功できる)
このような「選択と集中と再選択」によって、より継続的に儲けられる市場を見つけ、さらに、その市場ニーズに合致した商品・サービスをつくり上げていくことができるようになるのです。
「選択と集中と再選択」が持続的に企業を発展させる礎になり、組織力を高める契機になり、企業の「儲ける力」をつくり上げていくのです。
(文=森秀明/itte design group Inc.社長兼CEO、経営コンサルタント)