日本経済団体連合会(経団連)は、わずか1年で方針転換し、就活(新卒学生の採用活動)ルールを再び見直すことを決めた。背景にあるのは、経団連非加盟の外資系企業や中小企業による“解禁破り”である。ほかの企業に優秀な学生を囲い込まれたくないとの思惑が働いているのだ。
この問題について安倍政権は、学業に専念できる環境づくりを理由に現行ルールへの移行を要請した経緯があり、馳浩文部科学大臣が「朝令暮改はいかがなものか」と再見直しに反対の立場をとっていた。しかし、経団連の榊原定征会長(東レ最高顧問)は「変えることを躊躇すべきではない」と強引に押し切る構えだ。
就活ルールには、経団連が苛立つ“解禁破り”のほかにもさまざまな問題があり、見直しが必要なのは事実だろう。とはいえ、経団連が来年の見直しを最小限のものとし、さらなる抜本的な改革を再来年以降に行うとしていることは懸念せざるを得ない。朝令暮改が何度も繰り返されるようでは、いつまでも学生たちが混乱し続けるからである。
再見直しのポイントは、「大学4年生の4月」から「大学4年生の8月」に繰り下げたばかりの面接や選考の開始時期を、2カ月繰り上げて「大学4年生の6月」にするというものだ。会社説明会の開始時期(大学3年の3月)と内定を出せる時期(大学4年の10月)は変更しない。本稿執筆段階(11月8日)では、経団連として9日の幹部会で了解を取り付けたうえで、約1300の加盟企業を対象にした指針に盛り込んで、遵守を促す方針という。
経団連によると、榊原会長は先月(10月)27日の記者会見で、今年変えたばかりの就活スケジュールに関し、「学生、大学、企業のいずれにとっても今回の新スケジュールは問題が多かった」と指摘、「今年始めたものをすぐ変えるのかという批判があることは承知しているが、本質的な問題が確認されるのであれば、変えることを躊躇すべきではないと考えている」と決意の固さを見せた。
さらに、見直しの方向性にも触れて、「来年度は説明会場の予約など準備が始まっており、大幅に変えることには支障がある」ため、見直しを選考時期の問題だけに絞り「8月から6月に前倒すという日商(日本商工会議所)の案も選択肢のひとつ」と述べた。そして、抜本策については「もう少し時間をかけて議論していく」と、再来年以降に先送りする考えを示したのだ。
榊原会長の指摘を待つまでもなく、現行ルールに問題が多いのは明らかだ。就職情報のマイナビがまとめた「2015年度(2016年卒)新卒採用・就職戦線中間総括」を見ても、今年のスケジュール変更について、「プラスの影響が大きかった」(4.6%)、「どちらかといえばプラスの影響が大きかった」(16.1%)とポジティブに評価する学生は2割しかいない。逆に、「マイナスの影響が大きかった」(46.2%)、「どちらかといえばマイナスの影響が大きかった」(33.1%)と8割がネガティブな評価を下している。
その理由は、「暑い時期に活動しなければならなかった」(60.5%)、「卒業年次の学業(卒業論文・卒業研究)の妨げになった」(55.7%)、「水面下で動く企業があって、状況が把握しづらかった」(55.6%)、「就職活動期間が長くなった」(46.3%)、「先輩の就職活動経験が活かせなかった」(39.2%)となっている。
経団連企業からも見直しを求める声
そもそも、就活の見直しを仕掛けたのは、安倍晋三首相だ。13年4月19日に首相官邸で開いた経済界との意見交換の席で、「若者については、人材育成強化の観点から、学業に専念し、多様な経験ができる環境を整えるとともに、海外留学からの帰国者の就職環境の改善を図ることが重要」「経済界においても、同様の観点から、平成27年度卒業・修了予定者の就職活動から、広報活動の開始時期を3年生の3月に、また、採用選考活動の開始時期を4年生の8月に後ろ倒しすることをお願いしたい」と、首相の発言とは思えないほど細かく注文を付けたのである。その年の秋になって、経団連が要請受け入れを正式決定。「採用選考に関する指針」を策定し、加盟企業に遵守を呼びかけた。
とはいえ、この指針には、抜け駆けをした加盟企業に対する罰則がない。また、経団連に加盟していない外資系企業や中小企業は、この指針の対象外だ。それゆえ、当初から実効性が担保されていなかった。
そして、今年。実際に就活が始まると、外資系企業やIT(情報技術)系企業、その他の中小企業のなかに、例年通りに4月から面接や選考を始め、10月を待たずに内定を出すところが相次いだ。経団連加盟企業の中にも、“解禁破り”が多くあったとされている。
このため、囲い込んだ学生の就活を強引に終了させる「オワハラ」が横行する一方で、別の会社に内定した学生が先に得ていた内定を辞退する例も後を絶たず、就職戦線は混乱を極めた。当然ながら、疑心暗鬼にかられた学生は多かった。また、ここ1、2年の間に人手不足感が出てきたため、優秀な学生を青田買いされたと苛立つ経団連企業から、ルールの早期見直しを求める声があがっていた。
一方、安倍政権は、馳大臣が10月27日の記者会見で、記者の質問に応じて「(現行ルールは)経緯があってできたもの。朝令暮改はいかがなものか」と語り、頑なに経団連に自制を求めている。大学側でも、全国の国公私立大でつくる就職問題懇談会(座長・吉岡知哉立教大総長)が11月4日、「(来年も)現行通りとすべきだ」とする要請文を経団連に提出した。
正確な情報開示こそ重要
見直しの必要性は明らかだが、経団連が主張する面接や選考の解禁日の繰り上げだけでは根本的な解決は期待できないし、榊原会長が示唆しているような中途半端な2段階見直しは、学生を混乱させ続けるだけである。経団連企業側の不公平感を解消することにはなるだろうが、とても賢策とは言えない。
何よりも優先して考えるべきなのは、学生が疑心暗鬼になることなく安心して就活に取り組める、透明性の高い制度を確立することだ。そのためには、指針で全企業同一の画一的な就活スケジュールを強いて、水面下で“抜け駆け”が起きるような制度よりも、各企業がホームページなどを利用して自社の本当の採用スケジュールを公表することが有効だろう。そうした個別の正確な情報の開示を義務づけるルールこそ重要なのだ。
古くて新しい問題だが、現在のような新卒の一括採用の見直しを真剣に検討してみてはどうだろうか。一括採用は企業サイドの都合であり、そのスケジュールにあわせるために、学生時代の一時期にしか機会のない海外留学を断念したり留年を覚悟したりする学生も少なくないと聞く。
大学生活の4年間で、それぞれの学生が動きやすい時期にあわせて、学生の適性を見極める――。そんな企業こそ、学生に信頼され、社会的にも高い評価を受ける時代になるのではないだろうか。
(文=町田徹/経済ジャーナリスト)