中国の国家衛生健康委員会は29日、新型のコロナウイルスによる肺炎の患者が、新たに1459人増えて5974人となったと発表した。死者は28日から26人増加し、合わせて132人になった。日本国内でも、武漢市に滞在していない日本人の感染例が報告され始めるなど、深刻な事態になりつつある。新型肺炎の感染源とされる武漢市の公共交通は中国政府により封鎖され、日本政府は現地法人の救援のためにチャーター機の派遣を決定した。大半の邦人が退避する中、イオン株式会社の対応が注目を集めている。イオンは27日、「中国武漢におけるイオングループの対応」と題したプレスリリースを発表し、次のような方針を示した。
「武漢市では、新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大の影響を受け、市内全域の公共交通機関の運転が停止するなど、市民の皆さまは不便な生活を余儀なくされています。総合スーパー『イオン』の5店舗は、地域のお客さまの生活必需品である食品や衛生関連用品を取り扱っており、行政から安定供給の継続に関する要請も受けていることから、従業員の健康と安全に配慮し、営業時間を短縮した上で、営業を継続しています。
なお、イオンモールは市内3モールの営業を休止することを決定しています。イオンは、今後も現地の状況を注視し、行政当局とも連携の上、地域のお客さまのくらしを支えるべく努力してまいります」
武漢からは撤退しない
27日配信の時事通信によると「イオンは現地で5店舗のスーパーを展開しており、駐在している社員12人のうち希望者を帰国させる。駐在員の家族は既に帰国した。同社は今後も営業を継続する方針で、必要な人数は現地に残る」としている。
インターネット上ではこうした対応に次のような疑問が噴出している。
「イオンという企業はすごい。店員のマスク装着を禁止するし、武漢の店員も一部とはいえ帰国させないし。店員思いの会社ですな」
「イオンは従業員にマスク着用は禁止させるわ、武漢から帰ってくるなと言うわ……」
「従業員のマスク着用を徹底」
イオンの広報担当者は28日、次のように語った。
「27日の時点で希望者の帰国の検討をしていましたが、現場から営業面で仕事の代わりができる人員がいないという申し出があり調整しています。また物流の混乱に伴う物価の高騰などに影響されず、中国の市民の皆様に生活必需品を安価に提供したいという現地駐在員の使命感もあり、12人はほぼ大半が残留する方向で検討しています。
弊社では自社物流網の整備に力を入れてきたこともあり、公共交通機関が止まっていても、現地の運輸パートナーの協力を得て商品の仕入れに支障はありません。また中国政府から弊社を含む、現地の小売業に営業継続の指示がありました。
従業員を守る観点から、武漢市内の店舗では衛生レベルを強化しており、従業員のマスク着用、手洗いの徹底や、出入口に設置した消毒用アルコールの使用を強く呼びかけています」
一方で、日本政府は新型肺炎を感染症法に基づく「指定感染症」と、検疫法の「検疫感染症」に指定する政令を閣議決定。また政府は28、29両日にチャーター便を調達し、武漢市から退避を希望する邦人の帰国支援も開始した。第1便は29日朝に日本に到着し、約200人が帰国した。外務省や内閣府の関係者によると、帰国者には片道の正規エコノミー料金8万円を利用者に求めるという。
「現場を堅守する社風」
こうした状況を踏まえ、イオン社員は次のように話す。
「希望者が残留するという部分に、少しひっかかります。うちの会社は『自分の持ち場を堅守する』という人が多いです。武漢の駐在員もそういう雰囲気になっているのではないでしょうか。
イオンではパートを含めた全社員が、職域を広げたり、昇格したりするために非常に難しい試験をパスする必要があります。合格率は高くて受験者の1割、低い時は数%です。その結果、『昇格できないから、せめて今の自分のポジションを同僚に取られないようにがんばる』とか『あんなに苦労して昇格したのだから、絶対にこのポジションは手放せない』という思考になる人が多いです。
今回の例でいえば、仮に帰国しても『こっちにあなたの仕事はないよ』『中国人の現地従業員や仕事を放置して逃げてきたよね』と吹聴されるのは想像に難しくなく、だからこそ『ここでがんばる』となった可能性があります。多くの住民の方が困っている武漢で営業を続けるのは、同じ会社の人間として立派だと思います。まじめな社員も多いので、会社として残留は強制していないでしょう。ただ『弱音を吐けない』社風が裏目に出ないことを祈るのみです」
会社が直接的に武漢に残留することを求めたのかどうか、社員の証言からは不明だ。この状況下で社員が現地に残留することに関して、日本医師会認定産業医・内科医の星野優氏は次のように解説する。
「今回の、新型コロナウイルスは以前の重症急性呼吸器症候群(SARS)などと比較すると非常に早く原因が特定された印象です。ただし、感染力が強いこと以外は正直情報も錯綜しており正確な判断が困難な状況と考えられます。ただし、国がチャーター便を用意して帰国者を帰国させたことも踏まえると、本人の希望に反して、会社の命令で指定感染症最流行地域に残留させるということは非常に危険であり、もし罹患した場合は会社としての責任も問われかねないのではないでしょうか。残念ながら、正確な情報が乏しい中での判断にはなり、国内では冷静な対応が重要ですが、最流行地域という観点からすると、非常にリスクが高いと考えます」
従業員が倒れれば守るべき現場も、会社も崩壊する。災害時はがんばりすぎないことも大切だ。
(文=編集部)