2019年12月25日、日産自動車の関潤副最高執行責任者(COO)が辞任すると発表された。関氏は日本電産の社長に就任する。関氏の退社が日産の今後に与える影響は軽視できない。関氏は、日産の事業改革計画の策定を担い、実質的な改革の推進役と目されてきた。
これからの事業改革の進捗動向は、日産の将来を左右するだろう。まず、世界の自動車業界は電動化をはじめとする大きな変革期を迎えている。加えて、日産の業績はかなり厳しい。さらに12月1日に日産は、内田最高経営責任者(CEO)、グプタCOO、関副COOによる“3頭体制”をスタートさせたばかりであり、組織全体への衝撃もはかり知れない。
今後、ルノーとその筆頭株主であるフランス政府は、日産に対してより強い影響力を手に入れようとすることも考えられる。日産の経営陣は、ルノーとの良好な関係を維持すると同時に、自社の改革をやり遂げ、新しいモデルの開発などを進め収益の柱を育成しなければならない。
重大な変革期を迎える自動車業界
日産をはじめとする世界の自動車産業のすそ野は広い。1台の完成車には3~5万点もの部品やパーツが用いられ、研究・開発、設備投資など自動車業界の動向は多くの産業に影響する。それを組み立てるために多くの労働力も必要となり、雇用への影響も大きい。
主要国の政府にとって強い自動車産業を育成できるか否かは、自国経済の安定だけでなく、政治的な支持基盤の強化にも欠かせない。ゴーン元代表取締役会長の不正行為発覚以降、日産・ルノーのアライアンス体制の運営に日仏両政府の意向が絡んできたのは、自動車産業の経済に与える影響が大きいためである。特に、産業政策の専門家を自認する仏マクロン大統領の本音は、ルノーと日産の経営統合への道筋をつけたいはずだ。
さらに、ルノー、日産をはじめとする世界の自動車企業は、100年に1度といわれるほどの急速かつ大きな変化の局面を迎えている。具体的には、世界最大の自動車市場である中国を筆頭に、レシプロ型のエンジンを搭載した自動車から電気自動車(EV)へのシフトが進んでいる。これに伴い、自動車の部品数は約半分までに減ると見られている。
EV化だけでなく、自動運転技術、コネクテッドカーの開発など、自動車の社会的機能が大きく変わろうとしている。IT先端企業や大手電機企業などもEVやコネクテッドカーの開発に参入し、世界全体で自動車産業は急速かつ大きく変化している。それに対応するために、多くの自動車企業が提携や経営統合に踏み切っている。
すでにルノーと日産は車体(プラットフォーム)の共通化などによって生産原価の低減などに取り組んできた。両社が世界的な自動車業界の変革に対応するためには、よりアライアンス体制を強化しEVや自動運転技術面での開発体制を強化し、それを収益につなげていくことが求められる。世界全体で自動車業界の競争が激化しているだけに、日産が新しい自動車開発のアクセルを緩めることはできない。
日産再建を任された関氏の役割
本来であれば競争力向上に向け体力をつけなければならない環境下、日産はゴーンらによる不正行為が発覚し、経営と事業運営の体制が大きく揺らいでしまった。業績もかなり厳しい。構造改革と業績立て直しを進める上で大きな役割を担うとみられたのが、辞任・退社が発表された関氏だった。
2019年度上期、同社の営業利益は前年同期比85.0%も減少した。業績悪化の背景要因として、ゴーン時代の拡大路線が思うような成果を上げられなくなったことは軽視できない問題だろう。また、ヒットモデルも見当たらない。リーマンショック後の米国において日産は販売台数の増加を追い求め販売奨励金の負担が増えた。一方、新モデルの投入も遅れ、日産の米国事業では販売台数が減少している。2020年の年明け2日間、日産は米国事業の休業を決定するほど業況は厳しい。
ゴーン時代に日産が市場開拓に注力した中国市場では、マクロ経済環境の悪化などから販売が伸び悩んでいる。米中市場ともに今後、一段と景気が減速するようなことがあれば、日産の販売台数がさらに落ち込む展開も排除できない。さらに、ゴーン時代に新興国向けブランドとして打ち出された“ダットサン”もヒットを出せず、事業縮小が決まった。
過剰な生産能力が顕在化するなか、日産は経営と生産の現場が同じ方向を向き、事業体制を整え、稼ぎ頭となる車種を生み出し、業績を安定させなければならない。関氏は大掛かりな事業改革計画を策定し、生産能力の合理化と、高付加価値の新車種の投入などによる収益性の改善を目指した。
生産能力の合理化が進めば、日産の販売台数は減少する可能性がある。そのなかで収益性を上向かせるには、魅力的な新車種の投入や、付加価値の高い新しいテクノロジーの実装が不可欠だ。生産、商品企画、マネジメントに精通した関氏の役割期待はかなり大きかったと考えられる。関氏の退社を受け、一部市場参加者の間では当面の日産が収益確保のためにさらなる構造改革を進めざるを得なくなり、組織全体の不安定感が高まるのではないかと身構える者もいる。
先行き不透明なアライアンス体制
関氏が取りまとめてきた事業改革の推進は、親会社であるルノーにとっても重要だった。現在、ルノーの業績も悪化している。ルノーとしても、技術面で優位性がある日産の業績安定を早期に実現したいはずだ。両社の収益状況が不安定ななか、ルノーは強硬に経営統合を目指し、日産との関係が一層こじれることは避けなければならない。
当面、ルノーが日産との資本関係を維持するとしてきた背景には、そうした考えがあるのだろう。同時に、ルノーは日産との人事交流の加速化など、資本面とは別の側面で関係を強化しようとしている。それは、のちのちの交渉を有利に進める布石を打つためとみられる。
しかし、日産の3頭体制が発足してから1カ月足らずで新体制が瓦解してしまった。今後も資本関係に関して、ルノーが現状維持、あるいは時間をかけて議論することが大切との考えを重視し続けるかは、わからない。ルノーの日産に対する姿勢は変化する可能性がある。内田CEOとグプタCOOはルノーに近い考えを持っている。それを足掛かりに、ルノーの筆頭株主であるフランス政府が再度、ルノーと日産の経営統合に向けた議論を求める可能性は否定できない。
マクロン大統領は「2022年までに失業率7%の実現」を目指している。加えて、現在のフランス経済は減速が鮮明だ。マクロン政権にとって、日産とルノーの経営統合を目指すことは、自国の自動車産業の競争力の向上、より良い所得・雇用機会の創出といった点において有権者へのアピールに有用だ。また、マクロン大統領にとって、ルノーと日産の経営統合を通して自国経済の強化を目指すことは、欧州におけるフランスの発言力を高めるためにも欠かせない要素となるだろう。
今後、ルノーおよびその筆頭株主であるフランス政府の意向は、日産の経営により大きく影響する可能性がある。日産の経営陣に求められることは、経営の効率性を高め、魅力あるEVや自動運転技術を搭載した車種投入による業績安定を実現するために、改革を貫徹することだろう。それが、日産の独自性の確保に向けルノーと冷静に交渉を進めていくために欠かせない要素と考える。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)