一昔前まで、二次会の定番コースだったカラオケ。大人数で集まり、歌って、騒いで、フードやドリンクを楽しんで……という行為に特化していたカラオケ店(カラオケボックス)だが、最近は多くのカラオケ店がビジネスパーソン向けのサービスを打ち出し始めているという。
客側も歌う以外の目的でカラオケボックスを利用する人が増えており、「アクセス良好な時間貸しスペース」として多用途化が進んでいるのだ。カラオケボックスの最新事情と、こうしたサービスが業界で増えてきている理由を、カラオケ評論家の唯野奈津実氏に解説してもらった。
「平日昼間をいかに埋めるか?」戦略
歌を歌う場所であるカラオケボックスだが、最近では「自由に使える個室スペース」として、さまざまな広がりを見せている。地域コミュニティの集まりや楽器の練習場所としての利用のほか、トレンドとなっているのが、ビジネスパーソン向けの「仕事場」としての場所提供だ。
「業界大手の第一興商が展開するカラオケボックス『ビッグエコー』が、ルーム内でテレワークができる『オフィスボックス』というサービスを始めました。ワーキング利用や会議室としての貸し出しは昔からあったサービスですが、ここ最近は、さまざまなカラオケチェーンで見かけるようになりましたね」(唯野さん)
貸し会議室を運営するスペースマネジメントは、クリアックスが展開するカラオケボックス「カラオケルーム歌広場」を定額料金で利用できる法人向けサービスを開始した。利用可能な時間帯は平日の11~18時(最大2時間)と、ビジネスパーソンに照準を合わせた設定となっている。
鉄人化計画の「カラオケの鉄人」も、ビジネス向けとは銘打っていないものの、「カラ鉄ホーダイ」という定額制のサービスを開始した。月額1500円で1日1回、ドリンク代のみで何時間でも利用できるという内容で、ノマドワーカーの注目を集めている(ただし、サービス対象外の時間帯もある)。
「比較的空いている平日昼間の時間帯をビジネスパーソンに埋めてもらうという企業戦略でしょう。カラオケボックスは、都内であればだいたい主要駅の駅前に何店舗かあるため、アクセスもしやすい。個室ということでほかの人に話を聞かれる心配もないので、商談や打ち合わせには最適といえます」(同)
増える「ヒトカラ」需要
さらに、カラオケボックスの多用途化はビジネス利用に留まらないという。
「女子会やオフ会、地域コミュニティの集まりなど、歌うことが主目的ではない場面でもカラオケボックスを利用する人が増えています。個室なので、まわりを気にせずに騒げるという利点があるからです」(同)
実際、カラオケボックス以外で個室を借りようと思うと、都内であれば1時間当たり数千円近い利用料がかかる。カラオケボックスなら安価な上に、どれだけ大声を出してもとがめられない。そうした事情から、ファン同士で集まって行うライブDVDの鑑賞会などの利用も増えつつあるという。こうした需要をキャッチしたエクシングでは、通信カラオケ「JOYSOUND」で映像鑑賞に特化したサービスの展開を始めている。
「『みるハコ』という映像コンテンツの鑑賞サービスです。これは、ライブ映像や長編映画などをカラオケの大画面モニターやプロジェクターで鑑賞することができるサービスで、リアルタイムのライブビューイングも実施しています。今後、たとえばスポーツの試合を生配信すれば、観戦目的の利用客も取り込めるかもしれません」(同)
歌う以外の目的での来店を促す背景には、新規層の獲得によって売り上げを伸ばそうという狙いがあるのだろう。しかし、唯野さんは「カラオケ業界の売り上げは、さほど落ち込んでいません」と語る。
「カラオケボックスの利用客数そのものは、ここ20年ほどで大きな変動はありません。昔よりもカラオケ以外の娯楽が増えたので、かつてのような二次会での利用などは減りましたが、その一方で1人カラオケなどの新しい利用者層が拡大してきています」(同)
大人数が定番だったカラオケだが、近年は1人でカラオケに行く「ヒトカラ」が一般化してきている。誰にも気兼ねせずに大声で歌えるということで、ストレス発散を目的に足を運ぶ人が多いようだ。
「そのほか、テレビのカラオケ番組で採点機能を見かけることがありますよね。あの採点に『自分も挑戦してみたい!』とゲーム感覚で楽しむ人がけっこう多く、こうした新しい需要も増えているのです」(同)
本当の狙いはカラオケ業界による社会貢献?
唯野さんいわく「歌う以外の目的での利用は、まだそこまで大きく売り上げには影響していないと思います」とのこと。では、多くのカラオケボックスがビジネスプランを打ち出している背景には、どんな狙いがあるのだろうか。
「テレワークやノマドワークといった『働き方改革』に対する社会貢献の一環もあるのでは、と思います。昔から、カラオケボックス業界は自主的に未成年の飲酒・喫煙を取り締まるなど、治安維持に努めてきました。そのおかげで風営法の縛りがなく、深夜でも営業が可能になっているのです」(同)
カラオケボックスの売り上げの大半は、室料ではなく飲食代が占めている。2軒目として深夜に来店した客が注文するアルコールやおつまみが、売り上げを支えているわけだ。そうした利益構造もあり、ビジネスパーソンに日中からカラオケ店に親しんでもらうことで、夜間の「飲み会の二次会的な利用」の来店につなげていきたいという狙いもあるのでは、と唯野さんは分析する。
「もちろん、『二次会」そのものが減っているとされる昨今なので、すぐには売り上げには紐づかないでしょう。その意味では、ビジネスプラン導入の意義は、目先の売り上げ以上に、むしろカラオケ業界による社会貢献的な意味合いが強いのではないかと思います」(同)
カラオケボックスを「歌う」以外で利用するサービスは話題性こそあるものの、大幅な売り上げ増につなげていくのは今後の課題のようだ。
「今の日本は『CDが売れなくなってきている』といいますが、それは『CD』という媒体が売れないだけ。今はダウンロード販売の音楽配信サイトもあり、動画サイトでもアーティスト公式のミュージックビデオを見ることができます。音楽の聴き方が多様化したのと同様に、テレビのカラオケ番組の影響やSNSの普及もあり、歌うことの楽しみ方もまた、多様化してきているのです。
実際、採点機能で全国の人と得点を競い合ったり、カラオケで歌う様子を撮影して友人とSNSで共有して楽しんだりする人は多くいます。時代時代に合わせた『歌う楽しみ方』を提供していくことが、今後のカラオケ業界の発展のためには不可欠なのではないでしょうか」(同)
さまざまな事情やアイデアにより多用途化は進んでいるが、まだまだカラオケボックスの存在意義は「仕事場」ではなく、やはり「歌う場」のようだ。
(文=ますだポム子/清談社)