三菱航空機が開発する国産初のジェット旅客機「スペースジェット」(旧MRJ)の開発が、またもや遅れている。アメリカの航空会社との受注契約が解消され、国土交通省や米連邦航空局(FAA)から安全性の証明を得る「型式証明」(認証)の取得も難航している状況だ。
2008年から三菱航空機が開発、製造を進めているスペースジェット。これまで、設計の変更、製造工程の見直し、部品納入の遅れ、主翼の強度不足などを理由に納入延期が繰り返され、今年2月には6度目の延期が報じられた。そんなスペースジェットは、そもそもどんな経緯で開発に至ったのだろうか。
「『YS-11』という国産プロペラ旅客機の引退に伴い、再び国産旅客機を製造しようという機運の中で、スペースジェットの開発が始まりました。当初は経産省やJAXAなども加わり、国を挙げての事業と目され、大きな注目を集める中、母体の大きさや飛行場の所有の有無などが考慮され、三菱に白羽の矢が立ったのです」(航空ジャーナリスト)
スペースジェットは日本国内だけの需要では採算が取れないため、世界市場を目指して製造されている。しかし、それゆえさまざまな障壁が生まれ、延期の原因になっているという。
「世界に向けて売るとなると、世界各国の認証を取得しなくてはなりません。まずはアメリカが肝で、次がヨーロッパ。そのような認証を得るために、いまだ努力している段階なのです」(同)
当初は2013年に全日本空輸(ANA)への納入を目指していたが、この認証をクリアできないため、スケジュールは大幅に狂っているのだ。商業運航に必要なアメリカの型式証明を得るために製造されていた新試作機は昨年1月にようやく完成したが、なぜここまで製造が遅れているのだろうか。
「アメリカの認証を取得するための必要な情報を、きちんと得られていなかったからではないでしょうか。情報が得られていない、もしくは共有されていないから、後から設計や配線の問題がボロボロ出てきたのだと思います。設計の変更となると、デザイン段階からさまざまな人や組織がかかわるので、さらに1~2年はかかってしまいます」(同)
アメリカの型式証明の基準は大枠では公開されているが、必ずしも細部にわたって仕様が明記されているわけではないという。
「組織の体質として、情報の引き出し方や共有のスピードが遅い気がします。官が予算を出し、国交省もかかわるなど、さまざまな組織が複雑にからんでいることも、その原因かもしれません。ビジネスジェットと旅客機を一概に比較することはできませんが、世界的に成功している『ホンダジェット』は社長を筆頭にトップダウンの指揮系統ができていました。そう考えると、三菱の体制そのものにも遅れの原因があるのかなと思います」(同)
一方で、型式証明の試験を行うFAAにも遅れの原因はあるようだ。
「現在、『ボーイング737MAX』という飛行機がアメリカの認証取得に手こずっている状態で、FAAもそちらに時間が取られています。ボーイングはアメリカの国産機なので優先されるのは当然で、日本のスペースジェットは後回しになっているわけです。そのため、どこをどう修正したらいいか、三菱に情報が伝わらなかった事情もあると思われます」(同)
今後は営業面の動きに注目
多くの問題が発生しているものの、「“飛行”に関しては、ほぼ完成している状態。型式証明さえクリアできれば、就航までの手続きはスムーズにいくはず」(同)だという。しかし、その後に待っている課題が営業面である。
「証明が得られ、飛べる状態になっても買い手がいなければどうしようもありません。これだけ納入が遅れると、クライアント側の印象も良くはないです。また、三菱は秘密主義という企業体質。納入遅れの原因を詳しく発表しないことからもそれは明らかですが、クライアントの不信感を払拭するためにも、もっと情報を公開するべきでしょう」(同)
昨年にはアメリカの航空会社が受注契約を解消するなど、クライアントからの信頼が失われているようにも見える。また、スペースジェットは「リージョナル」とよばれる小型の飛行機だが、世界的には後発な上、先行しているカナダのボンバルディア社やブラジルのエンブラエル社などの同型機体に比べて価格が高い。そのため、“安心安全の日本製”というだけで買い手が多くつくかどうかは未知数だ。
「型式証明は安全性のアピールにはなると思います。しかし、納入遅れにより不信感が募っているので、マーケティング面でいかにフォローできるかにかかっているのですが、三菱がそのあたりがうまいかどうかはわかりません。ただ、海外のエアショーを見ても、ボンバルディアなどに勝るPRはできていないですね。今後は、マーケティングと各国でのサポートサービスの体制づくりが鍵になるでしょう。航空業界にいる者としては、そこの奮起に期待したいです」(同)
国家の威信をかけて離陸したスペースジェット事業は、無事に着陸できるのだろうか。
(文=沼澤典史/清談社)