サウジアラビアのなりふり構わぬ原油大増産の動きが顕著になっている。日量973万バレルだった原油出荷量を4月には同1230万バレルへと大幅に引き上げることに加え、サウジアラビアのエネルギー産業鉱物資源相は11日、原油生産能力を日量1200万バレルから同1300万バレルに増強するよう、国営石油会社サウジアラムコに指示した。
さらに目を見張るのは、世界市場におけるシェア拡大戦略であるが、最大のターゲットは3年以上にわたり協調減産を主導してきたロシアである。サウジアラビアは13日からロシア産原油の最大の供給先である欧州市場に対して、ロシアが供給するウラル産原油価格(1バレル=30ドル強)を下回る1バレル当たり25~28ドルという安値で原油販売を開始した。
サウジアラムコはフランスのトタールやイタリアのENI、英国のBPなどの欧州の石油大手とすでに接触しており、関係筋は「欧州からインドまで世界中の原油をロシア産から自国産に置き換えることが狙いである」としている(3月14日付ロイター)。
第2のターゲットは米国市場である。サウジアラビア最大のタンカー会社は11日、同国産原油を米国向けに輸出するための船舶(超大型原油タンカー、1隻当たり約200万バレルの原油輸送が可能)を5隻契約するという異例の動きに出ている(3月11日付ブルームバーグ)。
サウジアラビア政府は18日に開催予定のOPECプラス(OPEC加盟国とロシアなどの非産油国)の実務者レベル会合をキャンセルし、6月10日に開催されるOPECプラスの閣僚会議の参加にも否定的な姿勢を示している。
サウジアラビアから「喧嘩」を売られたかたちのロシアだが、OPECプラスによる再協議に前向きな姿勢を示しつつも、今後日量30~50万バレル増産する意向である。米国の足元の原油生産量は日量1300万バレルと過去最高レベルであるが、現在の原油価格(1バレル=30ドル前後)で採算がとれるのはエクソンモービルやシェブロンなど米石油大手などに限られる。トランプ政権は13日、米国内での原油の過剰供給を回避するため、戦略石油備蓄(SPR)を積み増す方針を明らかにした。
ムハンマド皇太子の暴走
破滅的ともいえるサウジアラビアの石油政策を主導しているのはムハンマド皇太子であるとの見方が一般的である。「ビジョン2020」を掲げ、脱石油政策を推進しているムハンマド皇太子は2016年5月時点で、「原油の希少性が薄まった現在、減産して市場シェアを奪われるよりも低価格で増産する戦略のほうが合理的である」と意向を示していた。その後、2017年1月からOPECプラスによる協調減産という従来型の石油政策が実施されていたが、今年3月のロシアとの協議決裂を奇貨として、自らの路線を鮮明にしたのではないだろうか。
だが、この方針転換はOPECはもちろん、ロシアや米国などすべての産油国にとって災い以外の何者でもない。サウジアラビア自身もすでに苦境に陥っている。サウジアラビア政府は11日、各機関に対し、少なくとも20%の予算削減案を提出するよう要請した。国際通貨基金(IMF)によれば、サウジアラビアの予算を均衡させる原油価格は1バレル=83ドルであり、当初から赤字を見込んでいた今年の予算執行が一層厳しくなっている。大増産を予定しているサウジアラムコでさえ今年の設備投資計画の下方修正を余儀なくされている。
新型コロナウイルスの感染の世界的拡大で、中国のみならず世界全体の原油需要が落ち込むことが予想される中で、「サウジアラビアに続け」とばかりにこぞって世界の産油国が増産に舵を切れば、原油価格は1バレル=20ドル割れも現実味を帯びてくる。
高まる軍事攻撃リスク
サウジもろとも地獄に落ちることをなんとしてでも回避したい勢力にとって、残されているのは軍事的手段(石油施設への攻撃)しかないのではないだろうか。
筆者の頭をよぎるのは、昨年9月14日のサウジアラビアの石油施設への大規模攻撃の再来である。この攻撃については、サウジアラビアが5年以上にわたり軍事介入しているイエメンのシーア派反政府組織フーシ(フーシ)が犯行声明を出しているが、他国からの協力なしには実施するのは不可能だったといわれている。
そのフーシが2月21日、サウジアラビア西部ヤンブーのサウジアラムコの石油施設を標的に、複数の弾道ミサイルを発射している。紅海に面するヤンブーは、欧米向けのサウジアラビア産原油の大輸出基地である。大油田地帯があるサウジアラビア東部から約1200kmに及ぶ石油パイプラインが敷設されており、輸送能力は日量480万バレルである。当該パイプラインの現在の利用量は日量約200万バレル程度であることから、サウジアラビアが欧米向けの原油輸出を拡大するためには、このパイプラインがフル稼働することになる。
サウジアラビアの大増産を防ぎたい勢力にとって、ヤンブーの石油施設を攻撃することが最も合理的な軍事的選択肢だということがわかる。2月下旬のフーシによるミサイル攻撃はサウジアラビアが主導するアラブ連合軍によって迎撃され、被害が生じなかったようであるが、他国の協力が得られれば、ヤンブーの石油施設への大規模攻撃の成功確率は飛躍的に高まることだろう(3月10日付ZeroHedge)。
以前から「何が起きてもおかしくない」と言われる中東地域だが、ますます風雲急を告げているのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)