年明け1月3日の米WTI原油先物価格は1バレル=64ドル台に急騰、昨年9月のサウジアラビア石油施設攻撃直後の高値(63ドル後半)を超えた。1月2日にイラン革命防衛隊の精鋭組織(コッズ部隊)のソレイマニ司令官が、イラクの首都バグダットで米軍のドローン攻撃により死亡したからだ。
革命防衛隊とは、イラン指導部の親衛隊の性格を持つ軍事組織(兵員数は12万5000人)であり、陸海空軍とは別にイラン革命が起きた1979年に設立された。そのなかでコッズ部隊は対外工作や情報活動を取り仕切ってきたといわれている。
ソレイマニ氏は1998年にコッズ部隊の司令官の座に就き、シリアやイラク、レバノンなどでイスラム教シーア派の民兵組織を支援し、東地中海につながる「シーア派の三日月地帯」と呼ばれる地域でイランの影響力を拡大させる立役者であった。「イラン最高指導者ハメネイ師の懐刀を暗殺されたイランが米国に報復し、米国とイランの間で軍事衝突が生じる」との懸念から、年明けの相場開始から原油価格が急騰したのである。
原油価格はしばらくの間、高値が続く可能性があるが、米国とイラン双方が全面戦争を望んでいないとされていることから、小競り合いは続くものの、ただちに第3次石油危機に発展することはないだろう。
イラク内で強まる「反イラン」
だが筆者は、「ソレイマニ司令官が暗殺されたことでイラク発石油危機が勃発するのではないか」と懸念している。暗殺されたソレイマニ氏はイラクの親イラン勢力の立て直しのためにバグダットに入っていた(1月4日付日本経済新聞より)が、イラクでは昨年10月上旬以降、生活苦を訴える大規模な抗議デモが続いており、「無政府状態に近づいている」といっても過言ではない。各政党や民兵組織が国庫を「現金自動支払機」のように扱い、自らの縄張りの拡大に終始している状況に、イラク国民の「堪忍袋」の緒が切れてしまったのである。
イラク国民の怒りはイラクの内政に介入しているイランにも向かっている。直近の動きを見てみると、イランの勢力下にある治安部隊の弾圧により450人以上の犠牲者が出たことから、イラクのアブドルマハディ首相は11月下旬に辞任を表明したが、その後任選びが難航している。サレハ大統領は、12月26日イランの影響下にあるシーア派民兵組織を率いる政党連合が推薦するエイダニ・バスラ県知事を首相に指名することを拒否し、自らも大統領職を辞任する意向を表明した。
イラク憲法では「議会(定数329)が推薦する首相候補を国家元首である大統領が指名する」ことになっているが、「弾圧が最も過酷だったバスラ県の知事を首相に任命すれば国内の混乱がさらに高まる」として、サレハ大統領は自らの地位を犠牲にしたのだろう。
首相に加え大統領も辞任を表明したことで、下火になっていた抗議デモは再び勢いを取り戻している渦中にあって、政治情勢の安定化に奔走していたのがソレイマニ氏だった。退任を表明したアブドルマハディ氏を難産の末、首相の座に就けたソレイマニ氏は、イラク国内の「反イラン」の逆風にめげず「親イラン」の後継選びに躍起になっていた矢先の「殉職」となった。抗議デモ参加者は弾圧の元締めであった宿敵ソレイマニ氏の暗殺に歓呼の声を上げており(1月5日付BBCより)、「根本的な体制変換」という彼らの要求が現実味を帯びてきたと考えているのではないだろうか。
40年前のイラン革命を彷彿
復活しつつある抗議運動のなかで存在感を高めているのが、シーア派でありながら反イランを鮮明に打ち出している宗教指導者のサドル師である(12月24日付アルジャジーラより)ことも気になるところである。
混乱が増すにつれてサドル陣営に民意が集まる情勢は、「1978年9月親米のパーレビー国王の軍隊の強硬策が裏目に出てデモ隊の主張が『イスラム国家樹立』と過激化し、1979年2月の宗教指導者のホメイニ氏の帰国により反体制勢力が政権を掌握するに至った」という40年前のイラン革命を彷彿とさせる。
首都バグダットとともに抗議運動が盛んなのは、大油田地帯を擁する南部地域である。12月28日、「祖国がない。石油もない」と叫ぶデモ隊が南部ナシリヤ油田の施設に侵入、職員に命じて電力を遮断し油田の生産を妨害するという事案が発生した(12月28日付ロイターより)。ナシリヤ油田は操業停止に追い込まれ、日量約8万バレルの原油生産が失われたことから、その穴埋めのためにバスラ油田で増産が行われている(12月30日付ブルームバーグより)。
イランとの緊張関係の高まりを受け、米国政府はイラクの原油生産で中心的な役割を担う米国人の国外退去勧告を出している(1月3日付OILPRICEより)。イラン革命の勃発により日量560万バレルの原油供給がストップしたことから、原油価格は3倍に急騰した(第2次石油危機)。イラクでも、当時のイランと同様に大量の原油生産(日量約460万バレル)が停止するリスクが日増しに高まっているのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)