コロナ騒動で売り上げが激減しているタクシー業界だが、緊急事態宣言から2週間がたち、少しだけ上向いてきた。乗客の大幅減少に伴い休車を出す会社が増えたことで、1台当たりの売り上げは少しだが回復している。需給のバランスがとれてきたわけだ。東京都内で乗務するドライバーは「時給500円が800円ぐらいにはなったかな」と語ってくれた。
もっとも、出勤台数重視の会社がある地域はそうはいかない。「月12勤務を減らすと歩合率を下げる」との方針を変えない埼玉県の某社のドライバーは、相変わらず時給500円から抜け出せないそうだ。
「コロナ患者の搬送」と「買い物代行」
緊急事態ならではの業務を始めた会社も少なくない。日本一の台数を誇る日本交通は「新型コロナウイルス宿泊療養者の搬送受託」を行うことを発表した。同社のサイトによると、ジャパンタクシーの特殊車両で運転席と後部の患者搭乗席を完全に仕切り、飛沫感染を防止するという。患者とは一切接触せず、通常のタクシーではなく専用車両にすることで二次感染を防ぐそうだ。
また、茨城県水戸市のさわやかタクシーグループは、高齢者や在宅勤務者のために「買い物代行サービス」を始めている。同社の大貫裕治代表取締役社長に話を聞いた。
「もともと、コロナ騒動の前からお墓参りなどのお客様をお乗せしておりました。コロナ騒動後は、お客様が対面せずに買い物ができれば、と思ったのです。お墓参りなどは往復料金ですが、買い物なら片道料金だけで済みます。高齢者のお客さんのためにも、できるだけ安く買い物をしています。需要ですか? 1日3件前後です」
利用者はスーパーマーケットを指定して買い物を頼み、タクシーは店に到着した時点でメーターを入れる。買い物代の実費のほか、スーパーから自宅の距離料金(初乗り700円)+買い物にかかる時間料金+500円となるそうだ。
詳細は同社のウェブサイトで確認できる。
「高齢者ドライバー」と「暴言客」が増加
コロナ騒動による乗客や街の変化を、数名のタクシードライバーに聞いてみた。
「車で通勤する人が増えて一時は渋滞がすごかったけど、在宅ワークが加速したのか、最近はそうでもないね。ただ、普段は運転しない人が運転しているのか、赤信号に気付いて急に止まったり、一時停止しないで飛び出したりしてくる車が増えたよ。ただでさえ売り上げが落ちているのに、事故など起こしたらたまったもんじゃない。みんな注意してるよ」とは、千葉県のドライバーだ。
このドライバーは、一時は減っていた高齢者の運転者が再びハンドルを握るようになった、休校中の子どもたちが飛び出してくるため街中は注意している、と付け加えてくれた。一方、以下のように語るのは都心専門のドライバーだ。
「テレワークが増えて、普通のサラリーマンをお乗せする機会が減りました。だからかな、嫌な客が目立っています。朝方に都心まで出勤するミドルの客ですが、道を確認したところ『俺は寝たいのに道を教えなければならない? お前は絶対に成功しないタイプだな』なんて言われて悔しかったです。朝だけに効率はいいですが、『二度と俺に、この客の無線を流さないでくれ』と無線係に言いました。コロナ騒動で業績が悪化して、八つ当たりされた感じです」
日頃のストレスをぶつけられるのは“タクシードライバーあるある”だ。このドライバーは、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」と心の中でつぶやいたという。また、こんなこともあったようだ。
「『そこ右曲がれ!』と交差点のすぐ手前で怒鳴った客に『無理です。次を曲がります』と返すと『てめぇふざけんなよ、なんで曲がらねぇんだ!』とブチ切れられました。ヤクザまがいの暴言を吐く人がいるので、新宿や池袋は避けています」
こんなご時世だからこそ、普通に接してもらいたいものだ。
「大変でしょ、お釣りはいらないわ」
また、早朝や夕刻に長距離客が増えているという。
「朝6時に『高速で兜町まで』と女性客に言われました。聞けば、テレワークを始めたばかりで、午前中に仕上げなければならない仕事があり、必要な資料を取りに行くとのことで、往復してくれました。あと、『“コロナ疎開”をする』という高齢者が都内から水戸まで乗ってくれたことも。一人暮らしの妹と過ごすそうで、3万円の“おばけ客”でしたね」(前出の都心専門ドライバー)
「チップが増えた」と語るのは、浅草を流すドライバーだ。
「これだけ経済が停滞すると、タクシーに乗れるのは仕事に影響が出ていない人たちだよね。『今はお客さんが少なくて大変でしょ?』と聞かれて『はい。もう我慢のとき、修行のときです』と笑って答えると、『お釣りはいらないわ』となりますね。助かりますよ、ホント」
コロナ騒動で多くの人が疲弊している今だからこそ、その人本来の素性が見えてくる。助け合い精神でがんばりたいものだ。
(文=後藤豊/ライター兼タクシードライバー)