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金森努「マーケで斬る」

カフェイン中毒死亡者も…カフェインレスコーヒーが爆発的普及の兆候、寝る前や妊婦もOK

文=金森努/金森マーケティング事務所取締役、マーケティングコンサルタント
カフェイン中毒死亡者も…カフェインレスコーヒーが爆発的普及の兆候、寝る前や妊婦もOKの画像1「Thinkstock」より

 世の中の動きや新商品の狙い、ヒット商品が売れるワケなどを「マーケティング」を切り口として考えてみようという本連載。今回はコーヒー各社が力を入れユーザー層も拡大しているというカフェインレスコーヒーの普及について考えてみよう。

他人事ではなくなってきたカフェイン取り過ぎ問題?

 昨年12月、九州の20代男性がカフェイン中毒死した。海外では過剰摂取による死亡事故がたびたび起きているが、厚生労働省食品安全部も「国内でのカフェイン中毒死は聞いたことがない」とコメントし、常用による中毒での死亡は国内初と報じられた。男性が頻繁に飲んでいたのは「眠気覚ましをうたうカフェイン入り清涼飲料水」であったとのことだが、ここ数年来高まっているカフェイン摂取抑制に対する関心に拍車がかかる一因ともなった。

 カフェインといえばコーヒーがまず想起されるが、カフェインレスコーヒーは、「日経MJ」(日本経済新聞社/5月11日号)によれば、生豆輸入量ベースに換算すると、「コーヒー市場全体から見るとまだ1%にすぎない」とのことだ。だが、同時にコーヒー各社がその品揃えに力を入れ、ユーザー層も拡大しており、カフェインレスのレギュラーコーヒー市場は2015年には11年の約8倍に拡大したとも報じている。ユーザーも従来、主要層は妊婦や授乳期の女性であったが、ユーザー層のボリュームも広がりつつあり、継続性も見込めるセグメントに拡大している。

普及が拡大・加速するワケは

 新しいモノやコトが普及する条件や、それがどの程度のスピードで拡大していくのかについては、米社会学者で普及理論の権威、エヴェリエット・ミッシェル・ロジャース(E.M.ロジャース)が「イノベーション普及要件」として以下の5つの条件を示している。

(1)相対優位性:従来のものと比べ、いかに優れているかがわかりやすいこと。
(2)両立性:価値観や生活を大きく変えるような必要がなく、当面は今まで使っていたものと両立できること。
(3)複雑性:理解できないほどの複雑性を持っていないこと。
(4)試行可能性:本格的な採用の前にお試し(プロトタイプやモニター、サンプルの使用など)によって効果を認識・実感できること。
(5)観察可能性:目に見えない効果ではなく、明らかに効率が上がる、もしくは質が向上するなどの効果が観察・実感できること。特に周囲の人の目に触れて賛辞や共感されるなどして他の人に拡散されること。
(筆者注:ロジャースの著書『イノベーション普及学入門』(1981年)と『イノベーションの普及』(2007年)において同一項目の定義が異なるため、筆者が双方の要素を加味して修正を加えた)

 上記をカフェインレスコーヒーに当てはめて考えてみると、「相対優位性」は各社が力を入れて味の改善に取り組んだ結果、「カフェインレスコーヒー=おいしくない」という構図が崩れ、カフェイン入りの普通のレギュラーコーヒーと遜色なくなっていることが大きいだろう。

 また「両立性」は、カフェインレスを飲んだら、二度とカフェイン入りを飲めなくなるというようなものではない。シーンや気分でも使い分けられる。

 特に「複雑性」はない。「試行可能性」は、メーカー各社がスーパーで試飲コーナーを展開し、新製品を消費者に積極的に試させている(前出・日経MJ記事より)。

「観察可能性」は、従来の妊婦や授乳期の女性への効果は胎児や乳児に現れるので確認できないが、入眠前のシニアや肌を気にする若い女性であれば「飲んでも確かによく眠れた」という実体験ができ、他人からも「最近肌の調子がいい」などと賛辞されれば思わず人にもオススメしてしまうだろう。

 ロジャースの81年版の著書ではこの5つの要件を「イノベーション普及速度」とも呼んでいたが、5つがすべてクリアされた現在、普及が加速しているのはうなずける。

導入期から成長期入りするか?

 ロジャースで最も有名なのは、新しいモノ・コトの普及過程でユーザーには「イノベーター」「アーリーアダプター」「アーリーマジョリティー」「レイトマジョリティー」「ラガード」の層が存在し、普及過程として「導入期」から「成長期」「成熟期」を経て「衰退期」に至るとした理論だ。

 わかりやすく日本語にすれば、アーリーアダプターとは「目利き」であり、新しいモノ・コトの価値をきちんと理解・評価して採用する人。アーリーマジョリティーは、「ちょっと気の早い大衆」で、自ら目利き能力はないが、アーリーアダプターの行動をよく見て「あの人が採用したなら安心だ」と採用に至る。この層は「マジョリティー=大衆」なので、この層に着火すると一気に普及は成長期入りする。その境目はロジャースによれば、イノベーター(革新者)の2.5%とアーリーアダプター13.5%を足した16%(この場合の母数はレギュラーコーヒーユーザー)だとしている。

 従来は我が子のためにストイックに味を我慢していた母というイノベーターが用いていたカフェインレスコーヒーも、普及要件を満たし、自らの肌を気にする若い女性や今日の日本における一大勢力であるシニア層が価値を認めたということになる。統計的な数字はまだ小さくとも、カフェインレスコーヒーが大衆化し大きく成長する可能性は高いのではないか。
(文=金森努/金森マーケティング事務所取締役、マーケティングコンサルタント)

金森努/金森マーケティング事務所取締役

金森努/金森マーケティング事務所取締役

有限会社金森マーケティング事務所取締役・マーケティングコンサルタント。グロービス経営大学院客員准教授(マーケティング・経営戦略)、青山学院大学経済学部非常勤講師(ベンチャービジネスとマーケティング)兼務。東洋大学経営法学科卒。大学でマーケティングに触れ、大手コールセンターに入社。顧客の「顧客の生の声」から、「この人はナゼ、こんなコトを聞いてくるんだろう」「ナゼ、こんなモノを買うんだろう」など、消費者行動に興味を覚え、深くマーケティングの世界に踏み込む。その後、コンサルティング会社や広告代理店を経て、2005年に独立。マーケティング一筋四半世紀以上を過ごす。新商品の上市計画や売れない商品の復活プラン策定などを得意とする。コンサルの現場・教育・執筆では、一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。

●著書
『図解 よくわかるこれからのマーケティング』(同文舘出版)
『“いま”をつかむマーケティング』(アニモ出版)
●共著書
『ポーター×コトラー 仕事現場で使えるマーケティングの実践法が2.5時間でわかる本』(TAC出版) 等

有限会社金森マーケティング事務所ホームページ

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