クラシックオーケストラ、テニスや野球より過酷?上演4日間・演奏時間15時間の超大作も
テニスのグランドスラム(4大大会)のひとつとして有名なウィンブルドン大会(英ロンドン)において、2010年にとてつもない記録が生まれました。それは男子シングルスの1回戦で、フランスの二コラ・マユとアメリカのジョン・イスナーの試合が、なんと11時間5分という、テニス史上最長を記録したのです。最終セットだけでも8時間以上もかかったこの試合は、2回の日没を挟んで3日間かけて、やっと決着がついたのです。
日本の野球も負けていません。プロ野球の最長試合時間の記録は1992年9月11日の阪神タイガース対ヤクルトスワローズ(現東京ヤクルトスワローズ)の試合です。6時間26分もかけたにもかかわらず延長15回、3対3の引き分けに終わり、試合終了の時刻は翌日の午前0時26分でした。終電を逃して帰宅できないファンもたくさんいたのではないでしょうか。ちなみに、現在は12回までで試合は終了する規定になっています。
他方、米大リーグはイニング制限がないので、もっと大変です。1981年のマイナーリーグでの話ですが、延長32回で審判はサスペンデッドを宣言して翌日に持ち込むことになったのです。結局、この試合は8時間25分もかかった最長記録となりましたが、翌日再開すると33回、つまり1イニングで試合が決まるという落ちとなったことも話題となりました。
それに引き換え、サッカーやラグビーの場合は、最初から試合時間が設定されているので、終電の心配はないでしょう。同じく、音符を追って演奏するコンサートの場合も、開始と終了時間は決まっています。
ところが、そんなオーケストラコンサートが時間通りに終わらずに、ホールに高い延長料金を泣く泣く支払う羽目になることも、よくあるのです。
オーケストラのプログラムが予定通りに進まない理由
演奏会を企画する上で一番大切なのは、プログラムづくりです。オーケストラの企画担当者にとっては腕の見せ所です。標準的なプログラムを例にすると、1曲目はオーケストラのみの短い序曲。2曲目目はソリストとの協奏曲。そして休憩を挟んで、いよいよ指揮者とオーケストラの腕の見せ場、交響曲です。
日本でのオーケストラ演奏会は、平日は19時から21時、日曜・祭日は14時から16時の場合がほとんどなので、2時間以内でプログラムをまとめなくてはなりません。そこで、10分の序曲、30分の協奏曲、休憩20分……とプログラムをつくっていくと、60分の交響曲を演奏できることになります。しかし、そんなプログラムづくりをしてしまったら、ホールの延長料金は間違いなしで、企画担当者は責任を問われる事態となります。
皆さんも、小中高時代の学芸会などの発表の際に、リハーサルでは時間内に収まっていたにもかかわらず、本番では時間がオーバーしたという経験がないしょうか。これには観客の存在がかかわっています。
まず時間をロスするのは、さまざまなご都合で開演ギリギリになって来られる観客です。会場係員も相手はお客様ですから、急いで来られる方が見えていれば、冷酷にドアをピシャリと閉めることなどできません。さらに、遅れて来た観客の席が列の真ん中にあったら、もっと大変です。ほかの観客はすでに座っているので、指定の席にたどり着かれるまで待っていると、ますます時間が過ぎていきます。
その後、オーケストラの登場、チューニング、指揮者の登場、観客の拍手まで入れると5分程度はすぐになくなってしまいます。
1曲目の序曲が終わったあとも、舞台を協奏曲用に替えなくてはなりません。実は、これが結構、時間を食ってしまうのです。特に、ピアノ協奏曲のように楽器を設置する必要がある場合は、かなり時間がかかってしまいます。
演奏後にソリストが何度もカーテンコールを受けている時間もバカになりませんし、ソリストが短いアンコールなどを弾いたら、あっという間に1時間近く経過してしまいます。そして20分間の休憩。
「トイレが混んでいた」と言いながら、ドアが閉まる寸前に駆けこんでくる観客の方々、オーケストラ再登場、チューニング、演奏前後に観客からの拍手、そうこうしていると35分の交響曲くらいしかできなくなります。ところが、35分くらいで終わる交響曲は、モーツァルトやベートーヴェンくらいしかありません。ブラームスやチャイコフスキーなどの長い曲を演奏してしまうと、大変なことになります。
しかし、そこは日本人の優秀さが支えてくれます。世界最高級のスピードとレベルを持ったステージスタッフがカバーしてくれることで、2時間で収めてしまうのです。
しかしながら、すべて完璧に計算したにもかかわらず、企画担当者が真っ青になってしまう事態に陥ってしまうことがあります。たとえば、指揮者のテンポがとても遅く、予想以上に時間がかかりそうなときは、延長料金を覚悟することになるでしょう。朗々としたテンポで雄大な音楽づくりをしている大指揮者に対して、演奏会中に「マエストロ、申し訳ないのですが時間が伸びそうなで、ちょっと早く指揮をしてもらえないでしょうか?」などと言うことはできないからです。
4日間もかかる超大作がある
スポーツの試合時間について話を戻しますと、実は試合時間が一番長いのは、野球のルーツでイギリスでは今もなお盛んな「クリケット」だと思います。試合に約6時間かかるために、試合の間にティータイムや、ランチタイムも挟んで行われるくらいです。そして、ナショナルチームによって行われる国際試合テスト・マッチともなると、なんと試合は6時間を5日間もやって、やっと決着をつけるのです。つまり、計30時間の試合時間となります。
一方、音楽も負けてはいません。それは、ワーグナーが作曲した歌劇『ニーベルングの指輪』です。上演には4日間もかけ、演奏時間は合計15時間もかかる超大作です。指揮者は止まることなく指揮をし、オーケストラは演奏をし続けるわけなので、攻撃と守備で交代するクリケットより大変です。もちろん、幕間には長い休憩を挟んでいますが、初日に演奏する『ラインの黄金』は休憩がない一幕物なので、演奏側も観客側も2時間半ぶっ通しです。それでも、時間を忘れるほど素晴らしく、体感時間が短くなるのが、音楽の不思議さです。
(文=篠崎靖男/指揮者)