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佐藤信之「交通、再考」

総工費9兆円超…リニア新幹線、コロナ禍で一転してJR東海の“お荷物”になる懸念

文=佐藤信之/交通評論家、亜細亜大学講師
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中央新幹線営業運転に投入予定のL0系(「Wikipedia」より/Hisagi」

 JR東海は今回の新型コロナウイルスの拡大によって、大きな影響を被っている。

 新型コロナウイルスは、中国の武漢で昨年の11月には発生が確認されていたという。1月まで公式に発生が公表されなかったために急速に感染者が増えて、その後、世界的な感染爆発へと進むという最悪な展開となってしまった。

 日本では、東シナ海を航行していた大型クルーズ船の「ダイヤモンド プリンセス」が、香港で下船した乗客が新型コロナウイルスに感染していたことが判明し、2月3日急遽クルーズの日程を短縮して横浜港に入港した。その段階では水際での感染防止ができると皆が信じていた。それが気のゆるみとなったのか、船内での感染の拡大を許すことになってしまった。

 中国では「民族の大移動」とたとえられる春節を迎えた1月末、すでに武漢では多くの感染者を出し、省内の他の都市に伝播していた。そして1月24日から1週間、中国から日本に多くの観光客がやってきた。政府は、新型コロナウイルスの国内感染よりも国内の経済活動への影響を重大に考え、中国からの入国を規制できずにいた。

 日本国内では、1月16日に日本に住む中国籍の人物が最初の感染者となったが、大規模に感染者が増えたのは2月中旬以降であった。4月に入って感染者が急増して半ばにピークを迎え、5月に入ってようやく今期の流行は収束へ向かうことになった。

 世界中の国々が感染国・地域からの入国制限を実施し、日本も当初武漢などに限定していた入国制限を全土に拡大、韓国に対しては相互に入国制限の措置が取られた。日本にとって中国は、インバウンド数の国別1位、韓国は2位である。その後アメリカ、ヨーロッパに対しても渡航が制限されることになり、これにより国際・国内の航空輸送や国内の鉄道輸送、高速バスや貸切バスなど広範囲の交通機関に大きな影響を与えることになった。

JR東海への影響

 JR東海はJR各社の中では鉄道事業の比率が大きく、さらに東海道新幹線の収益が大きい。中部地方を中心に、東海道本線熱海~米原間のほかローカル線も経営しており、名古屋近郊では通勤輸送など地域の重要な大量輸送機関としての役割を担っている。しかし、それらの鉄道事業全体に対する収益比率は小さく、ほとんど東海道新幹線で利益を上げているという特徴を持っている。

 政府は、国内での感染拡大を避けるために、2月末に時差通勤やテレワークの実施などの協力を要請したが、影響は通勤・通学だけにとどまらなかった。国内での出張や観光旅行が控えられ、その結果、東海道新幹線では2月中は旅客数が前年同期比で8%減少。3月は、東海道新幹線が59%減、在来線の特急は58%減と悲惨な状況である。名古屋近郊だけは27%減と影響が比較的小さかった。いずれにしても鉄道事業の旅客数は前年同月比で半減を超える大きな影響があったことになる。

 JR東海の2020年3月期決算では、連結営業収益は334億円の減である。新型コロナの影響額は、東海道新幹線304億円、在来線5億円におよぶという。対前年比は、それぞれ2.4%減、0.5%減である。

 東海道新幹線は、3月14日のダイヤ改正で増発した分に相当する臨時列車を運休し、4月11日からは定期列車の一部も運休して「のぞみ」を1時間に3本の運転とした。国鉄時代の線路修繕のための半日運休を除いて、開業以来の大規模な運休となった。

 JR東海は、昨年の10月29日に年度の運輸収入の予測を140億円上方修正して前期より243億円多い1兆4210億円としていた。これが新型コロナウイルスにより、前年度より310億円減少して1兆3656億円となった。今年度は、さらに影響が拡大しかねない状況にある。

JR東海の収支構造

 ところで、JR東海はリニア中央新幹線の建設を進めているが、東海道新幹線の輸送力の限界と、リニア技術の輸出が目的であるが、この大規模プロジェクトを可能にした背景には特殊な収支構造が存在している。

 国鉄が分割・民営化した際に、JR各社の利益が一定値に収まるように利益調整の措置が取られた。JR北海道、四国、九州のいわゆる「JR3島会社」には持参金として経営安定基金が与えられ、その運用益で鉄道の運輸収入の不足を埋めることになった。他方、JR東日本、東海、西日本のいわゆる「JR本州3社」には、運行する新幹線の車両・施設をJRが引き継がず、新幹線保有機構を設けて、JR本州3社はリース料を払って使用することになった。このリース料が各路線の負債額にかかわらず、収益力に応じて決められたため、東海道新幹線が総額の半分以上を負担することになった。

 もともと国鉄の社内で運賃収入をプールして建設費用を返済していた仕組みをそのまま継承したのであるが、別々の会社になっても、比較的建設時期が新しく未償却施設の多い東北、上越新幹線の負担を、減価償却が進んでいた東海道新幹線が被ることになった。東北、上越新幹線を運営するJR東日本は首都圏の通勤路線を経営して大きな利益を出していたので、なおさらJR東海にとっては不公平感が募ることになった。

 JR東海は、新幹線の施設を保有しないことから、設備投資に充てられる減価償却費が十分に計上できなかった。また将来新幹線に支払っているリース料が増加するのか、いつまで支払い続けなければならないのかという疑問を感じ、新幹線施設の譲渡を求めることになる。そして、JR他社も、少なからずメリットがあることからこれに同調し、最終的に平成3年10月に譲渡が実施された。

 この金額は総額9兆1767億円であった。そのうち1兆826億円は、整備新幹線の建設財源として60年間で返済し、残りの8兆939億円は国鉄改革時から数えて30年目、譲渡時点からは25年半後の平成28年度までに返済することになった。この部分はすでに返済は終了している。この譲渡代金を各路線へ配分する場合も、路線ごとの収益力に応じて調整されたため、JR東海の返済額は全体の55.5%にあたる5兆956億円にのぼった。

 これは東海道新幹線の旅客に過大な負担を強いるものであり、本来、別会社の新幹線の利用者が負担すべきものをなぜ東海道新幹線の旅客が負担しなければならないのかという、公平性の問題が生まれた。ただ、これはもともとJR本州3社間での収益調整の目的で編み出された手法で、国鉄改革のさまざまな取り決めの中のひとつであり、これだけをどうにかすれば良いということにはならないという事情がある。

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 東海道新幹線は、徐々に増加するGDP(国内総生産)に対応して、旅客収入が増加していった。一方で修繕費と減価償却費の減少により、営業利益は平成22年度の3254億円から平成30年度には6677億円に倍増、経常利益も、平成22年度の2075億円から平成30年度は5901億円に増加した。それに加えて、新幹線の譲渡代金のうち大半が平成28年度に返済を終了した。平成22年度には、JR東海は2661億円を支払ったが、そのうち2259億円に相当する分が平成28年度に完済したのである。それにより、キャッシュフローでも2000億円をこえる余裕ができた。

リニア中央新幹線

 大幅な経常利益率の上昇があるならば、公益事業として運賃・料金の引き下げが問題になるのであるが、ここでJR東海は、新たな大規模プロジェクトを立ち上げた。リニア中央新幹線である。1年に2000億円あまりの財源があるので、建設期間を10年とすると2兆円が確保されている。建設費は5兆5235億円と見込まれ、差額の3兆円余りは借入金で調達する予定であった。開業後(令和9年度末)の運賃・料金収入で十分返済できる計算であった。整備新幹線の中央新幹線として建設するが、財源はすべて自己資金で調達可能ということになった。

 ところで、北陸新幹線や九州新幹線などの整備新幹線はさまざまに政治のかけ引きに利用され、国が工事に干渉してきた。それにより運行会社としては意に沿わないことも飲まなければないこともあった。整備新幹線のスキームで建設すると着工の順番はいつになるかわからないので、自己資金での建設としたと公式には説明したが、むしろ、政治に口を挟んでほしくないという、JR東海の意図があった。

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 しかし、その後、名古屋~大阪間の開業時期を8年繰り上げるためという名目で、3兆円の財政投融資資金が投入されることになる。平成28年度と29年度にそれぞれ1兆5000億円が貸し付けられた。もともとJR東海にとってメリットの小さい資金であるので、貸し付け条件は極めてJRに有利な内容で、38年半ないし40年猶予の後10年で返済すること、平均金利0.68%である。40年目というのは、大阪まで開業した時から数えて10年目である。とにかく悠長な返済条件である。

本年度設備投資

 JR東海は、令和2年度設備投資を連結8180億円(前年度比1939億円増)、単体6880億円(同1883億円増)と大幅な増額を計画している。うち中央新幹線の分が3800億円である。東海道新幹線を含むその他路線に対する設備投資額は3080億円で、中央新幹線に対する投資額を720億円下回わる。そのうち930億円が輸送サービスの充実に充てられ、東海道新幹線では3月のダイヤ改正で車種の統一による最高速度285キロ運転による「のぞみ12本ダイヤ」を実施したが、さらに地震ブレーキ距離の短縮、状態監視機能の強化したN700S系の量産を開始する。令和2年度から4年度までに40編成を新造する計画で、そのうち12編成が令和2年度に完成し、同年7月に営業を開始する予定である。

 また、在来線では新型電車315系を令和3年度から7年度までに352両を新造してJR化後の初期に製造された車両の取り換えを進める。さらに、高山線や関西線・紀勢線で使用している特急気動車を取り換えるために、HC85系ハイブリッド気動車の試作車が完成済みであるが、令和4年度には営業に投入する計画である。

 海外展開では、アメリカテキサス州で進められている高速鉄道プロジェクトに対して、日本側企業とともにコアシステムの受注を目指すとしているほか、超電導リニアの技術をアメリカ東海岸の北東回廊地区に導入すべくプロモーション活動を進めるという。中央新幹線の完成がアメリカでのリニア売込みの最大のアピールとなるため、中央新幹線のプロジェクトの遅滞は許されない。しかし、現在、静岡県との間で、大井川水系の水源問題で調整が難航している。名古屋まで令和9年の開業を目標としているが、現状ではなかなか厳しい状況である。それに加えて今回の新型コロナウイルスによる大幅減収・減益である。

 工期が伸びるということは、すくなくとも間接費の増加、利払いの増加が発生する。さらに開業が遅れるということは、その年数分だけ収益を失うことになる。名古屋開業後に大阪延伸の工事が始められるが、これも遅れることになりかねない。

おわりに

 JR東海は、実質1か月間で300億円あまりの運輸収益が減少した。グループ全体では、駅ビル・商業施設、ホテルの影響額も加えると334億円となる。今年度は、4月から6月までは3月を超える深刻な収益減となるであろう。仮に年度内平均3割程度の運輸収入が減少するとすると、鉄道だけで4200億円の減収となる。コスト削減がないとすると減益額は、前年度の単体最終利益3788億円、連結最終利益3884億円を超えることになる。

 また今回の新型コロナウイルスの問題が長引くと、企業や国民の交通機関利用の習慣が変化する可能性がある。つまり近く運用が開始される5G通信方式によれば、社員を出張させなくても快適にテレビ会議ができる。都心のオフィスに通勤しなくても近郊の自宅で仕事が済ませられる。そうして全国の地域間の旅客流動が減少すると予想されるが、それによりリニア新幹線ができても見込んだだけの需要がないかもしれず、収支計画が狂うかもしれない。名古屋開業後の経営安定を前提に大阪延伸工事が始まることになっているが、これも遅れるかもしれない。

 リニア新幹線は、未来の交通機関で夢があるが、下手をすると荷物になりかねないという危うさがある。

佐藤信之/交通評論家、亜細亜大学講師

佐藤信之/交通評論家、亜細亜大学講師

交通評論家、亜細亜大学講師、Yahoo!オフィシャルコメンテーター、一般社団法人交通環境整備ネットワーク相談役


亜細亜大学で日本産業論を担当。著書に「鉄道会社の経営」「新幹線の歴史」(いずれも中公新書)。秀和システムの業界本シリーズで鉄道業界を担当。

 4月19日『鉄道と政治、政友会、自民党の利益誘導から地方の自立へ』中公新書発売。

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