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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

テレワークに絶対不可欠な半導体の生産を止めるな!PCR検査の遅れで加賀東芝工場停止

文=湯之上隆/微細加工研究所所長

コロナ禍で普及したリモートワーク

 在宅勤務によるテレワーク、リモート診療、オンライン授業――。

 新型コロナウイルス(以下、コロナ)の感染拡大を防止するため、人と人との接触を8割減らすよう連日、政府や都道府県の知事等が呼び掛けた結果、PC、タブレット、スマートフォンなどの端末を使った上記のリモートワークが急速に普及している。

 筆者も緊急事態宣言が出された4月7日以降、仕事のための外出をすべて自粛し、毎日のようにウェブ会議を行っている。最初は慣れない操作に戸惑いもあったが、使いこなしていくと、非常に便利だと思うようになった。

 例えば、5月17日(日)~20日(水)の4日間、ドイツで開催される予定だった半導体メモリの国際学会“International Memory Workshop(IMW)”が、オンライン形式で実施されることになった。筆者はIMWを取材する予定しており、当初は飛行機代やホテル代など40~50万円の出費を覚悟していた。ところが、オンライン学会なら、これらの費用は一切かからない。フリーランスのジャーナリストとして、これほどありがたいことはない。

 また、在宅勤務でテレワークを行っている企業の社員などは、通勤時間を節約できるし、満員電車で疲弊することもない。今まで通勤で消耗していた時間とエネルギーのすべてを、仕事に注ぐことができる。日本の労働生産性は、これを機会に改善されるのではないかと思う。

 現在、コロナの感染拡大の第1波はピークアウトし、緊急事態宣言が解除され始めている。しかし、一度普及したリモートワークを継続する企業は多いだろうし、真の働き方改革を実行するなら、これをきっかけにリモートワークを定着させるべきであると思う。

リモートワークには半導体が必要不可欠

 しかし、リモートワークの定着のために解決しなくてはならない課題がある。リモートワークには、PC、タブレット、スマートフォンなどの端末のほかに、通信基地局、データセンタが必要不可欠である。そして、これらの電子機器や設備には、多種多様な半導体が大量に必要となる。

 これらの半導体は、輸入しているものもあれば、国内で製造しているものもある。したがって、リモートワークの普及と定着のためには、少なくとも国内の半導体工場の稼働を止めてはならない。また、半導体の製造に使われる各種の半導体製造装置(その部品や設備)および各種の半導体材料の供給も止めてはならない。

 ところが、PCR検査の遅延が原因で、石川県にある加賀東芝エレクトロニクス(以下、加賀東芝)のパワー半導体工場が4月16~30日の2週間、生産を休止した。筆者の知る限りでは、加賀東芝は世界で初めてコロナで生産を休止した半導体工場となった(詳細はJBpressの記事を参照ください:『加賀東芝工場でクラスター、悔やまれるPCR検査遅延』)。

 日米欧の各国では、コロナの第1波が終息に向かい、緊急事態宣言や都市封鎖が解除され始めている。しかし、新たにロシア、ブラジルなどの南米、インドなどのアジアで、感染爆発が起きている。加えて、一度終息した韓国では、100人を超えるクラスターが発生し、第2波の到来が現実となっている。日本でも、いつ第2波、第3波が襲ってきてもおかしくない状態といえる。

 そこで本稿では、“第2の加賀東芝”を出さないために、半導体関連企業の工場を止めないための提言を行いたい。以下では、まずリモートワークに使われるPCなどには、具体的にどのような半導体が使われているかを解説する。次に、加賀東芝でどのようにクラスターが発生したのかを簡単に説明する。さらに、半導体工場を止めないためにはどうしたらいいかを論じる。

 結果としては、政府や業界団体の支援を当てにすることはできないため、各企業が自己防衛するしか方法はないという結論を導く。

テレワークに使うPCに必要な半導体

 図1に、テレワークに使うPCにはどのような半導体が搭載されているかを示す。

テレワークに絶対不可欠な半導体の生産を止めるな!PCR検査の遅れで加賀東芝工場停止の画像1

 まず、PCのフレームの上部にカメラモジュールがついている。このカメラの中には、売上高で世界シェア50%を超えるソニーのCMOSセンサーが搭載されている。次に、PCの演算を行う半導体として、米インテルがトップシェアを占めるプロセッサが搭載されている。そして、プロセッサのすぐ近くには、ワーキングメモリとして、DRAMが配置されている。DRAMのシェア1位はサムスン電子、2位はSK Hynix、3位は米マイクロンであるが、そのマイクロンには2013年に買収された旧エルピーダの広島工場が含まれている。

 また、Windows10などOS(Operating System)を格納したり、各種ファイルのデータを保存するためにSSDが搭載されている。そのSSDの基幹部品には、キオクシア等が製造するNANDフラッシュメモリが使われている。

 さらに、インターネット通信を行うために、米クアルコム等が設計し、台湾のTSMCが製造した通信半導体が使われている。そして、PCに電源を供給するACアダプタには、加賀東芝などが製造するパワー半導体が内蔵されている。

 こうしてみると、PCには多種多様な半導体が使われていることがわかる。プロセッサや通信半導体など、国内で製造できない半導体もある。しかし、これらの半導体の製造には、日本製の半導体製造装置と半導体材料が欠かせない。

 そして、上記のすべての半導体、その製造に使われる装置や材料、どれ一つ欠けても、PCをつくることができない。加えて、テレワークを行うためには、通信基地局やデータセンタが必要であるが、ここにも多種多様で大量の半導体が使われている。

 コロナ禍にあって、世界にはテレワークが急拡大している。米国では約80%ものビジネスパーソンがテレワークを行っているといわれている。日本では30%にも満たないが、今後、増大することは間違いないだろう。要するに、PCなどの端末、通信基地局、データセンタなどテレワークに関係するシステムは、社会インフラになりつつあるということだ。そして、半導体はその社会インフラを支える基幹部品であるといえる。世界では、このような産業をエッセンシャル・ビジネスと呼んでいる。

加賀東芝の生産休止の事例

 欧米などの諸外国では、半導体および製造装置産業を明確にエッセンシャル・ビジネスと位置付け、過酷なコロナ禍にあっても、その工場の稼働を政府が支援している。半導体工場が止まった時のネガティブ・インパクトが、あまりにも大きすぎることを諸外国の政府が認識しているからである。

 ところが日本では、パワー半導体を製造する加賀東芝がコロナで生産を休止した。筆者は、石川県のHPの「新型コロナウイルス感染症の県内の患者発生状況」の公開情報を基に、加賀東芝のクラスターの分析を行った。前掲の拙著JBpressの記事から一部引用する。

 加賀東芝でどのように20人のクラスターが発生したかを図2に示す。一目見て、4月6日(月)に発症した134番の男性、および、7日(火)に発症した136番の男性の2人がクラスターの核になっていることがわかる。

テレワークに絶対不可欠な半導体の生産を止めるな!PCR検査の遅れで加賀東芝工場停止の画像2

 次に、上記クラスターの20人について、誰が、いつ発症し、いつ陽性が判明したかを図3に示す。この図を書いて、筆者は驚き、考え込んでしまった。

テレワークに絶対不可欠な半導体の生産を止めるな!PCR検査の遅れで加賀東芝工場停止の画像3

 4月6日(月)および7日(火)に発症した134番および136番の2人が、PCR検査を受けたのが発症から8~9日後の15日(水)である。そして、134番と136番の濃厚接触者や同居者が14日(火)と15日(水)の2日間に次々と発症し、そのすべてが15日(水)~18日(土)までに陽性であることが判明している。このようにして、加賀東芝関係で合計20人のクラスターが発生し、従業員約1000人の同社は、いつ、だれが発症してもおかしくないと判断し、生産を休止したのだろう。

 もし、134番と136番の男性が発症した際、迅速にPCR検査を受けていたら、陽性判明後に、ただちに濃厚接触者や同居者を隔離して検査することができ、14日(火)と15日(水)に大量に発症者を出すこともなく、工場の生産休止は回避できたのではないかと思う。

 日本では、コロナが疑われる症状が出ても、なかなかPCR検査が受けられないことが社会問題となっている。そして、加賀東芝をはじめとする半導体工場では、その稼働に数百~数千人の従業員が必要であり、PCR検査の遅延は致命傷になる。

 幸い、加賀東芝は、2週間休止した後の5月1日に生産を再開した。しかし、もし生産休止が長引けば、社会インフラの維持に甚大な影響が出た可能性がある。そして、PCR検査がスムーズに受けられない状態が解決されなければ、第2、第3の“加賀東芝”が現れてもおかしくないのである。そのような事態は、なんとしても回避しなければならないと思う。

半導体工場を止めるな!

 半導体産業が専門のジャーナリストである筆者は、加賀東芝の生産休止問題を重く受け止めている。二度と同じ事態を引き起こしてはならない。なぜなら、今まで説明してきたように、半導体は社会インフラを維持するために必要な基幹部品だからである。一つの半導体が欠けただけでも、あなたはスマホを買ったり使ったりすることができなくなり、テレワークもできなくなるのである。

 筆者は、半導体産業の業界団体に、加賀東芝のケースを説明した上で、なんらかの手を打ってほしいと依頼したが、埒が明かなかった。次に筆者は5月8日に、首相官邸に、「半導体関連企業の従業員への迅速なPCR検査の要望」という意見書を提出した。その意見書では、加賀東芝のケースを説明した上で、以下の2条件に該当する産業・企業の従事者にコロナが疑われる者が出たら、迅速にPCR検査を実施していただくよう要望した。その2条件とは次の通りである。

1)その企業が製造する製品がないと、社会システムを維持することができない。

2)その製品の製造には、数百~数千人の従業員が必要である。

 半導体はこの2条件に当てはまる。半導体以外にも、該当する産業・企業があるかもしれない。このような、社会システムの維持に必要なエッセンシャル・ビジネスを政府が支援しなければ、日本は滅ぶのではないかと思う。しかし、今のところ、上記の意見書に対する回答は何もない。

 結局、今までにわかったことは、半導体をはじめとするエッセンシャル・ビジネスに該当する企業は、政府や業界団体の支援を当てにできないということである。したがって、第2波、第3波が予想されるコロナ禍を生き残り、成長するためには、自己防衛するしか手段がない。

 その手段として、例えば半導体工場でコロナが疑われる社員が出た場合は、ただちにその社員を隔離し、社長が出張ってきて保健所に対してPCR検査の依頼を要請するべきである。加えて、その社員の濃厚接触者の出勤を禁止し、彼らにも隔離とPCR検査の実施を要請するべきである。

 幸い、コロナ禍にあっても、世界的なテレワークの普及により、各種の半導体市場は成長を続けている。したがって、コロナに対して徹底した対策を講じれば、その企業は生き残り、成長することができるであろう。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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