新型コロナウイルス肺炎の拡大予防措置として、全国の小中高等学校などで一斉休校措置が取られて3カ月。インターネット環境さえあれば自宅にいながら学べるということが証明された今、未来の教育の姿を模索する動きが始まっている。
これまでいち早くオンライン教育に取り組んだ渋谷区立西原小学校の事例や近大附属中学高等学校と花まるグループのスクールFCの取り組みを伝えてきたが、大半の公立小中高では、オンライン教育は行われなかった。なぜなら、日本は授業中のデジタル機器使用時間がOECD加盟国の中で最下位というレベルで、学校現場でのPCの普及率は5%。突然休校という事態になすすべがなかったといわれる。しかし、そんななかでもできることをしようと動いた教師たちがいた。
「学校再開 6月からの授業の在り方」 オンラインイベントに1300人超が集結
5月27日20時30分、ネットをつなぐとすでに1300人を超える参加者が。しかもその半数以上が学校の先生だというから驚いた。筆者も多くの教育イベントに参加し、自ら主催もしてきたが、なかなか現場の先生と出会うことがなかったからだ。「先生は忙しいから、参加したくてもできない。そもそも変えたいと思っていない」。そんな声も聞こえてきたが、これからの教育を模索する動きの中に当事者がいないことに違和感を感じてきただけに、今回はちょっと違う風が吹いていると感じた。
このイベントを企画したのは、公立小学校の現役教員たち。
「教師とか教師じゃないとか関係なく1500人がみんなで一斉により良い教育考えていたら、何か起きると思います。誰も正解がわからない問いを、みんなで考えましょう」
そんな当事者の問いかけに多くの人が反応したのだ。一部は蓑手章吾(Shogo Minote)さん、二川佳祐(Keisuke Futakawa)さん、庄子寛之(Hiroyuki Shoji)さんの3人の現役教員による現状報告があった。
休校期間中、オンラインで朝会と自習室を開校。学びの楽しさを取り戻し、成長を促す
一番手は小金井市立前原小学校の蓑手先生。前原小学校は4年前からほぼ一人一台パソコンを配布して授業でも導入をしてきたICT活用先進校だ。そのため、学校休校という事態にもスムーズにオンライン化が実現できたという恵まれた事情はある。
しかし、蓑手先生の取り組みはちょっと変わっている。朝の会をした後は、通常の授業ではなく自習。自分で目当てを決め自らの成長を確認することを子どもたちと約束する、自己調整学習というスタイルを続けた。活用したのは、スクールタクトという学校版SNS。生徒一人ひとりがその日にやったことをテキストや写真・動画にしてアップして披露し合い、それを3クラスの担任で学年すべての生徒を見守り、随時コメントを入れながらやり取りをしていった。
ある子どもは、毎日リフティングとランニングを続けその結果をグラフにするうちに、回数や距離が伸びていることに気づいた。つくった料理の写真をアップしているうちに、つくり方を載せるようになった子どももいる。マイクラで理想の家を作ったり、レゴ作品をコマ撮りして動画にした子どもなど、それぞれ自分がやりたいことをしていくうちに、成長していく。
「休校期間中に、最終的に子どもたちが学びの楽しさを取り戻し、先生がいなくても成長できることを実感してもらいたかった」(蓑手先生)
環境は揃わなくてもできることを積み重ね、第2波に備える
次に登壇したのは、教育と社会の垣根をなくすことを目指して吉祥寺で多様な人が集まるコミュニティ「BeYond Labo」を運営するパラレル教師という異名を持つ、練馬区立石神井台小学校の二川先生。コロナによる休校後、コミュニティ活動の一環として、5月に3回、地元の武蔵野市でオンライン朝会を開き、述べ430人もの子供たちが参加した。
地元の有志たちと立ち上げたオンライン朝会。Zoomで多くの子どもたちとつながった。一方、4月から異動になった練馬区は、子どもたちへのPC普及率が14人に1台と都内でも遅れていた。それでも、恵まれない環境の中でも今できることをしたいと、着任校にある書画カメラや電子黒板などの材料を活用して、全教室でZoomが使えるようにした。
そうした行動によって、周りの先生たちの意識も代わり、Zoomを使ってできることを考えるようになったという。
「こうした取り組みが、第2波・第3波の備えにもなるし、GIGAスクール構想でハードが整備されたときにすぐに対応できるように、教員のマインドのインフラ整備をしておくことが大切だと思う」(二川先生)
日本全体でICT教育の普及率は5%という現状で、「できないことを嘆いたり責めたりせずに、自分にできることが何かにフォーカスすること」「自分ができないときには、誰かの手を借りることを恐れないこと」が大切だという。
最初から完璧・公平を目指さなくてもいい。できることから始めれば結果がついてくる
最後の登壇者がこのイベントの主催者でもある、調布市立多摩川小学校の庄子先生。それまでZoomを使ったことはなかったが、休校措置が長引く中で「子どもたちのためになにもせずにはいられない」という思いから、4月頭から教員間で使い方の研修を始め、5月半ばからZoom朝の会を全学年で実施するようになった。
ここに至るまでに、校長に提案→教育委員会にプレゼン→実証検証→許可→全学年実施というプロセスがある。公教育でなにか新しいことを始めるためには、こうした段取りを踏むことは欠かせないのだろうが、これでもかなりスピード感があったという。その間には当然「デバイスのない家庭はどうする?」「Wi-fi環境のない家はどうする?」「学校のパソコンは使えるのか」という問題は起きた。しかし、「やってみないとわからない」と踏み切ったところ、6割参加すればいいかと思っていたところ、参加率95%という結果になった。やはり、完全を目指すのではなく、まずやってみること、やりながら考えることが大切だ。
オンライン教育で、子どもの新たな可能性を発見。教員自身も成長の機会になる
やってよかったことは、「子どもたちの笑顔が見れたことと、子どもたちの良いところだけを見つけられること」(庄子先生)。朝の会をやってみて気づいたオンラインの可能性は、チャット機能やボディランゲージで全員が意思を表示できることで、これまで発言できなかった子どもも意思表示ができること。これによって、全員の子どものよいところを見つけられた。
さらに、他の教室のサポートに入ることで、普段はなかなかできない他の先生の授業をみることができたことだった。教育現場にオンラインを取り入れることで、教員のマインドセットが変わり、職員室の関係性を変えることにつながる。以前取材した渋谷区立西原小学校の手代木英明校長も同様のことを言っていたが、子どもたちだけでなく、教員自身にとっても大きなメリットがあると言っていいのだろう。
「遅れを取り戻す」ではなく、「今だからこそできること」で学校を進化させる
今回のイベントを開催する前に、庄子先生は4月から「オンライン授業を通してこれからの教育を考えようプロジェクト」を結成してセミナーを開催してきた。回を重ねるごとに参加者が増え、学校教育をさまざまな角度からみてきた団体や個人とつながり、5回目のこの日1400人近くが参加するイベントになった。しかし、このイベントのゴールはさらに先にある。
それは、新しい学校教育を実現することだ。学校再開後、「遅れを取り戻す」ことにばかり注目が集まっているが、この経験をバネに教師自身が発想を転換し、「今だからこそできること」を行い、学校教育の新しい可能性を一から探っていきたいという。
なぜなら、このままだと、遅れを取り戻すことに焦って、多くの学校で詰め込み教育が行われてしまいかねないからだ。実際、このイベント後半の分科会で同じグループだった地方の先生たちからは、
「詰め込み教育はいけないとわかっていても、2カ月できなかった履修内容をどこに当てはめようかと時間割を考えると、詰め込まざるを得なくてジレンマだ」
「文科省が学習内容を次年度に繰り越していいと言っても、迷惑をかけたくないという思いから、今年度中になんとかしようとする先生が多いのでは」
と話してくれた。これも先生の本音だろう。しかし、どこか目的を履き違えている気がしてならない。大事なのは、先生の事情ではなく子どもたちだ。
ピンチをチャンスに! 一人ひとりの小さな取り組みが、山を動かす
本来であれば、今年度から小学校では新学習指導要領が施行され、「主体的・対話的・深い学び」が行われていくはずだった。しかし、今やこれまでの古い教育を取り戻そうという動きの前に、そんなことは忘れ去られているようにしか思えない。
でも、AIの進化よりずっと早く、もっと強烈に、コロナは世界の経済や社会のシステムを変えようとしている。アフターコロナに社会が一変したときに、未来を創る子どもたちが力を発揮し幸せに生きていけるかどうかは、これからの教育にかかっている。3人の先生、そしてこのイベントを共催した人たちの思いも、そこにあるのではないかと感じた。
これまで多くの人たちが教育を変えようと動いてきたのを私は見てきた。一気に変えようとしても、たくさんの制約やできない理由があり、現状を少し変えるのも大変なことも実感している。でも、新型コロナによる学校休校という、考えても見なかった大ピンチは、教育のあり方を多くの人達が考える機会になったはずだ。
実際、小学生の子どもを持つ親たちからは、
「休校中、教わってもいないのに、山のような課題を出すだけで、あとは家庭に丸投げのやり方には疑問を持った」
「学校が始まっても子どもが学校にいきたがらない」
「課題をやらせようとして親子関係が悪くなった。勉強は楽しくないことだという意識を植え付けてしまいそうで怖い」
という声が聞こえてくる。
新しい教育が実現するかどうかは、上意下達の教育改革ではなく、一人ひとりが「今だからこそできること」をして事実を積み上げていくことにかかっていると私は思う。このイベントに参加した先生たち・親・教育に関わる人たちが、現場に帰って踏み出す小さな一歩がやがて大きなエネルギーとなって、日本の教育を変えていくかもしれない。そんな予感を持った数時間だった。
学校を勉強嫌いを増産するブラックボックスから、学びのおもしろさに目覚める場所へ
この数カ月、いち早くオンライン授業に取り組んだ私立中高や学習塾、探究的な学びを提供する団体、そして公立小中学校を取材してきた。詳しいことは続編に書くが、取り組んだすべての人たちが、オンライン教育の新たな可能性に気づいたと話している。
第2波・第3波も来るといわれているなか、一人一台のPCを普及するGIGAスクール構想も実行され始めているが、そのデバイスを使って何をしていくのか、わざわざ学校に行く意味はどこにあるのか――。今こそ、子どもの学びに関わるすべて人たち、親、行政、専門家たちが一緒になって考え動くことが大切ではないだろうか。学校が、勉強嫌いを増産するブラックボックスにならないためにも。
最後に「教育が人を選別するのではなく、人が教育を選別する。学びに自由を!」という蓑手先生の言葉を紹介したい。先生は特別支援学校で働いた経験の持ち主だからこそ、特別に支援を必要とする子どもたちだけでなく、一人ひとりに合わせる教育の必要性を実感している。
学びの主体者は、子どもたちなのだから。
(文=中曽根陽子/教育ジャーナリスト、マザークエスト代表)