11月4日、国土交通省は東京都内のタクシー会社から申請されていた運送約款の変更を認め、「マスク非着用客の乗車拒否」が可能になった。マスクをしていない乗客に対して、まずは運転手がその理由を丁寧に聞き取った上で、着用をお願いする。しかし、病気などの正当な理由がないにも関わらずマスク着用を拒否する場合は、乗車を断ることができるようになったのだ。
従来は「行き先も言えないほどの泥酔客」や「不潔な服装で迷惑になる客」などに限って乗車拒否が認められていたが、新たな理由が追加されたわけだ。マスク非着用者の乗車を一律に拒否するものではないが、運転手のみならず次の乗客の新型コロナウイルス感染防止対策に寄与するものとして、認められた。
不特定多数の乗客と車内で一定の時間を過ごすタクシー運転手だけに、感染リスクを考えると致し方ない気もする。青タン(午後10時~早朝5時)の飲酒客は7割以上がマスクをつけておらず、私はそうした客を乗せるたび、窓を半分ぐらい開けてきた。しかし、今後は気温が低くなるため、換気にも限界が出てくることが予想される。
高齢ドライバーの中には「なるべく感染したくない」と考え、業務パターンを早朝からの日勤シフトに切り替えている人もいるほどだ。
一方で、マスク非着用客の乗車拒否は「近距離客の乗車拒否につながる」との声もある。タクシー業界最大手の日本交通に勤める運転手に話を聞いた。
「会社によって対応が異なるようですね。うちでは営業所のマスクをドライバーに渡し、つけていない乗客に渡して装着するようお願いしており、拒否をされたら初めて乗車をお断りしています。マスクをつけない近距離客を断ったら『近場だったから断られた』となりかねず、タクセン事案(東京タクシーセンターへの苦情)となるケースも考えられます。余計なトラブルを避けるためには仕方ないと感じます」
繁華街での乗務を得意とするタクシードライバーは服装や持ち物で遠距離客か否かを見極めることがあり、タクシー乗り場以外での流し客を選ぶドライバーは少なくない。マスク非着用客の10m先にカバンを持ったスーツ客がいたとしたら、近場のマスク非着用客を断る格好の理由にもなる。マスクをつけてない若者に「降りてくれ」と告げて、唾を吐かれたドライバーもいたという。
「客足が戻りつつある今、こんな乗車拒否を認めたら、お客さんの方がタクシーを避けてしまいます」との返答には納得させられる。
銀座、歌舞伎町…繁華街のタクシー事情
「近距離客であろうと、断れる状況ではない」と語るのは、別会社の若手ドライバーだ。
「タクシードライバーは人により仕事のやり方が異なります。私は歌舞伎町で付け待ちを覚え、今も深夜は歌舞伎町で仕事をしています。正直、マスクをしていない若者を乗せるのは勇気がいりますが、今は客の奪い合い状態ですし、乗車拒否などしていたら売り上げは減る一方です。助手席の乗客にのみマスクをしていただき、窓はがっつり開けています。タクシードライバーの感染率はとてつもなく低い、と自分に言い聞かせています」
銀座をメインとする50代ドライバーの話も聞こう。
「これまで多くの運転手が狙ってきたのは、単価が高額な青タン時間のお客です。中でも銀座は日本で一番の街でしたが、クラスター発生のニュースが出て以降、客足が鈍りました。それでも、銀座や赤坂のお客さんのマスク装着率は歌舞伎町よりもいくらか高いので、まだ銀座を離れることはできません。歌舞伎町や渋谷に持って行かれたら? 即、回送にしていますね」
繁華街を流すドライバーは、いずれもしんどそうだ。
横浜市内の駅付けドライバー数名に「乗車をお断りしますか?」と聞いたところ、異口同音に返ってきたのが「駅の近くでクラスターが発生したら、さすがに断る」との答えだった。
「都内と異なり、神奈川や千葉、埼玉の駅付けドライバーは3~5社前後が駅の構内に入っている。仮に私が感染して、そのニュースが流れた場合、客がうちの会社のタクシーを避けるようになると予想できる。そうなったら会社的に大打撃を受けるから、今は感染対策を必死にしているよ。あとね、お客さんから話しかけられたら、できる限り丁寧に返事をしてチップをもらってきたけど、今は会話がしにくい状況だからチップも半分に減ったよね」
マスクなしで接近してくる泥酔客
最後に、千葉県内のドライバーの話を紹介しよう。
「先日の金曜日、繁華街近くの国道でスーツ姿の泥酔客の手が挙がりました。行き先を聞くと、横浜なんです。一発で2万円を超える客なのですが、デロデロに酔って、マスクをしていません。どうしようかと考えましたが、めったにいない長距離客なので瞬間的に『我慢しろ』と自分に言い聞かせました。しかし、よくある泥酔客のパターンで、前に乗り出して息がかかる距離で、ああでもない、こうでもないと話してきます。即座に窓を全開にしました」
この御仁、高速道路に乗るや否や「いくらかかる?」と聞いてきたそうだ。
「『2万3000円ぐらいです』と答えると『そんなにない、降ろしてくれ』と。『では、次の出口で降りますね』と返すと『やっぱり行け!』。呂律も回っておらず、あまりにウザいので『どうするんですか!?』と声のトーンを強めて応じると、『行ってください』とテンションが弱まりました」
これも泥酔客には多いケースだというが、この後の展開がおもしろい。
「『お客さん、いくらなら払えるんですか?』と聞くと『2万円です』と言うんです。めったにいない長距離客なので『わかりました。では、2万円で行きます。その代わり、高速を降りたら即2万円をお支払いください。その先は私が自腹を切ります』と言い、高速の出口で2万円をいただきました。そのまま走って家に着くと、『すいませんでした』と言って再度2万円を出してきたんです。一度支払ったことを忘れてしまったんですね。通常なら当然お返ししますが、その前に『金がない』などと嘘をつかれ、おまけに車内で吐かれたんです」
その2万円が清掃代となったことは言うまでもない。
「うちの会社はビニールシートなどの感染対策は一切しておらず、コロナ感染に対する意識は低いです。今話した客が私の顔の近くで延々と話をしてくる空間は嫌でした。今月の会議では『国土交通省に乗車拒否認可を3週間前に申請した』そうで、『乗るな、などとは言わず、丁寧に対応しろ』とのことでした。日本交通さんと異なり、客用のマスクはドライバーの自腹です(苦笑)」
緊急事態宣言が出た当時、タクシードライバーの収入は時給換算で300円ほどまで落ち込んだが、今はどうにか1000円を超え始めた。第3波も到来しつつある今、多くのドライバーが自己防衛を意識し始めている。
(文=後藤豊/ライター兼タクシードライバー)