国内最古の喫茶店、なぜ銀座本店を維持できる?飲食店の倒産続出、コロナ禍での生き残り術
「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
この秋、新型コロナウイルスの感染対策をしながら「カフェーパウリスタ」(東京・銀座)を月替わりで訪れた。別の打ち合せを兼ねた時もあったが、人気店の状況がどうなっているか、「定点観測」をしたかったのだ。
同店は喫茶業態として“現存する国内最古”だ。店名が「カフェー」なのも歴史を感じさせる。カフェーは「コーヒー」、パウリスタは「サンパウロっ子」という意味のポルトガル語だ。ブラジル・サンパウロのコーヒーを提供する店として誕生し、その流れを受け継ぐ。
開業は109年前、明治44(1911)年。同年「カフェー・プランタン」「カフェー・ライオン」「カフェーパウリスタ」の3店が銀座に誕生し、喫茶文化の一翼を担った。
「プランタン」は現存せず、「ライオン」は戦前に築地精養軒から大日本麦酒に経営が移り、現在はビヤホール・レストラン「銀座ライオン」として営業を続ける。コーヒーを主体に飲ませる喫茶業として営業するのは「パウリスタ」だけなのだ。
ただし、当時の店は関東大震災で倒壊したため再建せず、昭和45(1970)年に現在地で再開した。再開してからも半世紀となる。
以前の客足には戻らないが、新しさを打ち出す
「徐々にお客さまの数は増えてきましたが、以前のようにはいきませんね」
銀座本店店長の矢澤秀和氏は、こう話す。新型コロナウイルスの影響で、日本中が外出自粛となった今春から初夏。同店も4月10日から営業自粛に追い込まれ、5月20日に1階店舗が再開、6月1日から2階部分も含めて完全再開となった。
営業再開後もコロナ感染防止のため座席間を広げ、営業時間も短縮。さらに以前は、銀座に多かったインバウンド(訪日外国人客)がほぼいなくなり、客足を戻す環境としては難しい。
それでも、筆者が視察した際には来店客も目立ち、コロナ以前の約6割の客足に戻ってきた。理由はブランド力に加えて、できる範囲で「新しさ」を打ち出す姿勢もあるだろう。
たとえば、視察時には「モンブランパンケーキ」(単品1000円、おかわりコーヒー付きコーヒーセット1400円/税込み、以下同)や「シャインマスカットとレアチーズケーキ」(単品860円、コーヒーセット1400円)といった、秋を感じさせる商品もあった。自社の洋菓子工房でつくり、銀座の店に配達しているという。コーヒーも種類が選べる。
「店名と同じように、ブラジル・サンパウロのコーヒーという『軸足』は崩していませんが、現在は、お客さまの好みに応じて『森のコーヒー』『パウリスタオールド』『パリ祭』の3本柱を中心に、さまざまなコーヒーを提供しています」(矢澤氏)
状況が厳しいなかでも新たな取り組みができるのは、別に主力事業を持つからだ。
主力事業は「通販のコーヒー豆」
現在の社業の柱は、業務用コーヒーのほか、通信販売で行う家庭用や職域用のコーヒーの小売り販売だ。同社は業界における中堅コーヒーロースターとしての一面がある。
コロナ禍で多くの人が外出自粛や通勤を手控えたリモートワークとなり、「業務用」のコーヒー豆供給は減ったが、「家庭用」は好調だった。
「通販のコーヒー豆は前年より10%程度伸びています。コロナ禍で巣ごもり消費をしなければならないご時世のなか、息抜きや楽しみとして当社のコーヒーを買われる方が増えた結果だと考えています」(長谷川勝彦社長)
店で提供する前述の「森のコーヒー」「パウリスタオールド」「パリ祭」のコーヒー豆は通販でも買うことができる。
「『森のコーヒー』はブラジル・サンパウロ州の高品質の豆を使ったもの。甘みがあり後味がさわやかなので、コーヒーが苦手な人でも飲みやすいです。一方、『パウリスタオールド』はビターチョコのような風味で、昔ながらの伝統の味。『パリ祭』は開店100年を機に開発した商品で、エチオピアや南米の高級コーヒー豆をブレンドしています」(同)
通販でもっとも知られているのが「森のコーヒー」だ。無農薬栽培にこだわり、サンパウロ州の農園主、ジョン・ネット氏らの生産者グループから年間150トン以上を直接買い付ける。いずれのコーヒー豆も、コロナ禍で渡航が制限されるまでは長谷川社長が直接産地を訪問して、生産者と対話を続けながら購入してきた。
銀座の店もよくメディアに取り上げられる。たとえば、2014年の放送で高視聴率を記録した朝の連続テレビ小説『花子とアン』(NHK)で登場したカフェーは、この店がモデルだ。
つまり、リアル(実店舗や業務用)とネット(通販)が相乗効果で業績を支えているのだ。
銀座本店を維持できる理由
喫茶店を長年営むには、「主力商品=コーヒー」の売り上げを伸ばすことが大切だ。フードメニューに比べて原価率もよく、味を気に入ってくれれば長年の顧客になりやすい。
店で販売するのが一番、と思うかもしれないが、実は座席数が限られる店だけでは限界がある。その理由を少し引いた視点で説明しよう。
フードビジネス・コンサルタントの永嶋万州彦氏(ドトールコーヒー、元常務取締役)は、かつて筆者にこう話し、それを記事にしたこともある。
「レストランや居酒屋に比べて客単価の低いカフェが売り上げを伸ばすには、(1)客席回転率を上げる、(2)店内の全商品をテイクアウトできるようにする(二期作型)、(3)単価の高いメニューを開発する、(4)昼と夜とで店の業態を変える(二毛作型)、この4点が大切だ」
この視点をコロナ禍の現状に置き換えると、(2)の商品の一部を「非接触型のオンライン販売で行う」ことが最適といえる。「一部」としたのは、あまり手を広げすぎると顧客対応が大変になり、スタッフの負担が増すからだ。
実際に人気店のなかには、コロナ禍でオンライン販売の売り上げが伸びたところも多い。お客は通販を通じて無意識のうちに「店やブランドとつながろう」としたのだ。ここでいう「お客」には、新規客もいれば常連客も含まれる。
カフェーパウリスタ銀座本店は、自社ビルではなくテナントとして入居する。今回の視察時に近くのビルの状況を見て回ったが、レストランなどで「閉店」の貼り紙も目立った。同店がこのご時世でも銀座でカフェの営業を維持できるのは、「豆売りが強い」からなのだ。
実店舗が「ショールーム的」な要素にも
「コロナ禍以前から、店舗がブランドのショールームの位置づけになったのを感じます」
本連載でも以前に紹介した、カバンメーカーの責任者はこう語った。「実店舗がショールームのような位置づけ」は、コロナ禍でも続く。そして店独自の商品提供と接客は、「外出が特別な時間」のご時世では、より重視される。先人が苦難の時にどんな対応をしたか、といった「温故知新」の視点も欠かせない。
大正時代に隆盛を極め、一時は国内各地と中国・上海に20店以上を展開した「カフェー パウリスタ」だが、本店は1923年の関東大震災で倒壊。前年にブラジル政府からのコーヒーの無償供与(10年間)の契約が切れたこともあり、チェーン展開を縮小する。
昭和に入ると経済恐慌の波にも襲われ、その後は戦争が激しくなっていき、都内で数店を続ける一方でコーヒー豆の輸入・焙煎業を主体にした事業に切り替えた。その姿勢を維持して、半世紀前に再開した銀座本店以外には本格的な店舗展開を行わなかった。だからこそ、銀座店に注力できるのだ。
コロナ禍で飲食店の閉店が相次ぐと、短絡的で無責任な意見も飛び交う。だが大切なのは、「今できることは何か」と「将来への布石」だ。長年続く企業の多くは、時代の変化に対応しながら過去の歴史にも学ぶ。
コロナ禍でガマンを強いられる消費者と向き合いつつ、店や企業は今できる最善策に取り組むことが、将来につながるのではないだろうか。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)