そうなると、A社は金融機関からの借り入れで同額を調達しないといけません。現在、金融機関からの借入金利は低いのですが、仮に大きめに見積もって金利負担が1.4%だとします。110億円の借り入れによって、1億5400万円の支払利息の負担が増加します。
その結果、A社の税引前当期純利益は1億5400万円減少しますが、法人税の負担も軽くなります。日本の法人税の実効税率は約30%ですから、A社の法人税負担は4600万円減少します。つまり、A社の当期純利益は1億800万円減少します。
しかし、この自己株式買い取りによって、財務データはおおむね次のように変化することに注目していただきたいと思います。
以上はあくまでも、机上の計算です。しかし、これをご覧いただくと、自社株買いは自己資本、自己資本比率および当期純利益を押し下げ、その代わりにROEは5.1%から6.2%に上昇することがわかります。それでも、日本企業の経営陣は「計算上のROEが上がっても、当期利益などの業績が下がり、自己資本比率が下がってしまえば意味がない」として、このような自社株買いを積極的に行おうとしません。しかし、自己資本比率が86.1%から67.3%に下がったからといって、財務基盤が脆弱になって倒産の危険性が高まるということはありません。
見落とせない配当負担の軽減
ここで見落としてはいけないのが、自己株式の購入によって配当金の支払いが減少するということです。A社は一株につき69円の配当金支払を予定しています。これが、自己株式の500万株の購入によって3億4500万円の配当金の支払い負担が軽減されます。
つまり、A社は自己株式の購入によって110億円を借り支払利息の負担が生じ、前述した通り当期純利益が1億800万円減るものの、配当金の支払負担が3億4500万円軽減され、2億3700万円(=3億4500万円-1億800万円)だけ、資金調達コストを削減できるのです。このメリットが、日本企業にはあまり認知されていないのではないでしょうか。
米国企業はいたずらに自己株式を買い取っているのではなく、自己株式を買い取ることでROEの上昇と資金調達コストの削減の双方をコントロールしているのです。この点が、日本企業の発想との違いです。
この自己株式の購入は、企業だけにメリットをもたらすわけではありません。このようなスキームは間接金融を司る銀行に対しても、大きな融資の機会をもたらすものです。現代における日本の金融市場の特徴は低金利です。昨年よりマイナス金利も導入されました。このような現象は、企業の資金調達コストの下落というかたちで、間接金融による資金調達が再評価されるひとつの契機となります。
ですから、銀行などは下記の特徴をもつ上場会社に対して、自己株式の購入により間接金融を活用した資金調達コストの削減を提案することが可能になるように思われます。
(特徴)
1.自己資本比率が高い
2.ROEが低い
3.配当利回りが高い
4.株価純資産倍率(PBR)が低い
以上、筆者の私見を交えて、自己株式購入のメリットを説明しました。このような筆者の筋書きには、株価がどのように変動するかなどの不確定要素も入り込むので、日本企業の経営層のなかには強い拒否反応を示す人が少なくないですが、明らかに自己株式の購入によるメリットが大きな企業においても、このような行動がなかなか行われないのが日本企業の現状です。
筆者は、日本の経営者やCFOに対して、現在の低金利のメリットを享受するためにも、自己株式の購入のメリットは小さくないということをお伝えしたいと思い、本稿を書きました。異論はあろうかと思いますが、経営者および金融機関の方々に、ぜひとも検討していただきたいと思います。
(文=前川修満/公認会計士・税理士、アスト税理士法人代表)