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世界市場シェア90%…「浜松ホトニクス」に学ぶべき“基礎研究重視”経営の重要性

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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「浜松ホトニクス HP」より

 静岡県浜松市を本拠地とする浜松ホトニクスは、知る人ぞ知る“光”の企業だ。同社は、光に関する独自の技術によって成長してきた。近年の業績を振り返ると、2018年9月期まで同社の営業利益は医療用機器や産業機器需要の高まりによって増加基調で推移した。その後、中国経済の減速や米中の通商摩擦の激化、さらには2020年春先以降の新型コロナウイルスの感染発生によって、同社の営業利益は2期続けて減益だ。

 現在の浜松ホトニクスの事業運営を確認すると、医療用、産業用、環境面などで同社が強みを持つ光電子増倍管などへの需要は回復し始めている。コロナショック以降、世界的に健康や医療への社会意識が高まったことや、世界経済のDX=デジタル・トランスフォーメーションの加速は業績の追い風だ。

 それに加えて、米中欧や日本が環境対策を重視していることも、同社の業績改善と拡大を支えるだろう。そうした潜在的な需要を確実に手に入れるために、浜松ホトニクスにとって光に関する基礎研究の重要性は高まる。それが、同社の光センサ技術や光半導体素子分野での競争力の向上を支えるだろう。それは、日本企業が取り組む次世代の高速通信技術の開発にも大きな影響を与えるはずだ。

光電子増倍管と光半導体素子分野での競争力

 浜松ホトニクスは、“受光(光を受けとる)”と“発光(光を発する)”に関する基礎的な研究を積み重ね、関連技術を生み出し、それに磨きをかけることによって需要を生み出してきた企業だ。その結果、同社は世界の“光電子増倍管”市場で90%のシェアを確保している。光に関する基礎研究を重視することによって、浜松ホトニクスは技術力を高めた。それが光電子増倍管分野での高い参入障壁になっている。

 光電子増倍管とは、光電効果(物質に光を照射したときに電子が放出されたり、電流が流れたりする現象)によって放出された電子を増幅させ、それによって高い感度を実現するセンサをいう。浜松ホトニクスは、光電子増倍管とレーザーなどの光源を組み合わせることによって、さまざまな計測技術を生み出してきた。

 まず、同社の光技術は自然科学分野での研究活動に欠かせない。もっとも代表的な技術は、ニュートリノの研究で知られるスーパーカミオカンデに設置された20インチ光センサだ。また、細胞や免疫に関する研究に必要なフローサイトメータ(細胞の構造などを調べる装置)にも同社の光電子増倍管とレーザー技術が用いられている。そのほか、食品工場での洗浄度の測定(衛生管理)や、工場などから排出される窒素酸化物(NOx)など大気汚染物質の測定にも同社の技術が用いられている。

 また、ダイオードをはじめとする光半導体素子の分野でも、浜松ホトニクスの競争力は高い。同社の光半導体素子は、ディスプレイの色調整や、車載センサ、非破壊検査装置、通信機器に用いられている。以上をまとめると、浜松ホトニクスは、光を受け取る、あるいは生み出す基礎研究を続け、その上で実用化を支える技術を創出することによって経済や社会の変化に対応してきた。

 言い換えれば、浜松ホトニクスの競争力の源泉は、光に関する基礎研究にある。それが計測などに必要な技術の開発につながり、需要を創出した。その結果として同社の業績は拡大した。その意味において、同社は企業や経済の成長にとっての基礎研究の重要性を体現した企業だといえる。

今、さらなる成長に向けたチャンス到来

 新型コロナウイルスの発生を境に、世界経済は従来の想定を上回るスピードで変化し始めた。わかりやすくいえば、5年後に実現すると考えられていた状況が、今、現実に起きている。それは、浜松ホトニクスが業績の回復とさらなる成長を目指すチャンスだ。

 浜松ホトニクスの売上は、約4割が医療用・バイオ機器、約3割が産業用機器、約1割が環境や素材などの分析機器に大別される。その他は学術研究向けの光学製品の売上などだ。いずれの分野でも、さらなる需要拡大が期待される。

 まず、医療用に関して、新型コロナウイルスの発生によって医療や製薬関連事業の社会的重要性は一段と高まった。その結果、より迅速に、より良い効果のある医薬品やワクチンなどを開発したり、人々に必要な治療を提供したりする体制確立が求められている。また、コロナショックを境に日本でもその上でオンライン診療が注目され、病理診断のための人工知能(AI)の活用も目指されている。そうした変化は、浜松ホトニクスが手掛ける高精度の検査装置への需要を高めるはずだ。

 また、産業用機器分野では、日本の精緻な擦り合わせ技術に支えられた動作制御技術は、工場のファクトリーオートメーション(FA)の推進に欠かせない。現在の世界経済では、DXへの対応のために半導体の生産が増加し、製造装置や検査装置への需要も高まっている。中長期的に自動車の電動化などの変化も加わることによって、半導体の生産能力の増強をはじめとするIT関連の投資は世界全体で増加基調で推移するだろう。それらは浜松ホトニクスが半導体製造関連の装置や光センサ、非破壊検査装置の需要を取り込む機会となるだろう。

 それに加えて、国内ではNTTがグループ会社を糾合して次世代の高速通信技術の創出などに取り組んでいる。その中で重視されている一つが光半導体だ。光半導体の技術向上は、スマートフォンの充電回数の削減など、省エネとデジタル化の推進に不可欠だ。そうした取り組みを日本企業が進めるために、浜松ホトニクスの光電子増倍管や光半導体素子に関する技術は重要な役割を発揮するだろう。環境面でも、水質や大気汚染の分析と温室効果ガスの排出モニタリングなどの分野で、同社技術が用いられる分野が拡大する可能性がある。

さらなる成長に重要な役目を果たす光の基礎研究

 創業来、浜松ホトニクスは光に関する基礎研究を積み重ね、その成果を活かすことによって、センサや計測機器、半導体素子を生み出してきた。つまり、基礎研究が同社成長の源泉だ。同社の事業運営の在り方は、多くの日本の企業にとって参考となるだろう。

 浜松ホトニクス以外にも、半導体部材や精緻な擦り合わせが求められる工作機械分野において、日本企業は競争優位性を発揮している。それは、各企業が基礎的な研究を積み重ねてきたことに支えられた。その上で、各企業の基礎研究が、より高速な通信インフラを生み出したい、より良い治療薬を生み出したいという人々の情熱を掻き立て、技術と発想の新しい(より有機的な)結合が促される。それが、イノベーションの本質といえる。そう考えると、光に関する基礎研究を基点に事業を運営する浜松ホトニクスは、日本企業が向かうべき方向の一つを指し示す“光”に例えることもできるだろう。

 逆にいえば、基礎研究の強化が難しくなると、企業が競争上の優位性を維持、あるいは発揮し、持続的な成長を積み重ねて長期存続を目指すことは難しくなる。中国では工業情報化省が電子部品産業の底上げを目指している。中国政府は経済の安定を目指して、海外企業からの技術移転を強化し、さらには補助金や土地を国有企業などに提供し、技術と価格両面で世界的な競争力の発揮を目指す。同じ土俵(特定の製品の市場)で中国企業と真正面から競争した場合、日本の企業が優位性を維持することは一段と難しくなるだろう。

 日本企業に必要な発想は、基礎研究を積み重ねて中国にはない製造技術を自力で生み出し、中国の企業から必要とされる競争上の立場を目指すことだ。また、日本企業が競争優位性を発揮するためには、米国の知的財産などに頼ることなく、国内のヒト・モノ・カネをより有機的に結合して新しい技術を生み出し、米国企業からも必要とされる存在にならなければならない。

 このように考えると、浜松ホトニクスにとって、光に関する基礎研究の重要性は一段と増す。同社は、各研究機関との連携を強化して基礎研究を進め、その成果を医療用、産業用、環境分野などでの新しい発想や課題の解決に繋げなければならない。同社経営陣がそうした取り組みをどのように進めていくかに注目が集まるだろう。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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