著者は投資会社やコンサルティング会社での仕事を通じて、今まで製造業を中心にいろいろな業種の会社に携わってきました。事業をフローの要素とストックの要素に分けて見た場合に、後者の要素をどう増やしていくかということが、企業としての持続的成長を図っていくうえで重要な点だと思っています。
それは個人としてとらえた場合も同様で、コンサルティングのようなフロー要素の大きい事業を行っていると、どうしてもストックの要素を増やすことへの渇望が出てきます。フローを継続させられるだけの力量を付け続けることが生き抜くための王道だとはわかってはいるものの、つい楽であったり効率の良い道を探しがちです。
かくいう筆者も、一時期不動産投資に熱心になっていた時期があり、今もいくつか保有しています。ただし、現在は不動産ではなく事業会社を保有していることもあり、不動産投資にはほとんど時間は割けず、物件価格も高騰したまままったく落ちないので、だいぶお休みしていました。ところが、世間では異なりました。
大手物件情報サイト「楽待」の会員数は2015年時点では4万人でしたが、現在は2倍以上の9万人ほどになっています。同じく大手の「健美家」の会員数も12年は1.8万人でしたが、15年はほぼ2倍の3.5万人、現在は3倍以上の6万人ほどになっています。個別事情はさておき、まだ市場全体の過熱は続いているのでしょう。
少し前に、看護師と教師の方に聞いた話ですが、お二人とも、住宅ローンの審査に通りやすく、かつ忙しくてなかなか情報収集もできないことが共通点でした。ともに不動産会社から「月5000~1万円でマンションが持てる」「老後になる頃にローンが終わるので、そこからは家賃収入が年金代わりに」と言われ、投資用ワンルームマンションを薦められて複数軒購入していました。購入後も不動産仲介会社の関連会社から相場の2倍以上の管理手数料を取られていましたが、数年前まではそうした投資には興味がない方々でしたので、市場の過熱を感じました。
盛り上がる一方だった投資用不動産市場に陰り?
一方で購入した不動産が休眠状態の著者ですが、今年の夏以降、少し市場の変調を感じ始めました。ある週末には1日に4社の不動産会社の会ったこともない営業担当者から電話がかかってくることがありました。物件案内のメールも増加しているように感じます。
アパートローンの残高は、11年から14年までは20兆円後半を推移していましたが、15年に入ってから急速に増加し、対前年同月比で5%、16年末に22兆円に迫る勢いになっています。ところがアパート建設が実需とずれているという意見も目立ち始め、金融庁も注意喚起を促しました。
すると見事に、17年4~6月期の新規貸し出しは対前年比で15%も減少しました。体感的にはこの後の7月以降、さらに減っていると感じます。
真相は不明ですが、関係者の話を聞いていると、金融庁の指導が直接入っているというわけではなく、投資用不動産向け融資の急増を問題視しているというメッセージを忖度して、各銀行・信用金庫が自主規制し始めているようです。
実際にある地方銀行では、立地が地元の場合は融資基準を厳しくして、東京都内だけ融資残高を増やすために営業人員を集中させていたり、ある信用金庫も投資の必要資金をそれまでフルローン(全必要額を融資すること)で積極的に出していたのに、急に頭金を最低2割出すことを条件としたりしています。あるノンバンクでは少し前まで会社員には数カ月分の給与明細だけを判断材料として融資していたのに、急速に基準を厳しくし始めたなど、具体的な噂が回っているようです。
内閣府による17年度の「国民生活に関する世論調査」によると、現在の所得や収入に「満足している」「まあ満足している」と答えた人は計51.3%で、前年より3.2ポイント増え、21年ぶりに“満足派”が“不満派”を上回ったそうです。
一方で、健美家が会員向けに行ったアンケート結果(17年6月6日、3つまで回答可)の結果として、不動産投資を始めた動機としては「働けなくなっても困らないように」が1位の50.4%。次いで「老後の資金、生活費をためる」が46.1%となっていました。いわば、不安が出発点にあります。なお、3位以下では「セミリタイヤして好きなことをして暮らす」が32.5%、「今の給与にプラスαお金の余裕を持たせる」が27.4%と、現状に対してプラスαを持たせたいという明るい感情がベースになっています。
不安をもとに投資を行う人には、基本的に慎重なタイプが多いように思います。恐らくはそうしたタイプは、会社員による不動産投資ということが喧伝されてきた10年以降、しばらくは静観していたか気にも留めていなかったのかと思います。
ところがこの数年で、「世間はアベノミクスで好景気らしく、収入にも満足しているが、我が身を冷静に考えると少し不安」と考える人が増え、そうした人たちが「どうやら不動産投資は『アリ』のようだ」と感じて、少し遅れて市場に参画してきたのではないかというのが、著者の推測です。もちろん相続税の制度変更などの影響もありますが、そうした参画者の増加が直近のアパートローン残高や不動産サイトの会員数の増加に表れているのではないかと感じます。
ところが、融資姿勢のハードルが上がり始めたことで、ちょうどそうした後発の参画者が再び静観に入り、アクティブな買い手がかなり減ったのではないでしょうか。
ただし、流通する物件も減ったという声も聞こえます。需要と供給のバランスを考えると、需要が下がれば価格は下がっていくはずですが、すでに物件を持っている潜在的な売り手の多くは、特に売り急ぐ理由もないので(売却価格が不満であれば、保有し続ければ月々の家賃が入ってくる)、無理に売らないようになってきています。そうすると価格は落ちないため、なかなか市況が細っているかどうかは表面化しにくいのでしょう。
最初にダメージが起こるところに、優秀な人材が控えている
そうした市況において、最初に変調の影響を受けるのは、投資用不動産の売買を扱うことをメインにする中小規模の不動産仲介会社です。フロービジネスの最たるもので、流通量が直接影響します。
宅地建物取引業者は06年から8年連続で減っていましたが、14年からは3年連続で増えています。従事者の数も12年からは5年連続で増加しています。そうして増え続けてきた同業界の営業担当者が人材市場に徐々に出てくるのではないでしょうか。
筆者の経験上、投資用不動産の営業担当者の質の差は大きく、一部の評価の低い人材の印象により、中途採用市場においては投資用不動産の営業担当者はコンプライアンスやカルチャーを重視する企業から敬遠されてしまいがちであると、人材エージェントの方から聞いたことがあります。そのため、偏見を持たない企業にとっては、優秀で行動力もある営業担当を採用するチャンスとなります。実際に筆者が経営者をしていた会社では、営業職で採用したことがあり、とても活躍してくださいました。
労働人口が減っていくなかでは、不動産市場が少し変調しようとも、企業や経営者は営業人材獲得の観点から注目しておくべきだと思います。
(文=中沢光昭/経営コンサルタント