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鬼塚眞子「目を背けてはいけないお金のはなし」

苦難の連続…かもめの玉子「さいとう製菓」、極貧の餅店から世界的菓子メーカーへの軌跡

文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表
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モンドセレクションの金メダルを手にする、さいとう製菓の齊藤俊明会長

「名物に旨いものなし」と揶揄されるものも多いなかで、岩手県大船渡市に本社を構えるさいとう製菓のメイン商品である「かもめの玉子」は、1990年から3年連続でヨーロッパの国際食品コンクール「モンドセレクション」で金メダルを受賞しています。

 岩手から東北の銘菓として販路を拡大していた同社ですが、東日本大震災で本社、工場1棟、直営店5店舗が壊滅状態になり、3億1000万円の損失を出してしまいます。しかし、同社の齊藤俊明会長(当時社長)は「津波の被害を免れた『かもめの玉子』の生産工場のメンテナンスを早急に行って、大船渡のなかで一番の復活を目指す」を合い言葉に、準備を進めていました。

 ところが、予想もしない大ピンチに立たされます。被害を受けたのは、人や家屋だけではありません。農作物や家畜も大きな犠牲を受けました。「かもめの玉子」は、練乳の入った黄味餡をカステラに包み、ホワイトチョコでコーティングしていますが、これらはすべて自社製造です。カステラをつくる上で欠かせない卵がこれまでの量を確保できなくなってしまったのです。津波の二次被害で鶏のエサ不足が発生したのが原因でした。

 同社は創業以来、材料にも厳選されたものだけを使用しているからこそ、素材のおいしさが互いに引き出され、しっとり、ほくほくとした、どんな飲み物にもマッチする上品な甘さのお菓子が完成するのです。卵にしても、衛生や品質管理が徹底した養鶏場から、毎日、産みたてのものを届けてもらっていました。新鮮な卵の旨みは格別です。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      

 社員も誇りを持って仕事に取り組んでいるため、「非常事態だから、この際、入手できる卵であれば何でもいい」という妥協を許すはずはありません。

“おいしさの復活”こそ、震災復興の第一歩となります。何か一つでも妥協すれば、味の再現はできません。妥協はお客様への裏切りとなります。震災直後は、ガソリンの確保も道路の整備も十分とはいえない状況で、他地区からの調達も望めない絶望的な状況に、一時は製造を中止せざるをえない状況に追いやられてしまいました。

 ところが、奇跡が起こったのです。窮状を見かねた取引先の業者が、「困った時はお互い樣」と、さいとう製菓への納入を最優先で行ってくれることになったのです。

「業者間の日々の信頼関係を、この時ほど痛感したことはありません。『買ってやっているんじゃない。その材料を買わせていただいているから商品がある』と取引先を大切にする姿勢は、創業者であった私の祖母から先代の父に、先代の父から当社に受け継がれた齊藤家のDNAです。仮に私一人がそういう姿勢を見せても、社員がそっぽを向いていたら、取引先との信頼関係は成立しなかったと思います。取引先をぞんざいに扱う社員は、当社には一人もいません」(齊藤会長)

必死の立て直し

 実際、同社が地元の人を大切にし、復活がどれだけ地元の励みになっていたのか、私事になりますが、お話させていただきます。

「かもめの玉子」を初めて味わったのは、同社のお客様である知人から送られてきたときでした。「大船渡は津波と地震のWパンチで、地元の人は将来の見通しなど持てないほどの絶望感でいっぱいでした。そんな状況なのに、さいとう製菓さんは、わずかの期間で再開して、震災前と変わらないおいしさです。お店のスタッフさんも大変だと思うのに『一緒にがんばりましょう』と笑顔で励ましてくれるのです。地元にとって復興の証ではなく“希望の味”です」というメッセージとともに送られてきたのです。

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かもめの玉子

 さいとう製菓は、震災の年の4月6日に大船渡市内にあるスーパー内の店舗を再開、4月20日には震災前の約8割にあたる1日に15万個の製造を復活、21日には岩手県内の6店舗を再開させることができたのです。

 そんななか、経営者である齊藤会長は経営の建て直しに必死でした。3億1000万円の損害の補填のために、自己資金やグループ会社からの補助金の調達、銀行からの融資も受けました。

 さらに同社は地震保険にも加入していました。損害保険料率算出機構によると、地震保険の2011年の全国平均付帯率は53.7%でしたが、震災後、同年の岩手県の加入率は56.7%です。これは北海道・東北6県の中で、北海道、山形に次ぐ低さでした。ちなみに震災後、19年の地震保険付帯率の全国平均が66.7%なのに対し、岩手県は72.3%と大幅に伸展しています。

 保険料が高いからという理由で地震保険の加入をためらう方が多かったなか、齊藤会長が地震保険に加入していたのは、同社と齊藤会長の運命を大きく変える出来事があったことためです。

2度目の津波

 実は齊藤会長にとっても、大船渡市にとっても、津波被害は2度目だったのです。これまで発生した巨大地震のなかで最も規模が大きい地震といわれているM9.5のチリ地震が1960年5月22日に発生しました。この余波を受けて、三陸海岸を中心に津波が発生、結果的に大船渡市は、当時の日本国内でチリ地震の被害を一番受けた地域といわれています。

 その頃、さいとう製菓は、被災した本社の場所に店舗兼自宅を構えていました。創業は1933年で、齊藤会長の祖母が家の前を行き交うセメント工場に勤務する人を相手に、手づくりの大福や餅やゆべしを販売した「齊藤餅店」が始まりです。戦争で一時中断していたものの、やはりお客様の声に押されて再開、齊藤会長の父が後継者となりました。

「廊下を改造したわずか1坪の作業場に、祖母や両親と6人の兄弟全員でひしめきあってつくっていました。その頃、祖母も元気で、『商売は信頼、一個の餅にも手を抜くな』と徹底的に叩き込まれました」

 材料にこだわり、手間と労力をかけてつくった餅は評判でしたが、その分、儲けは本当に少なく、齋藤会長の父は別の仕事との兼業で家計を支えていたのです。中学1年生になっていた齊藤会長は、朝は4時に起きて餅づくりを手伝っていました。そんな毎日を続けていた中学3年生の時に、「無理がたたったのか、父が病に倒れました。その後も父は入退院を繰り返すことになり、わずか14歳の私の肩に一家の生活がかかったのです」。

 齊藤会長は勉強や部活に打ち込んでいる同級生を横目に、登校するまで自転車であちこちに売りに出かけました。売れなければ今日のご飯もどうなるかわかりません。幼い兄弟の顔を思い出しながら、挫けそうな心を奮い立たせてみるものの、「どうして自分だけがこんな人生なんだ。こんな暮らしはもうたくさんだ」と人目を忍んで号泣したことも何度かあったといいます。

 その後も、齊藤会長に苦難が降りかかりました。高校に入学すると、創業者の祖母が入院し、その看病を担うことになったのです。寸暇を惜しんで店も手伝い、病院から学校に通う生活でした。

 もともと素人が始めた餅屋が老舗に勝負したところで先は見えています。そこで齊藤会長の父である俊雄元社長は病を抱えながら、観光客を相手にした商売を始め、齊藤菓子店と屋号を変え、1951年、大船渡の特性を活かした5つのお菓子を考案しました。その中の一つが、初代「鴎の玉子」です。カステラと饅頭、つまり和と洋をコラボしたお菓子は当時としては画期的な商品で、珍しさもあって評判もよく、売れ行きも順調でした。

 さらに、嬉しいことが起こりました。1953年、大船渡の市制記念として、ミス大船渡のイベントが開催され、その商品として「鴎の玉子」が採用になったのです。このことで地元の評判を呼び、「鴎の玉子」は売り切れ状態が続き、社員も12人まで増えました。

「鴎の玉子」を起死回生の商品に

 手応えを感じ、お菓子屋として発展させたい父とは違って、苦しい暮らしだった家業に未来を見いだせず、柔道をやっていたことや同級生が警察官を目指していたことに影響を受け、齊藤会長は盛岡の警察学校に入学しました。

「これでやっとあの生活とは、おさらばできる」と安堵したのも束の間、同社と齊藤会長の人生を大きく変えるチリ地震が発生したのです。店舗兼自宅は流されずに済みましたが、被害に遭った家屋が家の中に流れ込み、全壊しました。病弱の父、看病をしている母に代わって、盛岡から呼び戻された齊藤会長と弟2人が後片付けをすることになりました。想像以上に後始末に時間がかかり、盛岡に戻る日が遠のくばかりです。ついに警察学校に戻ることを断念せざるをえなくなりました。

 お客様の声に押されて、齊藤菓子店は再開したものの、すべてを失い、経済基盤も脆弱で、ゼロからどころかマイナスからのスタートです。入退院を繰り返している父の様子を見て、社員も次々に辞めていきました。お金もない、人もいない、今と違って物流も情報も発達していない駆け出しのお菓子屋にとっては、まさに八方塞がりでした。再び、家族だけで細々と餅を売る毎日が始まりました。

 1961年、齊藤家の窮状を打破するため、親戚のアドバイスもあり「鴎の玉子」を起死回生の商品にすることにしました。これまでは平べったい形でしたが、俊雄元社長は、同じトライなら、本物の玉子に形を似せることを目指して、挑戦が始まりました。厳しい経営に変わりはありませんでしたが、ようやく今のコロンと愛らしい形が完成したのは6年後の1967年。数え切れないほどの失敗を繰り返したといいます。

「チリ地震後の齊藤菓子店の再建は苦難の連続でした。毎日が試練で、ただただ必死にがんばり抜くだけでした。二度と経験したくないことばかりでしたが、この経験があったから、東日本大震災でも前向きに立ち向かうことができたのだと思います」(齊藤会長)

 しかし、そんな齊藤会長は、身を切られるほど辛い決断を強いられることになります。

(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)

※後編へ続く

鬼塚眞子/ジャーナリスト、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表

鬼塚眞子/ジャーナリスト、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表

出版社勤務後、出産を機に専業主婦に。10年間のブランク後、保険会社のカスタマーサービス職員になるも、両足のケガを機に退職。業界紙の記者に転職。その後、保険ジャーナリスト・ファイナンシャルプランナーとして独立。両親の遠距離介護をきっかけに(社)介護相続コンシェルジュを設立。企業の従業員の生活や人生にかかるセミナーや相談業務を担当。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌などで活躍
介護相続コンシェルジュ協会HP

Twitter:@kscegao

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