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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」 第3回

「儲からない」オーケストラ、どうやって運営している?驚愕の資金集め事情

文=篠崎靖男/指揮者

 そんななか、事業に成功した人たちが学校や病院をつくり、人々に尊敬と感謝をされるようになります。“成功した人物は、寄付をして社会貢献する”という考え方が、成功者としての名誉に結びついたのです。ちなみに、19世紀以降のフランスなどに「ノブレス・オブリージュ」という似たような考え方はありますが、これは「地位の高い者は、それに応じた義務を負う」というもので、社会的責任としてとらえられる傾向があります。ただ、アメリカが特殊なのは、もともとノブレス(貴族)がいないので、社会貢献することにより社会的地位が向上する点なのです。アメリカでは、名誉は与えられるものでなく、自分で掴んでいくものなのです。

 大学、病院、文化団体などにかなり多額の寄付をした結果、その団体のボードメンバーのような名誉職を得る人も出てきます。もちろん、文化に対する貢献は強く問われるわけで、特に、ロサンゼルスやニューヨークのような世界的なオーケストラに寄付しているとなれば、大変な名誉になります。そして、それによって、アメリカ版ノブレスになるわけです。それがないことには、銀行の頭取などにはなれないともいわれています。

 米国の一流オーケストラの事務局には、寄付金集めのための職員が30~40名勤務しています。その手法は実に周到です。もちろん正攻法で集めることもありますが、たとえば死後に遺産の一部を寄付することを約束すると、生前の寄付と同様の名誉が与えられ、税法上の優遇まで得ることができる“トラストカンパニー”を、オーケストラが雇った弁護士に無償でつくらせるといったことも珍しくありません。

 大学や病院はもっとすごいようです。大きな大学になると、ひとつのビルが寄付金集め専用の部署だそうです。毎日、卒業生リストを見ながら、その後の出世状況まで正確に把握し、取れそうな金額のリストをつくって、片っ端から電話をかけまくっているのです。

100億円寄付した人も

 最後に、僕が実際に体験した話を紹介します。ある日、オーケストラの幹部に頼まれ、オーケストラ主催のパーティに出かけました。会場は、映画『プリティ・ウーマン』(ブエナ・ビスタ・ピクチャーズ)にも使われた最高級ホテルです。そこに、タキシードとドレスの紳士淑女がドンドン入ってきます。あっという間に大きなパーティ会場が一杯になり、政財界の社交場のようでした。まるで、名士たちにとっては、「この場に入ることができなければ、恥ずかしい」とでもいう感じです。そのとき、オーケストラの寄付金集めの責任者が僕に耳打ちしてきました。

「やすお、このゲストは、最低でも毎年100万円寄付している人たちだよ」

 1000万円以上寄付している個人もざらにいます。02年には、財政難のサンディエゴ交響楽団に対して約100億円の寄付をした人が現れ、大きな話題になりました。さらに、企業の寄付となれば、驚くような額となりますが、「このオーケストラに寄付することは、これほど素晴らしく名誉なことなのです」という演出をしているわけです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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