近年、ゆうちょ銀行は資金運用の高度化と多様化のため、外資系金融機関などから専門家を多く採用してきた。それに伴い、外貨建ての有価証券などのリスクの高い、いわゆるリスク性資産の保有を積極的に増やしている。
これまで、多くの金融機関は株式や債券のディーリングやポートフォリオの運用、流動性の低い未公開株などへの投資から利得を獲得し、業績を拡大させることを目指してきた。しかし、その結果はあまり芳しいものではなかった。 2000年代前半、米住宅バブルの最盛期、国内外の多くの大手金融機関が収益拡大をめざし、リスク性資産への投資を増やした。住宅バブルがはじけ、株価や低格付けの債券価格が急落するとともに、金融機関の経営は悪化した。2008年9月15日、米大手投資銀行だったリーマン・ブラザーズの経営破たんは、その象徴だった。
景気が回復を続け、資産の価格が右肩上がりで推移する間は、ディーリングで収益を確保することが可能になる。しかし、その状況は永久には続かない。
金融機関の経営は社会に大きな影響を与える。ゆうちょ銀行が経営の安定性を高めるためには、リスク性資産への投資だけでは不十分だ。フィンテック分野を強化するなどして、収益源を分散できるか否かが、今後の経営を左右するだろう。
コストカットが難しい、ゆうちょ銀行
他の大手行に比べ、ゆうちょ銀行の経営戦略は特異に映る。なぜなら、ゆうちょ銀行はコストカットよりも運用収益の増大を重視しているからだ。その背景には、流入する郵便貯金に利息をつけ、その上で収益を確保するのが難しいことがある。これは、ゆうちょ銀行が抱える構造的な問題だ。
まず、ゆうちょ銀行にとって、コストの削減は容易ではない。郵便局のネットワークを維持していくことは、政治家にとっての集票基盤を維持することにつながる。そのため、大手行と異なり、人員の削減などを通したコストのカットは難しい。
金融機関にとって、資金を預かるにもコストがかかる。特に、ゆうちょ銀行の通常貯金などには、合計1300万円の預け入れ上限額が設定されている。これを超える額は、振替口座に振り込まれる。その通知や事務の負担を軽減するために、日本郵政の長門正貢社長が限度額の撤廃を求めたわけだ。
大手行はコストカットのために地方の支店の統廃合などを進めている。同時に、人員も削減しようとしている。一方、日本郵政グループの直営郵便局の数は2万を超える。その結果、高齢者を中心に、近くに店舗がある郵便貯金のほうが便利で安心だという認識が増えてもおかしくはないだろう。実際にそういう考えを持つ人が増えれば、支店の統廃合が進む大手行などから、近くの郵便局に資金の預け先を変える人が増える可能性がある。その可能性を加味すると、貯金の上限撤廃は一時的な対処療法にすぎないと考えられる。
事務の負担に加え、日銀のマイナス金利の影響も大きい。郵便貯金の残高が増えれば、ゆうちょ銀行の日銀当座預金の残高は増えるだろう。実際、貯金の残高は増加傾向にある。日銀は、一定以上の当座預金にマイナス金利をかけている。預金が増加すれば、ゆうちょ銀行はマイナス金利をチャージされる可能性が高まる。それはコストの増加にほかならない。
高まる有価証券運用への依存
コストカットが難しい分、ゆうちょ銀行の収益は有価証券などへの投資に依存していくだろう。審査能力への不安から、法人融資の認可は下りていない。新規業務の拡大には、民業圧迫との批判もある。当面、運用頼みの収益状況が続くだろう。
足許、ゆうちょ銀行のリスク性資産への投資残高は79兆円に達する。うち73%程度が海外の有価証券だ。一部ヘッジをしているにせよ、為替リスクを負っていることは無視できない。それに加えて、不動産ファンド、未公開株などに投資を行うプライベート・エクイティ・ファンドへの投資残高も増えている。
2018年度中に、ゆうちょ銀行は新興の運用会社に資金を預け、運用会社を育成しつつ、収益を得る事業も始めようとしている。金融機関にとって、資金を運用する専門家の育成は重要だ。しかし、それは、ひとつの組織内で完結すべきだ。顧客(資金の運用を委託する金融機関)と、運用サービスの提供者(運用会社)という関係になると、どうしても目先の運用収益の確保を優先せざるを得ない。それは、大局的に経済と金融の環境を把握し、長期の視点で資金を各種の資産(アセットクラス)に配分し、リスクを抑えて、リターンの向上を狙うこととは違うはずだ。
ゆうちょ銀行は、リスク性資産への投資を拡大することによって安定的な収益の確保を目指している。その発想は、国内外の経済が緩やかな回復基調を維持し、株式や社債などの価格も安定的に推移するという見方がある。同時に、ゆうちょ銀行は、市場が変調をきたした場合には、他の金融機関に先んじてリスク性資産の保有残高を減らし、損失を回避できると考えているはずだ。
そこには、外資系の金融機関で活躍してきた専門家を雇うことで、他の金融機関よりも優れた運用体制が確立できているとの自信があるのだろう。歴史を振り返ると、多くの金融機関が同様の考えを実行に移してきた。ただ、その発想で長期間、安定して収益を獲得できた例は、筆者の知る限り見当たらない。
最終的に求められるのは信用創造機能の強化
ゆうちょ銀行は“銀行”という名を冠してはいるものの、実態は巨大なファンド運営会社だ。同行が銀行の機能を果たしていこうとするのであれば、かなりの改革が必要になる。それができるか否かが、今後の経営を評価していくポイントだ。この改革を進めることは、ディーリングやファンド運用の専門家を雇い、リスク性資産の積み増しを目指すこととは根本的に違う。
ゆうちょ銀行に欠かせない発想は、収益源の分散だろう。現状のままでは、経済環境が変化した際にかなりの損失が発生する恐れがある。そのリスクを低下させるためには、信用創造の機能を持つことが必要だ。それは銀行の本源的な機能である。昨年6月、ゆうちょ銀行は個人向けの無担保融資業務の認可を受けたが、さらなる取り組みが求められる。
なぜなら、大手行と比較した場合、歴史、経験、審査などのノウハウの点で、ゆうちょ銀行には、十分な信用創造の能力が備わっていないからだ。では、ゼロからコツコツと、審査能力を蓄積していかなければならないのかといえば、それは違う。そこは、発想の転換が必要だ。
今日、ITと金融の理論を融合した“フィンテック”のビジネスが急速に発達している。そのひとつに、AIでビッグデータを分析し、個人や企業などの信用力を評価して融資などを行う“AIスコア・レンディング”がある。ゆうちょ銀行は、この新しいテクノロジーを取り入れ、それを強化して実用化することで、比較的、短期間のうちに信用創造の機能を備えることができるだろう。全国に広がる郵便局のネットワークを使って、地方創生につながる起業やプロジェクトを金融面から支援するという点でも、フィンテック関連の事業を強化して信用創造を目指す意義は大きい。ゆうちょ銀行はそうした取り組みを目指すべきだ。
新しい収益源を生み出すことは、ゆうちょ銀行の経営に持続性をもたらす。反対に、リスク性資産の積み増しによる収益の拡大が目指される間は、市場環境によって業績が上下することは避けられない。同社がどのような信用創造の機能を強化していくかによって、今後の経営は大きく違ってくるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)