「米ウォルマートが傘下の西友を売却する」と一部の報道機関が報じたのを、驚きをもって聞いた人は少なくないだろう。ウォルマートと西友は、この報道について否定的な立場を示していると伝えられているが、メディアや識者の多くが売却は不可避とみており、その行方が注目されている。
西友は1956年に西武百貨店(現そごう・西武)が設立した「西武ストアー」として営業を開始したのが始まりだ。米ウォルマート・ストアーズ(現ウォルマート)と提携を結んだのが2002年。05年にはウォルマートが株式の過半数を取得したため同社の子会社となり、08年には完全子会社となった。
日本市場参入前のウォルマートは、仏カルフールや英テスコといった大手小売企業が日本市場で苦戦を強いられていたことから、単独で日本に進出するのは困難と判断した。そこで、西友と組むことにしたのだ。当時の日本は世界第2位の経済大国であり、ウォルマートには日本市場が魅力的に映っていた。
西友はウォルマートと提携してから、ウォルマートが得意とする「EDLP」(Everyday Low Price/毎日安売り)の手法を取り入れるようになった。ウォルマートの完全子会社になった直後の08年11月からは「KYでいこう!」というキャッチコピーの広告を打ち出し、低価格の訴求を強化している。KYは「カカクヤスク」と読むのだが、少し前から流行していた「KY」(空気が読めない)をもじったものだ。
西友はこうして低価格を訴求していったが、実態が伴うことはなかった。つまり、それほど安くはないのだ。
そこで筆者は実際の店舗で西友と競合店との価格比較を行った。比較したのは、食品スーパー大手のオーケーだ。取材したのは「西友高田馬場店」(東京都新宿区)と「オーケーストア高田馬場店」(東京都豊島区)。いずれも7月26日に実施した。飲料・食品の計10の商品について、同一品目・分量の商品の店頭価格を比べた。詳細は以下のとおり(すべて税抜き)。
・サントリー「南アルプスの天然水 2000ml」…オーケー:64円、西友:78円
・雪印メグミルク「雪印メグミルク牛乳 1000ml」…オーケー:188円、西友:205円
・キッコーマン「キッコーマン調製豆乳 1000ml」…オーケー:153円、西友:169円
・カゴメ「カゴメトマトケチャップ 500g」…オーケー:153円、西友:158円
・日清「カップヌードル シーフードヌードル」…オーケー:118円、西友:128円
・ハウス「バーモントカレー 中辛 230g」…オーケー:179円、西友:189円
・ヤマザキ「ロイヤルブレッド 1斤」…オーケー:122円、西友:138円
・日本ハム「シャウエッセン 381g」…オーケー:479円、西友:499円
・カルビー「ポテトチップスBIGBAG コンソメパンチ 170g」…オーケー:188円、西友:178円
・明治「明治ブルガリアヨーグルト LB81プレーン 400g」…オーケー:131円、西友:128円
10品目のうち、西友のほうが安かった商品は2品目、オーケーのほうが安かったのは8品目だった。そのうち10円以上の価格差があったのは7品目だった。また、もっとも価格差があったのは日本ハム「シャウエッセン 381g」で、オーケーのほうが20円安かった。
調査した限り、オーケーのほうが圧倒的に安い。これら以外も、全体的にオーケーのほうが安い印象だった。ちなみに、オーケーではカード会員には表示価格から約3%が割引になるサービスがあるので、カード会員は先に挙げた価格よりもさらに安値で買うことができる。
これはオーケーの企業努力を褒めるべきなのかもしれない。ただ、いずれにしても西友の価格競争力が高いとは決して言えないのではないだろうか。
西友の高コスト体質
西友がそれほど安くはないのは、高コスト体質から抜け出せなかったためだ。もちろん、これまでただ手をこまねいていたわけではない。
西友はウォルマートと提携してから、コスト削減を目的としたリストラを断行した。04年に正社員を中心に希望退職者を募り、人件費の安いパートの割合を増やして人件費の削減を図った。07年にも希望退職者を募り、08年には不振の約20店の閉鎖とさらなる希望退職者の募集を打ち出し、徹底したコスト削減策を実行した。
最先端のシステムを導入した業務の効率化も行っている。発注や在庫確認などが行える「スマートシステム」や、取引先と販売・在庫情報を共有できる「リテールリンク」の導入を推し進めた。
06年には埼玉県三郷市に三郷物流センターを開設し、首都圏に多く店舗を持つ西友の重要物流拠点とした。これに伴い物流拠点の集約を行い、物流の効率化も図っている。
ほかの面でもウォルマートの効率化手法を積極的に取り入れており、ウォルマート流で高コスト体質からの脱却を図った。こうした一連の改革で、“それなり”の成果を出すことはできた。ただ、ウォルマート流の改革は完全には根づかなかったため、抜本的な改善には至らず持続的なローコストを実現することはできなかった。競合でも同様の施策を行うところがあり、西友だけが抜きん出ることはなかった。
たとえば、西友と同じくEDLPを採用しているオーケーは、ローコスト体質を実現するために徹底したコスト削減策を実施している。商品の仕入れでは商品数の絞り込みを行い、1商品当たりの仕入れ量を増やすことで、安値で仕入れることに成功している。レジ袋は「1枚6円」と他店に比べて高い価格に設定し、レジ袋にかかる経費をまかなえるようにしている。ほかにもさまざまな工夫をこらしてコストを抑える努力をしており、それにより低価格を実現することに成功している。
海外と異なる日本の消費の特徴
西友が苦戦したのは、特売で集客を図る競合スーパーの存在も大きかったといえる。日本の消費者は、特売の際に物を買う習慣が根づいてしまっている。特に主婦は「今日は○○が安いから、これを買って△△を作って食べよう」などと考え、スーパーで特売品を買うことを楽しみにしている人が少なくない。EDLPのスーパーではこうした消費者の楽しみを奪ってしまうことになるため、よほど安くないと、なかなか消費者に受け入れられない。西友はこうした楽しみを奪って余りあるほどの安さを提供できなかったといえるだろう。
また、生鮮品の品ぞろえで競合店を凌駕することができなかったことも大きい。これは、ウォルマートの不得意分野ともいえる。米国は国土が広いため冷凍品を使用するケースが多く、生鮮品の重要度が日本ほど高くはないが、日本では地場の新鮮な生鮮品をどれだけ並べられるかが勝負の分かれ目となるため、調達力が重要となる。だが、ウォルマートにその点においてノウハウがあるとはいえず、生鮮品の調達で力を発揮することができなかった。
ちなみに、かつてカルフールなどの外資系スーパーが日本で苦戦したのも、この理由によるところが大きい。
以上の理由が重なったことで、ウォルマートによる西友の改革は失敗に終わってしまった。その結果、ウォルマートが西友を売却する可能性が高まっているが、今後は売却先がどこになるのかが焦点となりそうだ。イオンやドン・キホーテ、楽天などが取りざたされ、投資ファンドも有力視されているが、西友の店舗の老朽化が懸念材料に挙げられるなど、積極的な買い手がいないともいわれている。果たしてどの企業に売却されることになるのだろうか。
(文=佐藤昌司/店舗経営コンサルタント)