最近、日本株のアナリストと話をすると、日本製紙株式会社の先行きに不透明感があるとの見方をよく耳にする。その背景には、王子製紙などの業績が拡大しているのに対し、日本製紙の洋紙事業が低迷していることがある。
アナリストの話を要約すると、これまで日本製紙は環境の変化にうまく対応できていないという見方が多いようだ。その一つが、ペーパーレス化がある。会議などで使う情報やグラフなどを紙に印刷して配布するのではなく、プロジェクターに投影したり、タブレット型のPCに資料を保存して閲覧することが増えてきた。新聞や雑誌の購読に関しても、「紙はかさばる」という理由からデジタル版のみを契約する人も多い。その一方、インターネット通販の普及から宅配用の段ボール需要は高まっている。王子製紙などはM&A(合併・買収)を駆使しつつ需要をうまく取り込んでいる。
そうした状況下、日本製紙は従来の製紙事業とは異なる製品開発を進めているという。同社は、紙に関する技術を活かして新しい製品を開発し、それを今後の成長の源泉にしていこうとしている。プラスチック製ストローの使用が減少していることは、日本製紙にとって大きなチャンスとなるだろう。同社がどのようにしてプラスチック製品の代替としての紙需要を取り込むことができるか興味深い。
段ボールブームに乗りきれていない日本製紙
現在、わが国の製紙業界は久方ぶりの好況を謳歌している。特に、段ボールに限ってみると空前のブームが到来しているといってもよい。その背景には、アマゾンなどのインターネット通販の普及に支えられて宅配用段ボール箱のための板紙需要が高まっていることがある。街行く貨物車両の荷台や物流センターには、荷物を納めた段ボールが高く積み上げられている。目下のところ、段ボール需要をいかに取り込むかが、わが国の製紙企業が国内で収益を獲得する重要なポイントだ。
王子ホールディングス株式会社(王子製紙)に次いで売上高国内第2位の日本製紙は、このブームに乗り切れていない。2019年3月期の第1四半期決算を見ると、バイオマス発電などが収益を確保したものの、工場の減損が響き、最終損益は赤字だった。
日本製紙の事業領域は、紙・板紙、生活関連、エネルギー、木材・建材などの5分野から成る。うち、紙・板紙事業は売上高の70%を占める。同社の洋紙と板紙の販売量を国内と海外に分けてみると、洋紙の国内販売数量は前年同期比でマイナスだった。洋紙輸出の販売数量は増加したが、国内での落ち込みを補うことはできていない。段ボールをはじめとする板紙事業を見ると、前年同期比ほぼ横ばいだった。一方、バイオマス発電などのエネルギー事業は売り上げの3%程度にすぎない。本業である紙・板紙事業の営業利益はいまだ赤字から脱していない。収益改善が喫緊の課題であることは明らかだ。
国内の大手製紙企業の業績が好調であることを踏まえると、日本製紙への懸念が高まることは無理もない。2018年4~6月期、各社の当期純利益を前年同期比でみると王子製紙は3.1倍、レンゴーは約1.9倍、大王製紙は約2.2倍増加した。いずれも、中国をはじめとするアジア新興国での紙おむつ事業やパルプ事業の成長、段ボール事業の増収などが寄与した。
日本製紙の収益の伸びを阻む要因
日本製紙の収益低迷の要因は、大きく2つに分けられるだろう。
まず、同社の紙・板紙の販売数量の3分の2程度を洋紙が占めていることは大きい。日本製紙の収益改善が思うように進まないのは、洋紙需要の落ち込みによるところが大きい。端的にいえば、同社が想定していた以上に洋紙需要の落ち込みのスピードが速いということだろう。
洋紙需要の拡大が見込めないということは、日本製紙の売上高=トップラインの伸びが期待できないことと言い換えてよい。同社は生産能力の削減を進めている。それでも、需要の落ち込みが速いため、コストを削減しても思ったように収益性を改善させることができていないと考えられる。
また、競合相手の戦略からの影響も大きい。国内外で王子製紙やレンゴーが積極的にM&Aを仕掛けている。端的にいえば、日本製紙が紙の生産能力を削減しているのに対して、ライバル企業は買収によって紙の生産能力を増強してきた。
それは、規模の経済効果が働きやすい経営態勢を整えることといえる。一例をあげると、2016年にレンゴーは自動車部品などの重量物用段ボールの世界最大手を買収し、国内でも中堅製紙メーカーを買収してきた。2018年2月に王子製紙は国内第6位の三菱製紙に33%出資した。そうした攻めの姿勢が国内製紙業界の再編につながっている。
日本製紙と王子製紙、レンゴーの戦略は実に対照的だ。日本製紙は洋紙需要の低迷への打開策として生産能力を削減せざるを得なかった。一方、王子製紙、レンゴーは買収戦略を中心にして生産能力を増強した。それは、段ボールの需給がひっ迫するなかで両社の価格交渉力の向上に貢献し、売上高が増加する一因になったと考えられる。
ただし、規模の経済効果を重視した経営戦略が今後も企業の成長を支えるとは限らない。労働コストの観点からいえば、中国やアジア新興国の企業に比較優位性があるからだ。
脱・紙を目指す日本製紙
そう考えると、わが国の製紙企業にとって重要なことは、新しい製品の開発だ。見方を変えて日本製紙の経営を考えると、同社は既存事業の成長に限界を感じ、“脱・紙”の取り組みに注力してきたといえる。
脱・紙とは、洋紙、板紙とは異なる製品から収益を得る考えを指す。それは、紙・板紙事業ではなく、生活関連事業(液体用の紙容器などの生産)を成長分野にしようとする構造改革と言い換えられる。段ボール需要のひっ迫を考えると、日本製紙はかなり思い切って改革を進めようとしている。
2016年、日本製紙がウェアーハウザー社(米国)から紙容器の原紙事業を買収したのはその考えの表れだ。加えて同社は、将来的に自動車の内外装など幅広い分野での利用が期待されているセルロースナノファイバーの量産に向けた設備投資も行ってきた。
2018年7月、日本製紙に追い風が吹き始めた。世界のコーヒーチェーン大手、スターバックスが2020年までにプラスチック製のストローの使用をやめると発表したのである。ウォルト・ディズニー・カンパニーも同様だ。理由は、ストローを廃棄する際に出る微細なプラスチックのごみが環境汚染につながるからだ。
その「マグニチュード」は大きい。来年から米カリフォルニア州は、原則としてレストランがプラスチック製ストローを客に提供することを禁じた。わが国でも、ファミリーレストランのデニーズ等がプラスチック製ストローの提供を中止した。
スターバックスなどの発表を境に、紙製ストローの使用が増えつつある。これは、日本製紙が待ち望んでいた環境の変化といえる。同社の紙製ストローは飲み物の風味を損なわないなど、プラスチック製ストローを代替する機能を備えている。世界的にみてもその技術は他に先行している。
今後、日本製紙には紙製ストローのコストを削減し、機能面でも価格面でも競争力のある製品の創造を目指してもらいたい。同社がストロー以外にも新しい製品の開発を進めることができれば、経営への不安も徐々に解消されていくだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)