家電量販店のヨドバシカメラは、600億円を投じて全国で翌日配達を可能にする物流体制を構築しようとしている。それによって同社は、今後5年間でネット通販事業が販売に占める割合を現在の3割から5割に引き上げたいとしている。
同社の大規模投資の背景には、世界経済のデジタル化の加速がある。リーマンショック後、米国のアマゾン、中国のアリババ・グループなどが急速にECビジネスのシェアを拡大した。特に、今回のコロナ禍の発生は、人々のITプラットフォーム上での購入を増やし、迅速に商品を最終目的地に届ける物流の重要性を一段と鮮明化した。
そうした状況下、ヨドバシカメラは物流拠点を増やして動線への依存度を減らし、消費者の利便性を高めることを想定している。日本では、今後、人口の減少によって買物環境の維持の重要性は増している。全国を対象に翌日配達を可能にする物流体制を敷くことは、ヨドバシカメラがより多くの消費者との接点を持ち、関係を強化して潜在的な欲求を理解することにつながるだろう。
物流機能の強化は、ネット通販事業の強化に加えて、新しい需要創出につながる可能性がある。ヨドバシカメラがどのように国内の物流体制を強化し、その上で新しい取り組みを進めるかに注目したい。
ヨドバシカメラを取り巻く事業環境の変化
近年、ヨドバシカメラを取り巻く事業環境は加速度的に変化している。国内では、少子化、高齢化、人口の減少によって個人消費全体は伸び悩んでいる。国内需要の減少によって地方では、買物環境の維持が困難になっている。また、過去30年間の平均給与額の伸びは極めて緩やかだ。その状況下、個人消費が右肩上がりで増え、家電などの販売額が増加する展開は想定することが難しい。
その一方、近年の家電大型専門店の販売額は緩やかに増加した。経済産業省が公表する「商業動態統計」を見ると、2014年と比較した場合に2020年の家電大型専門店の販売額は6%増加した。品目別に見ると、テレビなどのAV家電、エアコンや冷蔵庫などの生活家電の販売が増えた。その背景要因として、テレビで動画のストリーミングサービスを視聴したり、省エネ性能の高いエアコンなどに買い替えたりする消費者の増加があげられる。ただし、そうしたトレンドが続くとは考えづらい。
また、経済のデジタル化によってネット通販で家電を買い求める消費者は増加している。ヨドバシカメラもそうした変化に対応するためにネット通販事業を強化した。さらには、コロナ禍が発生したことによって、ヨドバシカメラは巣ごもり需要の増加に直面した。自宅で過ごす人が増えた結果、一時的にパソコンなどの情報家電の需要が押し上げられた。
それに加えて、都市の中心部に近い場所から郊外に移り住む人も増えている。一部の企業ではテレワークを恒久的な勤務形態として認め始めた。在宅勤務からオフィス中心の勤務体制(コロナ禍以前の働き方)に戻ろうとする企業もあるが、コロナ禍の発生を境に世の中全体で新しい生き方が模索されている。世界経済全体で、従来よりも人々の移動を前提としない生活が目指されている。
今回ヨドバシカメラが翌日配達体制を強化するのは、人々の生き方の変化に対応するためだ。同社はデジタル空間上でのマーケティング戦略の強化と、より効率的に商品を最終目的地に届ける体制整備によって、より多くの需要を獲得しようとしている。
物流は世界を制すほど重要なファクター
ここへ来て、消費の場が実店舗からデジタル空間に移行している。コロナ禍はそのスピードを加速させた。デジタル技術を用いることで、ネット上で購入契約と資金の決済を行うことはできる。その上で重要なのが、最終目的地に迅速に商品を届ける物流だ。
ヨドバシカメラは物流を強化して消費者によりよい消費体験を与え、より長期の関係を獲得したい。物流の強化とは具体的に、物流拠点の増設や効率的な物流を支えるITシステムの開発と運営などだ。
アマゾンは書籍のネット販売からスタートし、家電、生鮮食品や自社ブランド商品の取り扱いを増やした。それが可能だったのは、アマゾンがデータによって消費者の潜在的需要を把握し、迅速に世界に物流網を張りめぐらして最終目的地に商品を届ける体制を整備したからだ。突き詰めていえば、物流網の構築力が、企業の競争力に影響する。中長期的に世界経済のデジタル化は加速し、それとともに物流の重要性は増す。
ヨドバシカメラによる物流拠点の増設は、そうした変化に対応するための取り組みだ。同社が重視するポイントの一つとして、競合他社との差別化の要因として配達スピードの重要性が増していることがある。
家電メーカーと、ITプラットフォーマや小売店の価格交渉力に幾分かの差があるにせよ、販売価格に大きな差はつきにくい。他方で、消費者は一刻も早く手もとに、注文した商品を届けてほしい。翌日配送は小売業と消費者の関係強化を支え、小売業とメーカーの交渉力にも影響する。消費者との関係を強化するために小売業にとって当日配送の重要性も増すだろう。
消費者は届けられた商品の機能やデザインを確認して、期待した満足感が得られるか否かを確かめる。期待ほどではなかった場合は返品する。その際も、物流サービスの巧拙が消費者の満足度に影響する。物流の強化は消費者の満足感の向上を支え、他社との差別化につながる。迅速な配達だけでなく企業が消費者との接点を増やし、長期の関係を構築するために一段と物流の重要性が増している。それはB2B、B2Cのいずれにも当てはまるだろう。
ヨドバシカメラの物流革命への期待
中長期的な展開として注目されるのが、物流の強化を基点にしたヨドバシカメラの自己変革だ。物流の強化によって、ヨドバシカメラは消費者が潜在的に欲するモノやコトを把握できるようになるだろう。それを新しい需要の創出につなげことによって、家電を仕入れて販売する、という同社の既存のビジネスモデルは変化する可能性がある。
例えば、現在の世界経済では脱炭素への取り組みが加速している。わが国でも、国内で設計と開発を行い、中国メーカーが生産する電気自動車(EV)を導入して近距離での配送に用いることによって温室効果ガスの排出を減らそうとする企業が増えている。今後の展開として、ヨドバシカメラが物流拠点を中心に近距離の利用を目的とするEVの設計・開発、生産の委託に進出する可能性がある。それは、同社が脱炭素に対応し社会的な責任を果たすために重要であるだけでなく、EV分野への参入につながる可能性もある。
また、ヨドバシカメラが宅配サービスに、高齢者の見守りや近距離移動などのサービスを結合する展開も考えられる。そのために、同社が高齢者でも簡単に使うことのできるITデバイスを設計・開発して、国内外の企業に生産を委託する展開もあるだろう。
重要なことは、既存の発想にとらわれずに、新しい成長の可能性を探ることだ。ヨドバシカメラは物流拠点の増設に取り組むことによって、潜在的な新しい需要を把握し、それを満たす新しいモノやサービスの創出を目指している可能性がある。
物流の強化は、企業が新しい需要を生み出す基点になり得る。その意味で、物流を制する者が競争を制する時代が本格化している。新しい商品、サービスを創出することができれば、国内市場において企業が長期の成長を実現することは可能だ。さらには、物流管理のシステムなどを海外に輸出して、より多くの需要獲得を目指すという意味での成長期待も高まるだろう。ヨドバシカメラが物流を強化してオンラインでの販売額を増やし、その上で得られた資金を既成概念にとらわれずにどう再配分するかに注目したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)