今年、創業120周年というアニバーサリーイヤーを迎える大手牛丼チェーン「吉野家」や、大手うどんチェーン「はなまるうどん」などを展開する吉野家ホールディングスが、苦境に立たされている。
昨年10月5日に発表された18年3~8月期連結決算では、最終損益は8億5000万円の赤字となり、3~8月期としては8期ぶりの最終赤字となった。また、19年2月期の業績予想でも、純損益が11億円の赤字になる見込みだという。
この不振の原因には、吉野家の業績が思うように伸びなかったことが挙げられる。牛肉や米といった原材料費の高騰や、人材確保のための人件費の増加が重荷となって経営を圧迫しているようだ。
吉野家だけではなく外食業界全体で人手不足が叫ばれる昨今だが、そんななか人件費を抑えるために吉野家が打ち出しているのが、セルフ式を導入した店舗。従来のサービス形態を見直し、全体の4割をそうしたセルフ式店舗に切り替えていく方針だという。
この動きに対してユーザーからは、合理的だと評価する声が上がる一方、「券売機(食券制)を導入したほうがいい」といった批判的な意見も少なくない。また実際に、急激にセルフサービス化を推し進めると、コアファンから不満が噴出しないとも限らない。
さまざまなリスクを抱えているようにも見える、吉野家の店舗のセルフ化は成功するのだろうか? フードアナリストの重盛高雄氏に話を聞いた。
“対面接客”へのこだわりが捨てきれない吉野家のセルフ式
そもそも、吉野家が展開しようとしているセルフ式とは、どのようなものなのだろう。
「吉野家のセルフ式店舗は、まず入り口の側にあるカウンターで店員に注文をして、先に代金を支払います。すると、番号札を渡されるので座席などで待って、そこで『●番、出来ました』などと呼ばれたら、お客自らが商品を受け取りにいきます。お渡し口で商品を受け取って好きな席に着き、食べ終わったら器を返却場所に持っていくというシステムになっています」(重盛氏)
要するに、ショッピングモールのフードコートなどが採用しているセルフ式に近い形態ということか。重盛氏は実際に吉野家のセルフ式の店舗を複数回利用した経験があるという。
「空いている席がわかりやすくなっているという、いい印象を受けました。返却場所があるので、混雑具合にかかわらず、お客さんのいないテーブルは、お客さん自身によって片付けられているわけです。食べ終わった食器が放置されるということがない。ですから、どこに座ればいいのかや、どのテーブルが空いているのかといったことが認識しやすくなっていると思います。
もちろん悪い点もあります。店員を減らすことが目的の一つですが、そのシワ寄せで店内環境を改善する役目を負う人が少なくなってしまうというデメリットです。食べ終わったお客さんのマナーが悪く、テーブルを汚したままだったり、イスの並べ方がきれいになっていなかったりした場合、そのままになっていることが多いのです。つまり利用客次第で、清潔感に欠ける見栄えの悪い店舗になってしまうこともあるでしょう」(同)
さらに吉野家のセルフ式は、同業他社のセルフ式と比べても、改善点が多いのだという。
「例えば『松屋』ならば、券売機で支払って、カウンターの自席で受け取るという簡素な仕組みなのですが、吉野家の場合、まだ対面へのこだわりを捨てきれていない。お客さんとのコミュニケーションを大事にするのも大切ですが、そのせいでセルフ式店舗への転換が上手に進んでいないという現実があります。
率直にいえば、ファーストフードチェーン店は安さをウリにしている側面が強いので、手を掛けるべきところにはこだわりつつも、手を掛けなくてもいいところには割り切った妥協が必要です。その妥協によりリーズナブルな価格での提供が可能になるわけです。しかし吉野家は現在の施策で、対面での接客の部分でコストカットを図ろうとしているわけですが、従来はその対面接客をこだわるべき“強み”としていたため、そのプライドを捨てきれていません。中途半端な施策だという印象を受けるのです。
また、松屋のテーブルにはダスター(台ふきん)が置いてあるのですが、吉野家の場合、数店舗回りましたが、ダスターがありませんでした。吉野家としては、テーブル拭きまではさせないというこだわりがあるのでしょうが、お客さんはそこまで深く考えず、汚してしまった場合に手元に拭くものがあれば、きれいにしてから帰る方も多い。松屋のセルフ式店舗は、そうやってお客さんに頼っている代わりに、値段が10円安くなっています。吉野家は、セルフ式店舗でも従来の一般店舗でも、値段に差異がありません。支払う金額が変わらないのであれば、セルフ式店舗をあえて選ぶメリットがあるのか、ということが問題になるでしょう」(同)
吉野家側の都合のシステムや店舗設計では、成功は難しい
こういったデメリットがあるにもかかわらず、なぜ吉野家はセルフ式店舗の増加を推し進めようとしているのだろうか。
「丼系チェーン店のお店を使う方は、ワンコインの500円以内でおさえたいという心積もりを持って利用することが多いと思います。ただ、吉野家としては原材料費や人件費といったコストが上がっているので、少しでも高いものを売りたい。300円ちょっとで牛丼を売るだけではなく、定食もののメニューを充実させるといった工夫を加えて、単価を上げようとしているのですが、上げきれていないというのが苦境の一因です。
そこで、人件費を減らすことを考えたわけですが、その一方で人手不足も大変な問題です。以前、『すき家』などで夜中の時間帯に一人で店を切り盛りする“ワンオペ”という言葉が話題になりました。そういったネガティブなイメージから、丼系チェーン店での仕事は大変だと刷り込みがされてしまっており、どうしても敬遠されてしまいがちなので、人手を集めるためには時給を上げる必要も出てきます。そこで、会社側の理屈でお客さんにご助力いただくというのがベターという結論に至り、店員を減らせるセルフ式を増やすことによって、人件費を抑える効果を狙っているのでしょう」(同)
最後に、吉野家のセルフ式店舗増加計画が成功をおさめられそうかどうか、重盛氏の見解を聞いた。
「セルフ式店舗は、まだまだトライアルの段階という印象を受けます。今の吉野家の『自分たちの会社の都合でこうした店舗を展開しています』というスタイルのままでは、お客さんが離れかねない。ですから私は、4割の店舗で導入するほどの本格稼働は難しいと予想しています。さまざまな試みの結果を反映させ、お客さんのニーズに合う、お客さんを第一に考えた店舗設計が、今後の吉野家には求められるでしょう」(同)
吉野家が拡充しようとしているセルフ式店舗。今はまだ試行錯誤の段階にあり、現状のままでは懸念点も多いようだ。人材不足を解消したいのはわかるが、なによりもユーザーファーストな店舗づくりを目指していってもらいたいものである。
(文=後藤拓也/A4studio)