独立・非営利のジャーナリズムNGO「ワセダクロニクル」は1月、「マネーデータベース『製薬会社と医師』」を公開した。製薬会社が医師に対して払っている謝礼金を検索できるもので、約9万人の医師の名前が登録されている。制作にかかわった医師で、ときわ会常磐病院乳腺外科、医療ガバナンス研究所研究員の尾崎章彦氏にデータベースの意義や日本の医療の問題点を尋ねた。
製薬会社の医師への“謝礼金”は年間264億円
――ワセダクロニクルのウェブサイトには「米国では、製薬会社から医師への2000円ほどの飲食の提供で、その医師の処方が変わるという研究もあります。医師による薬の処方やメディアでの発信を監視するには、医師と製薬会社との利害関係を『透明化』することが重要です」とあります。今回の取り組みはどのようなものか教えてください。
尾崎章彦氏(以下、尾崎) ワセダクロニクルと私が所属する医療ガバナンス研究所が共同で制作したデータベースで、2016年度に製薬会社から医師に支払われた金銭を医師の名前で検索することができます。
製薬会社が医師、大学に対して多額の謝礼や寄付金を支払っていることはかねてから知られていましたが、論文不正などが相次いだため、13年からは製薬会社の業界団体「製薬協」の自主的な取り組みとして、各社が医師に対して支払った謝礼(講師謝金・原稿執筆料・コンサルティング料)を公開するようになっています。しかし、PDFだったり画像データだったりして、一般の人が検索、利用するのは非常に困難な形式でした。かつては朝日新聞や読売新聞などが公開情報を使って記事を書いていましたが、近年は注目されることが少なくなっていました。
我々はデータが出そろっている最新年度に当たる16年度分を入力して、データベースとして活用できるようにしました。約3000時間以上の時間と多くのスタッフの協力が必要でしたが、1月の公開後はのべ9万人が閲覧し、200万PV(ページビュー)の利用がありました。
――データベース化することでどのようなことがわかったのでしょうか。
尾崎 16年度では全体で264億円、約9万人の医師がなんらかの謝礼金などを受け取っていました。謝礼金の半分は大学病院で勤務する医師に対して支払われていました。過去のデータと比較した場合、金額としては減少傾向にあるようです。
データベースを使った研究として、日本の主要医学学会の幹部への謝礼の状況を調査しました(最終的なデータベースの一部を使用)。19学会で理事は405人いましたが、そのうち86.9%にあたる352人に謝礼が支払われていました。その合計は約7億2000万円で、内訳は講演料として約5億9000万円、コンサルタント料が約8700万円、原稿料が約2600万円となっています。特に、上位約10%(40人)の医師が全体の半数にあたる約3億3000万円を受け取っていることがわかりました。40人の理事のうち多かったのは、日本内科学会(12人)、日本泌尿器科学会(7人)、日本皮膚科学会(7人)でした。今年2月に、世界的な医学ジャーナル「JAMA Internal Medicine」(米国医師会会誌 内科版)に論文として掲載されました。この論文のほか5本が現在、審査中となっています。
厚生労働省で薬価を決める委員会でも、11人の委員のうち3人が製薬会社から講師謝金やコンサルタント料などで1000万円超の副収入を得ていたことがわかりました。ワセダクロニクルでは、この件について、「製薬マネーと医師」という取材記事が連載されています。
さらに、医薬品の承認の意思決定に大きくかかわる厚労省の薬事・食品衛生審議会の委員111人のうち、53人が製薬企業から講師謝金を受け取っていたことがわかっています。非常勤であっても、国家公務員の立場で製薬企業からの謝金を受け取ることは刑法上の懸念があります。
中外製薬、抗がん剤の臨床試験に寄付金投入か
――製薬会社から医師が金銭的な謝礼を受け取ることで、どのような影響があるのでしょうか。
尾崎 製薬会社の依頼を受けて仕事を行い、その対価として金銭を受け取ることは、常識的な範囲であれば法的な問題はありません。ただ、それに関連して多額の製薬マネーが動いていることに留意する必要があります。たとえば、製薬会社のマーケティングの柱である医師向けの講演会の例を考えてみましょう。このような講演会に医師が演者として参加することで支払われる謝礼は、1回で5~10万円程度です。加えて、都内で行われるような講演会は一流ホテルで行われ、参加する医師の宿泊費や交通費、懇親会の経費を製薬企業が負担します。その総額は、ときに数千万円に上ります。
米国の研究では、製薬会社から医師への2000円ほどの飲食の提供で、その医師の処方が変わるという調査結果もあります。この結果を踏まえると、このような講演会は医師の診療に大きな影響を及ぼしている可能性があります。なお、前述の経費のうち、医師の名前と紐づけて公開されているのは演者への謝金のみです。
このように、医師が演者として受け取る1回当たりの講師謝金は決して大きい金額ではありませんが、製薬企業のマーケティングに関与している道義的な責任は少なくないと考えています。
加えて、額が問題だと思います。年間に総額で1000万円程度を得ている医師は、少なくとも100回以上は講演を行っていることになります。そのような状態で、果たして日常診療がちゃんとできるのかという疑問を持ってしまいます。特に、大学病院でトップの教授が製薬会社の講演会にばかり出ていると、教室、診療科のモラルが低下する可能性があるように感じています。結果的に、医療ミスなども増えるのではないでしょうか。このように、あまりに多額の謝礼が支払われている場合、それが果たして倫理的に適切か検証するためにも、「透明化」しておくことが必要だと思います。
――日本でも製薬会社の資金提供が問題になっているのでしょうか。
尾崎 実際に、日本でも降圧剤をめぐって論文不正が行われ、刑事事件となった問題もあります。14年にはノバルティスファーマ社の降圧剤「ディオバン」をめぐる医師臨床試験で捏造があったとして、東京地検に同社の社員が逮捕される事件が起きました。結果的に薬事法違反には当たらないと判断され、一審、二審とも無罪となりましたが(検察側が上告)、裁判の過程では製薬会社が自社に有利になるように論文制作に深くかかわっていたことが明らかになりました。
私たちは、製薬企業による寄付や、それによって行われる研究自体を否定しているわけではありません。しかし、国民の目に触れないところで製薬会社と医療者が自らの利益ばかりを追求すれば、その関係性はしばしば腐敗します。これは医療に限ったことでなく、政治の世界などでも共通して見られる構造だと思います。
その後、製薬会社のプロモーションコードが厳しくなった影響もあり、講師謝金などの提供は減少傾向にあります。しかし、第三者組織を介するなどして、より見えない形になっているだけとも言われています。それを明確に示す例が、「CREATE-X試験」という日本と韓国で行われた臨床試験です。この臨床試験は、中外製薬が販売する「ゼローダ」という抗がん剤を術後再発のリスクが高い乳がん患者に投与することで生存期間が延長することを示しました。その成果は高く評価され、「ニューイングランド医学誌」という臨床医学でもっとも権威がある医学雑誌に掲載されました。
この試験においては、中外製薬から多額の寄付金が投入されていたにもかかわらず、中外製薬の関与は論文中に一切記載されていません。その資金提供は先端医療研究支援機構と呼ばれる非営利組織を迂回して行われており、一見わかりにくくなっていたのです。私たちは試験にかかわった研究者を追及しましたが、今に至るまで公的な返答はありません。
医師は“世間の目”を強く気にしている?
――一般の人は、このデータベースをどう使うべきでしょうか。
尾崎 ご自身の主治医や著明な医師と製薬会社がどんな関係にあるかを知ったほうが良いと思います。賄賂や袖の下ではありませんが、前述の通り、このような謝金は知らず知らずのうちに医師の診療に影響を及ぼしている可能性があります。特に、多くの医療者の行動に影響を及ぼす診療ガイドラインの執筆や医薬品の承認など、公益性の高い事業にかかわっている医師が多額の金銭を受け取っている場合には注意する必要があります。このような事業においては、そもそも製薬会社などと深い金銭関係にある医師は排除するなどの措置が必要だと考えます。
加えて私は、このような実態を一般の人に知っていただくことが医師と製薬会社の関係の抑止力になると考えています。どの程度の金額であれば一般に謝金が許容されるかといった点について、具体的な基準があるわけではありません。しかし、世間の目にこのような慣習を晒すことで、自ずと常識的な額に落ち着くのではと期待しています。
なぜなら、医師は「世間からどのように自分が見られているか」といった体裁を強く気にするからです。その点からも、この取り組みを今後も継続、さらに強化していく必要があると考えています。なお、私個人は製薬会社から医師が受け取る額は少なければ少ないに越したことはないと考えています。
(構成=編集部)